第10話 愛ゆえに強みを支配する強み
強さとはなんだろうか。この森には戦争は無い。その指標が分からない。強さを確かめる機会に恵まれない。
例えば私は、魔力の量が他の娘より多いらしいが。そんなもの、努力次第でいくらでも覆り得る。私は自分が強いとは思わない。
ルフは護衛として、常に帯刀している。鉄製の剣だ。恐らく私の腕力ではあれを持って自由に振り回すことは叶わないだろう。
「強さ、ではなく。強みという言い方をしましょう。オスの強みは、メスと子を守れるくらい腕力があること。では、メスの強みはなんでしょう」
「…………子を産めること?」
「いいえ。エルル様。子は、メスだけでは産めません。『つがい』でなければ」
「あっ。そっか」
私の風の魔法なら、あの鉄の塊も吹き飛ばすことができる。けれど、私の肉体は鉄より脆弱だ。押し付けられたらもう、身体は切り刻まれることになる。
強みとは、比べるものではないのかもしれない。
「メスの強みは、オスに守らせるということです」
「……?」
ルフの言葉が理解できなかった。私には、圧倒的にオスの情報、知識が足りない。
「太古の昔から、ヒト種は社会を築いてきました。その中で、オスは常に、巣から出て、家族を守る為に働いていました。安全な家を建てる大工は力仕事です。狩人も防人も、メスを守る為の腕力が応用され、効果的に運用されてきました」
「…………」
魔法がある。大工も狩人も防人も、私ひとりでできなくもない。そう思ったが、口には出さなかった。
私の魔力と魔法は、少数の例外なのだと、ここで分かったからだ。私はエルフの姫だから。一般的とは違った産まれ方、育ち方をしている。
「より、良い暮らしの為に。現代で言うと、高い給料の為に。オスを、より働かせることは、メスの手腕なのです。分かりますか?」
「……分からない」
メスの、手腕。これは役割というよりかは――
「今日も頑張って働いて、帰ったら可愛い妻が待っていてくれている。妻は俺の為に、毎日美味しい食事を用意してくれ、湯を沸かせ、気持ちよく抱かせてくれる。だから、そんな大好きな妻の為に、もっと頑張ろう」
実力。
「――そう、思わせることができたなら。その『つがい』は、上手くゆくのです。メスとは、その性的魅力と妻としてのスキルによって、オスを夢中にさせ、心から支配するもの。これは、オスにはできません。メスがこの実力を高めていけば、オスは勝手に頑張って、より具合良くしてくれます。メスは何もせずとも、高い給料を得て、生活は楽になり、より一層、子への投資に専念できる。……まとめましょう」
ヒト種の『つがい』は、他の動物とは違う。何故違うのだろう。どこが、違うのだろう。
面白い。ルフも笑っている。恐らく彼女も私と同種なのだ。
「ヒト種のオスは、その腕力をもって、その身で『危険』の一切を引き受けます。そしてメスは、そんなオスの強みを我が物にする為、オスを魅了し、心の奴隷とします」
「……全ては、子の為に」
にっこりと。
「ええ。より良い子育ての環境の為に。オスは外で働かねばならないので、子育ての殆どはメスが行います。オスは腕力を身に付けねばなりませんが、メスはスキルを磨かねばなりません。その違いは、強弱の関係にありません。オスとメス、どちらが強いなどと比べること自体、争いを生むだけで。メリットの無い無意味なことなのです」
これを姫様に言いに来たのだ、と言わんばかりの表情で。
「オスとメスは『つがい』であり、お互い愛し合っているのですから」




