第110話 大地を越え海を渡る親心
異種族間混血児の、1年以上の生存確率は1%を切る。フーエール先生が、私より前に例は無かったと言うほどに。モークス先生が、私を奇跡だと言うほどに。
それはきっと、オルス国内、キャスタリア大陸内での亜人迫害の歴史を紐解いただけの、公式な記録なのだ。例えばミーグ大陸奥地の正確な記録など、先進国に届かない。
このユラスは、そういうことを言っている。
「待ってください」
「!」
ルフが、彼を遮った。
「大河川……いえ、大運河は海竜の巣で誰も越えられない筈では?」
「俺はドラゴニュートだ。本職は大運河の見張り番でもある。『渡り方』は心得ている」
「……分かりました」
大運河についてどころか、ミーグ大陸についてすら詳しくない私達は、彼の話をここでは一旦、鵜呑みにするしかない。
しかし、彼の眼が、嘘を言っているようには見えない。それに、これから協力を仰ぐ私達に、隠れ場所を教えておいた上で信頼を無くす行為をすることはしないだろう。
「しばらくシェノはレナリア大陸で育てたが、ある時、つい。『渡り方』を教えてしまった。それからだ。俺の眼を盗み、シェノはニンゲン界へ行った」
「……母を追って?」
「真意は分からん。俺はすぐに追ったが、もうシェノの匂いは大陸を離れていた。ありえない速度だ。俺が見間違えることは無い。……捕まったのだ。ニンゲンの、亜人狩りに」
「!」
亜人狩り。
ニンゲン界で犯罪を行った亜人を追う、ニンゲン側の亜人だ。私も一度交戦している。
亜人奴隷の捕獲も行っていたのか。
「匂いを追って、ここまで来た。だが、俺は眼には自信があるが鼻は弱い。この国の『どこか』である筈なのだが、そこからが難しい。誰かに隠されている可能性もある。聞けばこの国は、ビーストマンと関わりが深いらしい。同じビーストマンの匂いにも掻き消される。ここへ来てから捜索は進んでいないのが現状だ」
「………………」
また、ルフが顎を撫でた。私の知識を補ってくれるのだ。
「ミーグからレドアンまで、どうやって海を?」
「あれくらいの距離ならば俺の体力も保つと目算した。それに、ニンゲン界の海と言えど、ニンゲンが全ての航路を把握はしていないだろう。海には海魔が居るからな。奴らはニンゲン界と魔界の境界など知らん」
「…………約5000キロもあるんですよ……」
「数字までは知らんが」
「…………」
5000キロ。を、ニンゲンに見付からず、海魔に襲われず、魔法も使わずに、泳いできたと。
本当なら、凄まじいという形容詞では表せられない。偉業だ。魔法じゃない。純粋な体力が桁違いだ。これが魔族。
「……あなたにとって、その子は」
「娘のようなものだ。最初は戯れだったが、長く共に過ごせば情も移る。シェノが自分の意志でニンゲン界へ行くなら止めん。が、今は奴隷の筈だ。必ず救い出す」
親心。
心配だろう。当然だ。そんな子が、居なくなってしまえば。
「だが、俺は失敗をした。どこかで誰かに見られたらしい。魔族がレドアン大陸に居ると噂が立った。しかも、今度国が捜索隊を組織するという噂まで。一層動きづらくなっていた所に、お前達の妙な魔法会話が聴こえてきたのだ」
「…………そもそもどうやって、はっきりと見付からずにここまで来れたの? 砂海の向こうから来たのではないなら、人の街も港も通らないと来れないわ」
「俺の鱗は光を捻じ曲げる。見ただろう。魔力を抑えればニンゲンの眼に留まらず亜人にも気付かれない」
「あっ」
きらり。
ユラスの身体がすうっと、透明になって消えた。もうすっかりと見えない。魔力も感じない。
こんな特性と、技術が。
「ドラゴニュートは透明になれるのね」
「いくつか種類がある。俺のような『輝竜族』はこうして隠れることが得意だ」
ドラゴニュートにも種類があるらしい。草原や森のエルフという感じだろうか。




