第107話 好きに生きて死ぬ道
『時間と場所を指定するぞ。尾行対策の心得はあるか?』
「…………」
一応私は習ったけれど、実践経験は無い。ルフは頷いていた。流石ベテランB級冒険者。
『あるわ』
『分かった。この街の中心に子供の遊ぶ噴水広場があるだろう。明日の夜明けから正午の間に居ろ。合図に気付いたら尾行を警戒しながら付いてこい』
『分かったわ』
これは、この街の全てのエルフとビーストマン、そして知覚系の魔法に長けた魔法使いに聴かれている会話。それを通して私達が密かに会うには。少しやり方を考えなくてはならない。
指定された場所に居る。それで、彼に私達をまず見付けて貰う。彼からの合図を見逃さないようにする。
「結局種族は言わなかったわね」
「あの会話では知られたく無かったのでしょう。ともあれ明日ですね。今日はもう宿で休みますか?」
「……そうね。明日に備えて、もう魔法を使わないようにしなきゃ」
「大丈夫ですか? 結構使われたでしょう」
「ええ。拡声器の魔法はそう何度もできないわね。私達は運が良かった」
◇◇◇
ルフの取ってくれていた宿へと戻る。この国は王がビーストマンに寛容だからか、他の亜人にも寛容的だ。冒険者ギルドの息が掛かっていない所で初めて泊まるけれど、ぼったくられてはいない。ルフが驚いていた。
「無茶しますよね。エルルは」
「そうかしら」
とはいえ、お金を沢山持っている訳でも無い。この宿に風呂や食事は付いていない。ルフに水魔法でお湯を作ってもらって、身体を拭く。なんとも冒険者らしい感じだ。
「魔法の使い方と発想、魔力のコントロールは天才です」
「…………」
「ですがエルルの身体は強く大きな魔法に耐えられません。もっとご自身を大事に扱わないと、どんどん寿命も減ってしまいますよ」
「………………そうね」
褒められると嬉しくて恥ずかしいけれど、ルフは私を叱っているのだ。本気で心配してくれている。特に、月に一度の月経もあって、ルフにとって私は少し、病弱であるかのように映っているのかもしれない。別にそういう訳では、ないのだけど。
「レドアン大陸はエルルにとって過酷な土地ですね。外では日中、暑さと乾燥から身を守る魔法を常時使用しなくてはならないところが」
「気にしないと、今度は肌が荒れてしまうし、熱射病も危険だものね」
「本当にウラクト以外の国へも行くのですか?」
「勿論。この機会にレドアンは踏破したいわね。頼りにしてるわよ、ルフ」
「…………」
困り顔でじとりと甘く睨まれる。
分かっている。
分かっているのだ。
「ねえルフ」
「…………はい」
ルフは今28歳。人としてもエルフとしても、若い年齢だ。私と比べたらお姉さんだけど。
不安な日もある。
「……ルフは、長生き――」
「申し訳ありません」
「!」
私の言葉を遮って、頭を下げたルフ。パシャリと、お湯を張った桶が揺れる。
「私は、エルルのことを慮るかのように。……本当は自分のことしか」
「ルフ」
「っ!」
「良いのよ。ルフ」
ジンが最初に死ぬだろう。
次は私。
恐らくこれは決まっている。何百年後か、最後に残されるのはどうあれ、彼女ひとり。
寿命のことを知りたかったのは。ここへ来て、彼女が亜人病院に来なかったのは。
知りたいけれど、知りたくなかったから。知らなければならないけれど、突き付けられたくはなかったから。
「賢くただ生きながらえるよりも、この道を選んだのは私なの。私が、自分のことしか考えていないの」
「…………っ」
人肌が人に与える安心感は凄まじいと、私は経験で知っている。だから彼女を抱き締めた。温かいお湯で身体を拭いているのにも関わらず、震えている裸の彼女を。
「――長生き、しなくても良いわよ。好きに生きて、好きに死ぬの」
ひとり残されるのは辛い筈だ。ヒューイを失って、ああだった彼女には。
「…………今夜だけ。少しだけ、ネガティブであることを許してください」
「ええ。もう寝ましょう。一緒に」
いつも助けて貰っている。こんな日くらいは。




