第114話 外す愚者の不意打ち
私は馬鹿だ。やはり愚者だ。考え無しに拡声器の魔法を使ったことではない。
ユラスを見て。思い至るべきだったのだ。
「はぁ……っ! はぁっ!」
走る。とにかく。人の多い所へ。こういう時に働けなければ、何が賢者の娘。こういう時にくらい、使えてみろ。
「………………っ!」
食い縛って。
「お、おいおい、エルフのお嬢さん? 大丈夫か。何かあったのか」
誰かにぶつかった。恐らくニンゲンの男性だ。
顔を上げて。眼を閉じて。涙を振り払って。
「……大丈夫」
ルフを助ける。
◇◇◇
走る。
そもそも、ラス港で私は何故彼らに気付けなかった? エルフの魔力なら初見でも分かる筈だ。
そこからおかしい。初めて見るものばかりで失念していたのだ。全く冷静でなかった。ただ、漫然と旅をしていたのだ。
恥じれ。悔いろ。
ナイフは持っている。これでは届かないかもしれない。けれど、やるしかない。勝算はある。
音を立てない。山道で尾行されないように足跡を潰すやりかたは訓練所で習っている。それの応用だ。誰にも、『私』を悟られないように。
あとはルフがどれだけ保つか。
「(……居た)」
戻ってくる。ルフはもう負けていた。短剣は弾き飛ばされたのか道端に落ちており、ルフは壁を背にして倒れ込んでいる。両足が折れて変な方向に曲がっている。肩口から大量の出血。あのエルフの男性は、剣を振り上げている。あと数秒でルフが死ぬ。
私はナイフを突き立てて握り締め、体全体で突っ込む。体重を全て預けて、彼の背後から心臓を狙う。
ドス。
「!? ぐはぁっ!」
刺さった。だが彼は暴れて、私は吹き飛ばされる。魔力の衝撃波だ。上手く防げなかった。壁に強く叩き付けられ、ずるずると地面に落ちる。
「……うっ!」
彼は剣を手から滑り落とし、悶えながら背に刺さったナイフを取ろうともがく。
「……ぐっ! ぐぞっ! ……がばっ!」
血を吐く。心臓は外した。けれど、肺は潰せたらしい。
「…………!! 魔力、を! 消せたのか! 俺の真似を!? あの一度見ただけで……っ!?」
そう。私は気配と魔力を消して背後を取った。彼が私の魔力を感知して追ってきたのだと分かったから。
一度人混みに紛れてしまえば私を大まかにしか追えなくなる。あのユラスでさえシェノを追えていないのだ。だから、街まで戻ってから、魔力の気配を断った。
彼がそうしているのを見ただけでなく、ユラスのことをずっと追っていたからだ。観察は既に終わっていた。だから真似できた。
もっと早く。思い付くべきだった。
気配を消して不意打ちすれば、男性だ女性だ、筋肉だなんだは関係なくなる。私でも彼を殺せる。
『戦闘』でなんて勝てなくて良い。
たった一度、刺して殺せれば。
「…………痛い。うっ」
身体が動かない。彼の、素の膂力に魔力を重ねられて吹き飛ばされたのだ。受け身を取りそこねた。身体が麻痺している。早く、とどめを刺さなければ。
「引きましょう。エルドレッド」
「!」
ふわり。影が頭上を通過した。
やはり伏兵は居た。ラス港でもフルエートとふたり組だったから。
フードを被った、少年のような少女のような小柄な人物が、彼の側までやってきて、彼を軽々と抱え上げた。
「……げほっ! ワフィ! 奴らにとどめを」
「無理です。僕にそれを期待しないでくださいと、組む時に最初に言いましたよね。何より、あれはふたりともまだ魔力を隠している。不用意に近付いて魔法の反撃を食らってはいけない。あなたも早く治療しなくては危ない重症だ。……ここは取り敢えずあなたの負けです。エルドレッド」
「…………ぐっ! くそ!」
声も中性的だ。
あの小柄で。彼を楽々と抱えたまま、こちらをちらりと見て。
「出直します。『殺人エルフ』エルル。そして『ヒューザーズ』残党ルフ。次は必ず殺しますので。彼が」
一気に飛び上がり。
市街地の反対側、砂海の方へ消えていった。




