第116話 執着される因縁
私は即日退院。ルフは全治2ヶ月と言われた。私も頻繁に治療魔法を掛けるから、快復はもっと早くなる筈。
「……エルル」
「起きたわね。気分はどう? まずは……ありがとう。あなたのお陰で助かったわ」
彼女は目覚めてすぐ起き上がろうとして、失敗してまた仰向けになった。天井を見上げてから、蒼の瞳だけ私に向ける。
「エルルのお陰で助かりました。あのまま逃げて良かったのに」
「良くないわよ。あなたを置いて逃げるなんてありえないわ。私達は、お互いに助け合ったのよ」
「…………」
それからまた、上体を起こそうとしたので私が手伝ってベッドの上に座らせた。左手は問題なく動くようで、私が持ってきたティーカップを受け取ってお茶を流し込んだ。
「……判断が早すぎよ。ルフあなた、亜人狩りに会ったらこうするって、最初から決めていたのね」
「…………はい。亜人狩りは本当に強敵です。基本的に男性の魔法使いがふたり以上でバディを組んでいます。私達メスがふたり掛かりでも勝てないし、逃げられないでしょう。だから、私の命は全てエルルの逃走に使い切ると決めていました」
「……私に黙って」
「それは……。言えば否定されるからです」
「するわよ。どうして私がそれを否定するのかも……あなたは分かっているわよね」
「……はい」
「なら良いわ。ありがとう。あなたのそういう所も好きだから。でもこれからは、なんとかふたりで乗り越えることも相談させて。あなたの言い分も、亜人狩りの危険度も、分かってはいるつもりだから」
「…………はい」
なんだか、立場が逆転したみたいだ。いつもは私が寝込んでいて、ルフにお世話して貰っているから。
「……魔力ステルスを覚えたのですね」
「そういう名前なのね。ええ。ユラスがずっと見本を見せてくれていたし。あの、エルドレッドという亜人狩りも使っていたから。私がそれを使えると思わなかったみたいだから、不意を突けたのよ。もう二度と使えない奇襲ね」
「凄いですよ」
「えっ?」
「改めて。……エルルの魔法の才能です。存在を知っている私がまだ使えないのですよ。体内に常に流れる魔力を、外部に漏らさないように滞留させるのは高等技術です。亜人狩りの基本技能ですが、元は魔界の秘術。それを見ただけで模倣するなんて、信じられません。だからこそ、彼も完全に無警戒だった筈」
「…………そう」
私には魔力が見える。母から受け継いだ技能だ。これはオルス巨大森でも、珍しいと言われた。だから、ステルス中の魔力の流れを掴めたんだ。ステルス中は魔力での感知はできないけど、肉眼で見れば分かるから。
「でもね。すぐに魔力侵蝕が進むのよ。体内の魔力を無理矢理抑え込んでいるから。どうしても必要な非常時以外、使用するなと先生に言われたわ」
「……なるほど。では、今後もずっと、あの亜人狩りに追われ続けることになりますね」
「…………ええ。そうよね」
亜人狩りのエルドレッド。フルエートとバディを組んでいたけれど、フルエートは私が殺した。あの少年か少女は、彼の替わりなのだろう。あの細腕で、エルドレッドをひょいと担ぎ上げていた。確か名前は、ワフィと、エルドレッドに呼ばれていた。
「ねえ。小さくて力持ち、という亜人も居るの?」
「……ドワーフですか? 魔力での筋力強化と探知魔法が得意な反面、普通の魔法が苦手な種族です」
「ドワーフね。確かに。……きっとそうだわ。私達を見付けたのも、彼の探知魔法ね」
あの小さな身体に、練り上げられた魔力も感じた。当然だけど、私以上の練度の魔力強化を使ってエルドレッドを持ち上げた訳だ。
あの時ラス港で。彼と因縁ができた。
「亜人狩りの、獲物への執着は凄まじいですよ。私もヒューザーズに居た頃、何度同じ亜人狩りと交戦したか。……ヒューイも大怪我を負ったことがあります」
「そう。……というか、ニンゲンのヒューイが彼ら相手に交戦できていることがもう不思議なのだけど」
「まあヒューイですから」
「そうなの……」
勝った。
けれど、殺しきれなかった。
いくら私でも、流石に分かる。
あんな危険な人達を、ジンと相対させる訳にはいかない。
次は無い。
どちらかが死ぬまで。




