第113話 最善で最短の賢者の選択
世界は広い。
私はこれが初めての冒険で。勿論レドアン大陸にも初めて来た。
私の、巨大森の外の知り合いなんて数えるほどしか居ない。ましてそれが、オルスやエデンから離れたこのレドアン大陸に居るなんてこと。ディレには会えたけれど、それがもう偶然で。
名前も言っていない、あんなたった数分の、範囲も広くない魔法で。
『特定』などありえないと。確率は低いだろうと。
無警戒だった訳じゃない。頭にはあった。けれど、油断と言ってしまえば。
「さて、保護施設ね。場所までは聞けなかったけれど、探せばあるわよね」
「そうですね。彼の話を信じるなら、シェノの生存確率は思ったよりあると思います。焦らず地道にいきましょう」
私達はそこから、まだ行ったことのない方向と道を選んで歩いていた。街に保護施設が無いのは知っているからだ。この辺りを捜してから、次に首都ウラクの保護施設を訪ねようと思って。
「……人気が無くなってきたわね」
ここは砂海に近い。今は人の住んでいない旧市街地。
……だということを知るのは、この時はまだ。
「エルルっ!!」
「っ!?」
ルフが抱き着いて――いや。突っ込んできた。私は吹き飛ばされる。咄嗟のことで訳が分からず。
「うっ!」
塀の壁に背を打ち付け、声が漏れる。すぐにルフを確認する。その方向から、パン。乾いた、骨の折れた音がしたから。
「ルフ!」
「お逃げください!」
「!?」
ルフはすぐさま立ち上がり、左手で短剣を抜いていた。右手がだらりと垂れている。折れたのは右腕だ。
その、向こう。
「反応したか。あんたも、女にしては相当やるらしいな」
「…………!!」
その声。男声。
黒とカーキのロングコート。
私達と同じ耳の形。
「『亜人狩り』……!?」
「エルル! 立ちなさい! 早く!」
大きい。あの、私が殺したフルエートと一緒に居た彼だ。何故。どうして。ここに。魔力なんて感じなかった。気配も。足音も。尾行はルフが警戒していた筈なのに。
今はもう、巨大な魔力が凄まじい重圧となって。
「ルフ!」
「エルル。私の夢は、あなたの夢です。どうかお幸せに。……行きなさい!」
「っ!」
圧された。無理だ。勝てない。ルフは即座にそれを悟って。最善を最短で私に伝えた。普段はしない強い口調で。私だけは逃がせるように。
自分を犠牲に。
「絶対に行かせません。女である私はあなたに勝てませんが、命を全てここで使い切ります。私は死ぬでしょうが、あなたも……。目か、指か、耳か。どれかは持っていきますので、覚悟してください」
「……『覚悟』か。良いだろう。あんたから殺して、あのエルルを追う」
「…………!」
あの時とは違う。もう彼は油断してくれない。ふたり掛かりでも必ずふたりとも殺される。正面からでは絶対に勝てない。どうしてここに居るのかはもうどうでも良い。私はとにかく、逃げなければならない。
「ルフ! 愛してるわ!」
「……私もです。エルル様」
振り返らずに駆け出した。同時に戦闘音が響く。
私の背後で、肉を裂いて鮮血が吹き出る音が鳴った。
私は唇を噛み潰した。




