第100話 エルフの姫の長い冒険【第4章最終話】
「お熱いですねえ」
「ルフェル。見ていたのね」
「そりゃまあ、丸見えですし」
船に戻ると、ルフェルとルフが迎えてくれた。姉妹並ぶと少し壮観だ。ふたりとも美人だから。
「なるほど。ヒューイさんの息子さんのジンくんですね。で、どうでした?」
「え? なにが?」
「ジンくんのチ○ポですよ」
「はぁっ!?」
くらり。
「エルル様!」
急に不意打ちで予想外のことを訊かれた私は意識を失いそうになる。倒れかけた身体をルフに支えられてなんとか持ち直す。
「ルフェル。気を遣いなさい。エルル様は純真なんです。そんなこと、本当に考えたことが無いくらいに」
「ふむ。エルルさんももう16なんですし、思春期13歳のニンゲンの少年とひとつ屋根の下でしょう? てっきりやりまくってると思ってましたけど、やっぱりエルルさんはエルルさんでしたね。ジンくんも可哀想に」
「ええ…………それ、ジンが可哀想なの……?」
「エルル様。こんな娼婦の言う事を真に受けてはいけません」
「……で、姉さんもエルルさんに遠慮してジンくんの味見もしていないんですね。何のために帰港する度に町へ寄っていたのか」
「……黙りなさいルフェル」
「ふむ。姉が怖いので私は仕事に行ってきます。目的地まで、ゆっくりしていってくださいね。エルルさん」
やはりルフェルはルフェルだ。真顔でとんでもないことを言う。ルフが怒るのも珍しい。彼女はそそくさと船室に戻っていった。
「……全く。あまり気にしないでくださいね。すみません。ウチの妹が」
「………………」
「エルル様?」
引っ掛かった。ルフェルの言葉が。
そして、さっきのジンの言葉も。
「……ねえ、あなたはどう思っているの?」
「何がですか?」
「ジンのこと」
「…………」
ルフは、私に対してとても気を遣ってくれている。それが時に、申し訳ないのだ。
私達はパーティ。意見交換は積極的にしたい。
「……まあ、白状しますか」
「ええ、言って?」
甲板にはテーブルとビーチチェアが置かれている。そのひとつに、ルフが座った。隣の椅子に私も座る。
「私はトヒア殿のことも尊敬して大好きだったので、ヒューイを早々に諦めました。一緒に冒険するのは私なので、一夫多妻だと私が有利過ぎたのです」
「…………やっぱり」
やれやれとかぶりを振るルフ。
「それで、ジンは……。卑怯ですが、会える時は沢山会うようにしていました。打算的で、いやらしいメスですよ。私は」
「……ふうん」
違う。ルフは真面目で誠実なだけだ。そして、貧乏くじを引きがちなんだ。
私は彼女に幸せになって欲しい。
「で、今度は私に遠慮ね。良くないわ。私が嫌よそんなの」
「……何を仰っているのですか」
「多分、ヒューイと同じよ」
「…………!」
ルフは意図的に。
私は、無意識に。
『女の強み』を、ジンに対して行使していた。
あの優しさと強さを、私達の為に自分から進んで使ってくれるように。
洗脳? 誘導? 違う。恐らくこれが、恋愛の駆け引き。その本質。
「トヒアから聞いたわ。ジンはずーっと、あなたのことが大好きだったのよ」
「……分かりました」
「えっ?」
それは誰かが悪いのだろうか?
そんな訳は無い。オスとメスの利害は一致している。何も、相手からこちらの利益だけ搾取してこちらは相手に何も与えない、なんてことは無い。
「では、ふたりで一緒に貰ってもらいましょうか。あの初心な少年に」
「…………そうなるわよね。一番良いのは」
「まあ、一夫多妻や多夫一妻、多夫多妻なんかもギルドでは自由ですから。実際に居ますよ。そんな冒険者は」
「そうよね。私、ジンもルフも大好きだもの。それが一番だわ」
「…………エルル様の仰る『大好き』は、まだ恋愛感情や性欲ではなさそうですけどね」
「そこは、あれよ。私だってこれから来る筈よ。思春期」
「……ジンは苦労しそうですね。そもそもハーレムは苦労するんですよ。普通は奥さんひとりでも大変ですからね」
「あはは。なら沢山癒やしてあげなきゃ。それがメスの役割よね? 良いわよジンなら。なんでもしてあげる」
新しい旅が始まる。
「――それで。最初の目的地は、レドアン大陸ですか」
「ええ。エソンで聞いた『亜人病院』がある所よ。一度行っておきたいし、調べたいことがあるの」
「エルル様のことですか」
「そう。シャラーラから期間を300年と言われたけれど。ニンゲンとのハーフである私は実際どれくらい生きられるのか、きちんと知らないといけないわよね。他にも、ハーフのことをもっと知れたら良いなって」
これまでの旅で、私の出生、環境、一族については分かった。
次に、私の実際の、具体的な身体について知りたい。前例とデータが殆ど無い、ニンゲンとエルフのハーフについて。
「しかしあそこはまた、一部を除いて差別の激しい土地ですよ」
「望むところよ。性差別でも亜人迫害でも、なんでも来いだわ!」
ここまで長かった。
けれど、ここからまだまだ長い。始まったばかりだ。
私達の旅は。




