第108話 魔界へ繋がる砂の海
次の日。
夜明け前に起きて支度をする。
「さあ、用心しながら行きますよ。基本的に魔族とは別世界の住人です。価値観も考え方も思想も違って当然です。油断はしないよう」
「ええ。分かったわ」
ルフはもうすっかり大丈夫みたいだ。きびきびと支度を終えて、準備万端。
まだ薄暗い街へと繰り出す。
◇◇◇
噴水広場。流石にこの時間に子供達は遊んでいないけれど。人自体はまばらに居る。ランニングや体操、散歩など。早朝に活動することを習慣にしている人は居るようだ。
「日の出から正午までに……ね」
「まあ、暇ですね」
周囲の魔力を探る。自分の魔力を拡散させて地獄耳の魔法を発動する。いつ、彼からの合図が来ても見逃さないように。
ルフも警戒している。その耳と目で。気配で。冒険者の技術で。
そうして、3時間ほど。ニンゲンの良家の子供達が、ビーストマンの使用人を連れて遊びに来た頃。
「光りましたね」
「えっ。どこ?」
「南西側の林です」
私の魔力感知には引っ掛からなかった。ルフが見付けた方向を見ると、キラリ。陽の射す林の中に、虹色に光る鱗が一瞬だけ見えた。
「行きましょう。周囲の警戒は私が。エルルはそのまま付いていってください」
「分かったわ」
鱗は1枚だけ見えている。他の人や子供達は気付いていない。……そういう魔法だろうか。一部透明になる魔法? でも、魔法なら私が気付く筈だ。
疑問に思いながら、それを追い掛ける。街の外へ出る方向だ。
ルフは私から離れた。後方から尾行を警戒しつつ私と鱗を監視しながら付いてきてくれているのだ。魔力を使わずにあの身のこなし。私はまだ追いつけそうにない。
◇◇◇
街から出て。城壁を超えた。ウラクト国内ではあるけれど、その西側はもう人が住んでいない地帯。何らかの理由で放棄された市街地の抜け殻がある。人の住めない地帯。さらにその先。
見渡す限りの砂と地平線。砂漠――ではなく。
「……『砂海』!」
砂を泳ぐサンドフィッシュ達が跳ねている。向こうには巨体を見え隠れさせているデザートドラゴンが見える。砂上船や飛行技術の発達していないニンゲンでは渡れない過酷な秘境。ずっと行けば、やがて魔界へと繋がる絶望の海。
「行きましょう。私達なら、越えられます」
「ルフ」
いつの間にかルフが私の隣に戻ってきていた。尾行は無いようだ。私は頷いて、広大な砂海へと踏み出した。
「足を着けないでください。飲み込まれます。本当に砂で海ができています」
「分かったわ」
風の魔法。砂塵が吹き荒れる。私は低空を飛びながら光る鱗を追い掛ける。
ルフを見ると、砂海の上を走っていた。飲み込まれずに。
「走れるの?」
「コツが要ります。練習すればエルルもすぐですよ」
「そう」
やはりルフの経験値は高い。私より先に魔界入りの資格を取るだろう。
しばらく進んでいると、砂だけの世界から、ポツポツと岩の塊が浮いている地帯にやってきた。
「…………あの岩で羽根休めはできるの?」
「そうですね。身を隠せるくらいの足場があるようです」
光る鱗の主も、ルフのように砂海を走っているみたいだ。
やがて、砂海の上に浮かぶ、巨大な石の建造物に辿り着いた。明らかに人工物に見える、四角い入口や並んだ窓。傾いた巨塔。ニンゲンの手が及ばない、こんな場所に。
「『古代遺跡』ですね。こんな、都市の近くにあるとは」
「…………古代遺跡」
私はこれ自体にも興味が湧いてきてしまった。まずは鱗の主――彼と話さなくては。




