第124話 長く短い無駄にできない時間
2ヶ月。
ルフの完治を待つ間、私は勉強をしようと思う。
首都ウラクには大きな図書館があったのだ。そこで、レドアン大陸やウラクト王国の歴史、政治、地理、統計なんかを調べた。
やはり知らないことを知るのは楽しい。オルスやエデンで習っただけでは知ることのできなかった、現場の知識情報を得ることができる。
「同性婚者って、法律にはあるけれど利用者は意外と少ないのよ。年間でいうと、普通の結婚と比べると成立数は施行後平均0.04%とかで。去年なんて成立数0よ」
「……まあ、そもそも同性愛者が少数ですからね。加えて、ふたりで居てただ幸せなカップルにとっては、制度で国が認めようか認めまいが関係無く共に暮らしています。寧ろ、税金対策で異性愛者に悪用されないだけマシな状況なのでしょう」
「あっ。悪用対策はやってるらしいわ。同性愛者であり、お互いを愛しているかどうかの審査があるらしいの。詳しい内容は、分からないけれど」
「……ふむ。それは良いのですが、審査があるということだけ見て、同性愛者カップルからしてもハードルが高くなっている、というようなこともありそうですね」
「難しいわね。政治の匙加減って」
「他の、特に神正教の国などでは同性愛は病気とまで言われているのですから、それに比べたら遥かにマシなのでしょうけど」
「……流石に酷いわねそれは。オルスではどうだったかしら」
「オルスでは、国の法律ではありませんが、2ヶ所ほど、州によって結婚と同じ福祉を受けられるパートナーシップ制度というものがありますね」
「そうなの。意外と寛容だったのね」
「まあ、歴史的に見るとオルスでは昔から、貴族などは若い男性を男妾として抱えることは当たり前でしたし。将軍の、大量に抱えた側室同士の恋愛などもあったようです。古典小説でも定番ですね」
同時に、亜人狩りの対策もしなければならない。それをずっと考えていた。ただ2ヶ月待つのなら長い。けれど、その実、この2ヶ月は猶予なのだ。
亜人狩りとの、命を懸けた追跡劇の。
「シェノをミーグ大陸で発見し保護したのが、あのワフィというドワーフでしたか」
「ええ。彼は言わなかったけれど、恐らくは。だって、でなければエルドレッドがこの国に偶然居るなんて考えられないもの。全ては偶然のようで、繋がっていたのよ」
ルフは右手が動かない為、私が食事を手伝っている。この、豆と米と各種野菜の入った赤茶色の濃いドロドロしたスープはウラクトの代表的な家庭料理らしい。
匙で掬って、彼女の小さな口に持っていく。
「すみません」
「何を謝っているのよ。あなたのお世話ができて嬉しいのは私よ」
「…………」
この、無表情で黙る時は恐らく彼女は内心恥ずかしがっているということなのではないだろうか。そう考えると可愛い。
「では甘えますよ。お水をお願いします」
「はーい」
可愛い。
◇◇◇
「それで、どうしますか?」
「……まず、ワフィがここから離れられない今がチャンスね。ドワーフの探知魔法って、効果範囲はどれくらいなの?」
「基本的に一般ドワーフだと、半径数メートル程度です。訓練した兵士なら数百メートル。私の『ヒューザーズ』時代の仲間のドワーフは半径500メートルでした」
「……それでも、物凄い範囲よね。索敵なんて、戦闘に於いてとても重要じゃない」
「はい。彼はとても重宝しましたね。けどエルルだって、地獄耳の魔法で似たようなことはできるじゃないですか」
「そう。だから彼らの凄さが分かるのよ。私の魔法の効果範囲も、数百メートル程度ね」
「……それが、亜人狩りクラスになると」
「…………」
ごくり。
「恐らくは数キロ。2〜5キロ程度と思われます。あくまで、私の経験則ですが」
「…………5キロ……!」
ワフィの、彼の半径5キロ圏内に入ると見付かる。そんな距離、オスのエルフが駆ければ数分で追い付かれる。
「私の退院と同時に、ウラクを出ることは確定ですね。問題は、効果範囲から出るまでは追跡されている。行き先は分からなくても方向はバレます。エルルは魔力ステルスを使えますが、私が使えません」
「…………考えるわ。私もルフも、見付からずにウラクを出る方法」
まだ2ヶ月ある。……違う。
もう、時間が無い。




