第102話 神が設計した細胞
医者というのは、ニンゲンが圧倒的に多い。
亜人には治癒魔法があるからだ。怪我や病気を軽視する傾向にあるという。それに、死というものに対してある程度受け入れている。
ニンゲンは違う。明確に、死を拒否している。断固拒絶している。
『医』という概念、考え方すら、ニンゲンの『特性』と言えるのだ。
「ニンゲンと亜人の違い。この質問を医者にすると、大体同じ解答になる」
「…………ニンゲンに無い器官がある、とか?」
「良い線だね。流石エルルさん」
眼鏡を掛けた白衣の男性。濃い黄色の肌。深い彫りの顔。丁寧な口調と落ち着いた言葉遣い。知性が感じられる。ニンゲンの男性なのに。
モークス先生。確か30歳の、私の担当医だ。
「ニンゲンだけが罹患する病気があるんだ。それの有無さ」
「……ニンゲンだけが」
「遺伝子。聞いたことあるかい」
「……知らないわ。森でも医学については学ばなかった。エルフの森には医学用語は無かったみたいだから」
「らしいね。亜人は医学を軽視……とまでは言わないだろうが、必要性はニンゲンより低いのは事実だろう。ニンゲン社会で暮らす亜人で無い限りは」
「…………」
ニンゲン社会で暮らす亜人。ルーフェやフーエール先生のことだ。あのふたりはどちらも、医学の人だった。カウンセラーに医者だった。
「遺伝子とは、身体の設計図のことだ。細胞を作る際、これを基にして作る。怪我したとき、これを基にして再生する。エルルさん。あなたがそんな顔をして、そんな身体なのは遺伝子のせいなんだ」
「…………基。確かに、今まで思ってもみなかったわ。怪我をして元通りになるのって不思議よね。怪我をした所から新たに耳や腕が生えてきたりはしない。『元の私』を細胞が覚えているから、『そのように』治るのね」
「そういうこと」
私は医者を目指すつもりは無い。けれど、どんなことであれ、知識を増やすことは楽しい。
「この遺伝子に傷が付いて、修復は勿論様々な所に異常を来す病気なんだ。原因は不明。エルルさんの居たオルスでは、ニンゲンの国民の死因ではこれが一番多いんだよ」
「!」
何故、ニンゲンの病気について話しているのか。
私にも関係しているからだ。
「イビル。病気の名前だ。人には新陳代謝というものがある。古い細胞は垢となって排出され、食べたものが新たな身体を作る。その度に設計図を基にするんだけど、一生の内には膨大な量の細胞を気が遠くなるほどの回数、作るんだ。たまに、間違って異常な細胞を作ってしまうことがある」
「…………イビル」
「イビル細胞はそうして生まれる。その後、他の細胞と同じように増殖していき、別の部位にも転移したりして。身体を侵蝕していって、やがて機能不全。死に至る」
「……それが、私にも起こるのね」
「そうだ。君の身体は、奇跡のバランスで成り立っている。本来のエルフの身体は、イビル細胞ができない。……長命であるということはそれだけ異常な細胞のミスが出てきてもおかしくないんだけどね。亜人の細胞分裂は決して失敗しない。……まるで誰かが意図したかのように。神が居るならその仕業かもしれないってレベルで、完璧な肉体なんだ。亜人というのは」
女性に、月経が無い。
そして、イビル細胞が発生しない。
ニンゲンと亜人の違いを医学の視点から比べることは、きっと私にとって有意義なんだと思っている。




