第122話 価値観の異なる同族
「お世話になりました!」
「こちらこそよ。ありがとう」
「レナリア大陸へ着いた際はお報せください殿下」
「ええ。また会いましょう」
ウラクの入口、城壁の外で彼らとお別れをした。魔族であるユラスは国から身体を隠せるマントを支給されたらしい。鱗で隠れても良いらしいけど、シェノが一人旅に見られることが危険だ。
やはり男性が居るというのは安全面で重要なのだ。
「……今日も良い天気ね」
真夏のレドアン大陸。しかしここウラクト王国は、レドアン大陸の北西部。南の方へ行けばもっと気温は上がるのだとか。
◇◇◇
「ふう。次はどこへ行こうかしら。一度、宛もなく適当に歩いてみましょうかね。ウラクトだって首都近辺だけで、まだ全てを見切れていないし」
亜人病院へ戻ってきて。ルフの居る個室へ向かう。病院の中は涼しい。冷風の魔法が巡っているのだ。流石亜人の病院。
「あ」
「えっ」
廊下で。
ばたりと。
「……エルル」
「あなた……」
あの。ドワーフの子と鉢合わせした。
「待ってください」
「!」
即座に臨戦態勢を取る私に、待ったを掛けたワフィ。
「ここは病院ですよ。今交戦するつもりはありませんし、あなたもそうすべきだ。でしょう?」
「…………そうね」
ワフィも驚いていたようだ。お互いに。今まで気付かなかったのだ。
「どうしてここに」
「そりゃエルドレッドの治療の為ですよ。彼は亜人ですよ?」
「…………」
戦わないのなら用は無い。私はナイフを仕舞い、その人の横を通り過ぎようとした。
「少し話しませんか?」
「!」
ワフィ。エルドレッドとバディを組んでいる亜人狩り。ドワーフの……性別は分からない。幼い印象だ。けれど、その表情や佇まいからは知性が感じられる。
「……分かったわ」
ドワーフと会うのはルフの元パーティメンバーに続いて2回目だ。警戒心より、私の好奇心が勝ってしまった。
◇◇◇
やってきたのは空きの個室だった。奥にワフィ。すぐに出られるよう、入口付近に私。
「あなた、ドワーフよね」
「はい。別に何の血筋も無い一般のドワーフです。名前はワフィ・フォルジュロン。こう見えても20歳の成人男性です」
「……髭が無いのね」
「剃ってますからね。ドワーフは女性も髭が生えると有名で、ニンゲンから差別されて来ました。まあ僕は、ただ単に鬱陶しいから剃っているだけですが。他の体毛も濃いのですが、剃ると意外とモテるんですよ。ニンゲンの女は馬鹿ですから、毛の有無で男を判断してますね。……逆に剃ると、ドワーフからは誇りを捨てたと嫌われますが」
「…………毛を剃るだけで良いのね。エルフの耳は流石に剃れないわ」
「でしょうね。外見で苦労するのはニンゲン社会の基本です。まあ、あなた方冒険者には関係無いのでしょうが」
「……あなた達は、ニンゲン社会で暮らしたいのね」
一番、気になっている所だ。私が冒険者を選んだからだろうか。
嫌なら逃げ出せば良い。差別迫害されるなら。強姦されるくらいなら。
全て投げ出して、自由になれば良いのに、と。思う。
するとワフィは笑った。無邪気に。
「だって快適ですからね」
「……えっ」
「街は整備され、砂埃が舞い上がりません。移動は簡単で、公共交通機関ですぐに遠方まで。食事は全て清潔で、常に最高級の料理が街の食堂でも出されます。病院がそこかしこにあり、ニンゲンの最高レベルの医療をいつでも受けられます」
「…………!」
ニンゲン社会の、利点。
「森を歩いて、身体中ヒルだらけになんかなりません。夜中ずっと、野生動物や魔物を警戒する必要なんかありません。飲水に苦労などしません。毎回命を懸けて狩りをする必要も。そこの蛇口を捻ったらいつでも透き通った真水を、いくらでも飲めます。食堂で注文すればいつでもすでに調理された肉料理が出てきます」
差別や迫害、多大なストレスを差し出しても欲しいと思う……亜人が大勢居るという事実。
「そんな社会で……。不自由ない地位と収入が確約されているんです。……そりゃあ、家族にそのような快適な生活を続けさせる為になら、同族だって殺します。仕事ですから」
「………………!」
分かっていたことだけど。
彼らと私達は、相容れない。未来永劫、絶対に。
価値観が、違うから。




