第103話 不老長寿を殺す社会
「じゃあ。ニンゲンの『短命』がイビルの仕業なら。ニンゲンの細胞を持つ私も、ニンゲンと同じ寿命という訳なのかしら」
私にはやりたいことがある。
それを成し遂げるには、100年や200年じゃ決して足らない。『エルフの長命』は、私の人生の目的に必須だ。
「……逆に、亜人にしか無い細胞がある」
「!」
モークス先生は焦らす。答えを言わない。自分できちんと説明し終えてからでないと言ってくれない。
「その細胞は、ある特殊な臓器を作り出す。分かるかい」
「魔力ね」
「その通り。亜人なら誰しも、心臓の後ろにそれはある。第二の心臓と言っても良い。まあ役割はどちらかというと肺に近いんだけど」
エルフには魔法がある。魔力がある。そして、ニンゲンには無い。
「『魔臓』だね。いや、この呼び方もニンゲンのものだけど」
「森では魔法の教師に、エーテルと習ったわ。大気中の『魔素』を呼吸で取り込んで、エーテル内で魔力を生成すると」
「そうだね。魔素から魔力を抽出することができる器官。ニンゲンには決して存在しない臓器なんだ」
「…………」
恐らく。
このモークス先生の、思想が入っている。この説明には。
「どうしてだろうな。ニンゲンだけに無い。……だから、ニンゲンはイビルに対抗できずに100年以内に死んでいく」
「!」
全てのヒト種は、ニンゲンから始まった。大昔、全てはニンゲンだけだった。そこから、環境適応や外部刺激によって、時間を掛けて、ニンゲンから亜人へと派生していった。
『ニンゲン思想』と呼ばれる。これを使っているのが神正教だ。あの宗教はもっと激しく亜人を批難しているけれど。
元々『亜人』という言葉だって、今は分かりやすいから使っているけれど、これも蔑称だ。『ニンゲンに次ぐ下位存在としてのヒト種』という意味が含まれているから。
「体内に魔力を循環させていると、イビル細胞を駆逐していくんだ。そういう治療法もあるんだ。エルルさんは他のエルフと違ってイビル細胞ができやすいけれど、エーテルが正常に機能している限り、イビルによる死亡は無い。その点は安心して良いと思うよ」
「…………ニンゲンの身体に魔力を入れる治療法?」
「そう。魔力侵蝕を起こさない量のね。毒と薬は表裏一体。使いようによっては毒にも薬にもなる。それが魔力……退いては魔素。この病院はそういった研究も進められている」
私はその治療を、自分で行っているということだ。その代わり、治療に向いた適切な量ではないから、定期的に魔力侵蝕の症状を起こしてしまうと。
「病気にならなくても、ニンゲンは老衰で寿命を迎える。老衰というのは、身体の機能が低下していくことで起こるんだ。シワができたり、怪我をしやすくなったり、筋肉が衰えたりね」
「……エルフにもあるわ。年老いた見た目のエルフは居るわよ」
「ああ。これは個人差がある。けれど、エルフの細胞は基本的に老衰しない。エルルさんが見た老エルフは、別の理由で老いたんだろう」
「別の理由……」
大長老ルエフは2000年以上生きていながら少年の姿だった。逆に、彼の孫であるフェルエナは年老いていた。奇妙な光景だ。エルフの本来なら、大長老が正しいのだろう。
「精神的なストレスだよ。それで一気に老ける。森で自由に暮らすエルフは若く長命だ。けれど、ニンゲン社会で暮らすエルフはすぐに老けて死ぬ。大体100年か200年か。それくらいで亡くなるんだ。自然とね」
「ストレス……」
ルーフェは、カウンセラーと言っていた。必要なのだ。ニンゲン社会で暮らす亜人には。
彼らもニンゲンから離れて自由に生きれば良い? 違う。もう私は知った。
無理なのだ。ニンゲン社会でしか生きられない人達が居る。森での暮らし方を知らない。生まれた時からニンゲン社会で育った亜人が大勢居る。
ニンゲンは大地を支配することと引き換えに、『ストレス社会』を構築してしまったのだ。




