第105話 魔力に弱い天才の魔法
「エルルさんはまだ若い。細胞の劣化が見られないのは当然なんだ。だから、10年後、20年後にまた来ると良い。エルルさんの寿命は、現時点では判明しない。恐らくは、ニンゲンとエルフの間だろうけどね」
結局。
私は亜人病院に1週間滞在して。
成果と言えるものは得られなかった。
私にはニンゲンの細胞がある。つまり、老化する細胞だ。それを断言しなかったのは、モークス先生の優しさだろうか。
◇◇◇
「エルル」
「ルフ。待たせたわね。そっちはどう?」
「……もう良いのですか? まだ7日しか経っていませんが」
病院がある首都ウラクの隣町で宿を取ってもらっていたルフと合流する。私が入院している間、ルフにはとある仕事をお願いしていたのだ。
暑い。
気温は36度。空気は乾燥している。風は凪。
レドアン大陸の夏は、オルスより、キャスタリアよりうんと暑い。汗が出た所から乾いて塩に変わる。私とルフは水の魔法を使って体表の潤いを保ってはいるけれど。微量とはいえ常時魔法を使っていると魔力侵蝕が怖いところだ。
「……こちらの成果は全くですね。ニンゲン界の端であるレドアンとは言っても、魔族を見掛けたなどという噂には殆ど信憑性はありませんよ」
「……そう。まあ仕方無いわね」
レドアン大陸に入ってからすぐ聞いた噂だった。ウラクト王国の首都近辺で、魔族を見掛けたと。
それも、ドラゴニュートを。
「それで、エルルの方は」
「…………こっちもあまり良くは無いわ。私の中には不老長寿のエルフの細胞と、寿命の短いニンゲンの細胞も当然あるから、ニンゲンより長生きできる可能性はあるけれど、エルフより短いだろうって。具体的に何年とかは分からないって」
「……なるほど」
エルル。そう。
ルフにそう呼んで貰っている。『様』なんて、私達の関係に要らない。最初は彼女も渋ったけれど、了承してくれた。敬語は癖になっているから直せないらしいけれど。
私とルフは対等なパーティメンバーで、同じオスに嫁ぐつもりの妻同士だからだ。
「それと。……子供はやっぱり、難しいだろうって。私達ふたりとも。いえ、私の方が、可能性は低いって」
「…………そう、ですか」
子供を産めねば、そこで命が終わる。ジンの血は途絶える。退いては、ヒューイとトヒアの血が途絶える。
途絶えさせるのは、妻である私達。
「なら、できるまでやるだけですね。それと、できてから最善を。そして、産まれてから最大のケアを。……できることをやるだけです」
「ルフ」
「心配いりませんよ。エルルは産まれてきてくれました。きっと、大丈夫です」
「…………ええ」
何より私が、精神的に疲労していると勘付かれた。私の心にフォローをしてくれた。ルフはいつもそうだ。まるで私の妻であるかのように。
私もルフを、癒やさねばならないのに。
「今日から私も魔族捜索をするわ」
「この辺りはもう殆ど聞き込みを終えましたよ?」
「試したいことがあるの」
「?」
この国は、空にエルフやハーピーが普通に飛んでいる。レドアンで唯一、魔法規制が無い国だ。
現在の王が大の亜人好きらしく、亜人病院も彼の即位後に彼の命令によって作られた。
中でも王が大好きで、この国に最も多く住んでいるのが、ビーストマンだ。
風の魔法で、建物の屋根の上へ登る。ルフも付いてくる。少し懐かしい。森でもこうしたことがあった。
「エルフの会話があるでしょ? ニンゲンには聴こえない声の、魔法の会話。あれって、エルフだけじゃなくて他の亜人にも聴こえるわよね。例えば聴覚の鋭いビーストマンとか」
「……ええまあ、そうですね」
「あの会話、魔力を通しているでしょう? 拡散できると思わない? 皆に訊きましょうよ。そう、拡声器の魔法」
「!」
近距離の内緒話ではなくて。ニンゲンには聴こえないまま、長距離・広範囲に私の魔法の声を飛ばす。
やったことは無いけれど、できる気がする。
『…………聴こえますか?』




