第118話 無礼を望む姫殿下
「……それは。これまでの無礼お許しください。エルル殿下」
「でっ……」
シェノと砂海へやってきた。あの、古代遺跡の所にユラスは居た。そしてシェノが私を紹介してから、ユラスは私に頭を下げた。
殿下って。
「…………そんなに畏まらないで良いわよ。私は冒険者としてあなたの依頼を受けたのだから」
「……しかし。私はドラゴニュート輝竜族代表として、知った以上はあなたに無礼を働く訳には参りません」
「…………」
「殿下。確かに魔族はニンゲン界の亜人を快く思っていない場合が多いです。が、それでも、他種族の王族相手に、いたずらに外交問題を起こそうとなど考えられません」
考える。彼には彼の王が居る。
私がエルフの姫であることは事実であり、否定できないししてはならない。
ここで私が駄々を捏ねるのは、幼稚なのだろう。
私は自分の出生を知った。
私は『姫』から逃げるつもりはない。
私が外で誰かと話せば、それは外交なのだ。
「…………分かったわ。なら私をフランクな姫として記憶して頂戴。さあ、仕事の話の続きよ。シェノを見付けて、連れてきたわ」
「感謝いたします」
「ユラス様。……ごめんなさい。私のせいでこんなところまで」
「良い。お前が無事なら。……ここに留まるのか? 俺とレナリア大陸に帰るか? 好きに選べ。ここでの生活も不自由無いのだろう」
本当に、無事で良かった。まさか王様に保護してもらっていたとは。
「帰ります。ユラス様と。……私の故郷はもう、輝竜の里ですから」
「…………そうか」
「はいっ」
ぴこぴこと、尻尾が揺れている。ビーストマンの感情表現は犬と同じだったりするのだろうか。
彼女はユラスを好いているのだ。
「では一度、王様への感謝と報告、支度をしに首都まで戻ります。ユラス様は」
「では俺は、街の入口で待っていよう。隠れて待つが、お前が来たら合図をする」
「はいっ」
「……ウラクト王へ謝礼をせねばならんな」
「えっ。そんなのあるんですか?」
ユラスはゆらりと立ち上がった。音がしない。気配が無い。少し不気味で、頼もしいような。不思議な佇まいだ。彼は。
「向こうの辺りは『旧市街地』と呼ぶのだろう。王は放棄したのだ。何故か。……この辺りに巣食っている、デザートドラゴンのせいだろう」
「……えっ。はい。確か、50年前くらいからデザートドラゴンが住み着くようになって、危険だから放棄したと。近付かなければ危険はありませんが、ここはもう既に国指定の立入禁止区域です」
「狩ろう。それで謝礼とする。……伝えておいてくれ」
「分かりましたっ! ユラス様の『竜狩り』!」
じゃり、と。
彼が見据えた先に。巨大な砂竜が向こうに見える。長い身体を渦巻いて、巨大な砂埃を上げている。
「狩れるの? あんな大きいドラゴンを」
「デザートドラゴンは、魔界の基準で言うと『レッサードラゴン』です。本物のドラゴンはひとりでは狩れませんが、あれくらいならば私ひとりで充分でしょう」
「!」
ドラゴンとは、魔法使いの頂点。捕食者の頂点。自然界の頂点だ。竜殺しの英雄の逸話は世界各地にあるけれど、どれも創作だ。
何故ならドラゴンとは、『賢者』だからだ。武器が効かない鱗に、強烈な魔法。そして、罠を理解して回避する知恵。
人より強いとかいうレベルじゃない。人が動物に対して賢いとか、そういうレベルしゃない。
普通に『人類』より強い。それがドラゴンだ。
私が航海中に見たシーサーペントは低俗のドラゴンと呼ばれるもので、似ているけれど知性の無い魔物だ。私でも狩れる。けど。
あのデザートドラゴンは。絶対に無理だ。単純にエルフより大きくて速くて硬くて強いのだから。
それを。
「竜狩りはドラゴニュートの誇り。しかとご覧ください。『エルフの姫』殿下」




