第106話 リスクを負う亜人達
反応は無かった。けれど私はそのまま、私達のことを話した。
私達がエルフの冒険者であること。噂にあった魔族を探していること。私達がいずれ魔界を冒険することを目標としていて、少し話をしたいだけだということ。
『…………』
反応は無かった。けれど、手応えはあった。
道行くビーストマン達が、私達の方を見ていたからだ。
人の顔。獣の四肢。獣の耳。獣の体毛。獣の尻尾。
古代九人種の内、『獣人族』を始祖にするヒト種。
「……駄目ですね。聴こえてはいると思いますが、これで反応をくれるような性格ではないか、魔法の範囲内に居ないか、そもそも存在しないか」
「そうね。まあ駄目で元々だったし。新しい魔法もできた。ウラクトの旅はこの辺りかしら」
「次はどこで何をしますか?」
「まだ、レドアンを見て回るわ。次は南の方へ行きましょうよ。一度、ニンゲンの『都会』から出て。魔界までは行かずとも、ニンゲン界にある亜人の集落なんかを訪ねてみたいわ。そう。砂漠のエルフも居るのよね」
オルスの巨大森のように保護区に指定を、されてすらいない土地が沢山ある。昔ながらの生活を続ける土地だ。私はこれまでニンゲンの国の都市周辺だけを旅していた。もっと、国の領地だけれど、殆ど管理も行き届いていないような場所。そんな所だって沢山あるし、広い。そこにはニンゲンの村だってある筈だし。
『…………ああ、俺を呼んでたのか。さっきのは』
「えっ」
「エルル!」
なんて思っていると。
魔法の会話に、返信が来た。男性の声だ。場所や距離は分からない。私の声の場所はビーストマン達にバレたのに。
慌ててルフと目を合わせる。
『……返答ありがとう。あなたは、魔族なの?』
『…………答えづらいな。お前はニンゲンの味方なのか?』
ルフと頷く。この彼で当たりだ。
『ごめんなさい。訊き方が悪かったわ。私達はエルゲンとエルフのメスふたりなのだけど。あなたの種族を訊きたいの』
『……なんだと』
『えっ』
『…………それ、こんな、皆が聴いている魔法会話で言って良いのか? エル……。エルゲンなどと』
『…………』
異種族間ハーフにとっての禁句。最大限の侮辱。それを自分から自己紹介した私を、気遣って心配してくれた。彼は良い人だ。
『ありがとう。けれど、他に適当な言葉を知らないのよ。エルフと言うと本当のことではないし。私の外見はニンゲンではないから。それに、私は混血児であることを悲観していないの。前向きに考えようと思っているのよ』
『…………』
私達はまだ屋根の上に居る。ビーストマン達は視線をくれるだけでなく、立ち止まって私達の会話に耳を傾けていた。
『……リスクを承知で、俺に用か。分かった。だが俺もお前達と会うならリスクを冒すことになる。交換条件だ』
『分かったわ。ありがとう。何かしら』
『俺も人捜しをしている。協力しろ』
ルフを見るけれど、答えは決まっている。
『勿論。寧ろ協力させて。私達は冒険者なのよ。あなたを手伝うことが本業だわ』
『…………驚いたな。ニンゲン界にはこんな奴が居るのか』
『えっ』
そこで。
街行くビーストマンから、拍手が起きた。
「!?」
ひとり。ふたり。拍手は伝播していった。私達を。
讃えるように。
「えっ。えっ。どういうこと?」
「エルル。ちょっと寄り添い過ぎですね。まあエルルにとってはいつも通りかもしれませんが」
「えっ。えっ」
なんだか恥ずかしくなった。




