◆鬼ごっこの章
鬼さんこちら
手のなる方へ
*****
「待てー!」
「おーにさーんこーちらっ」
春もたけなわ。子供達は外ではしゃぎ回る。
子供二人が、ある家の前に走って来た。その時、突然玄関の戸が開く。
「あんたらさっきからうっさい! こっちは今、子守やってんの! 赤ん坊が起きるでしょっ」
「あっアオサだ! でもさ、家の前では遊んでないぜ。フィールドはこの町全部だ!!」
たかしはにやりと笑う。
「そういう問題じゃない。こっちは仕事なんだって!」
理香もくすくす笑っている。
「今すぐここから逃げますよー。鬼がつかまえにきちゃうから」
するとアオサは眉間にしわをよせた。
「……今何て言った?」
理香はきょとんとする。
「何って、鬼ですよー。鬼ごっこの勝ち残りの秘訣は、とにかく逃げること! 今すぐ逃げます」
そう言って理香は長い髪をなびかせ、たかしと一緒に家の前の道を遮る塀をよじ登ろうとする。
「待ちなさい! 鬼ごっこも禁止ってずーっと前から言ってるでしょ! この前ので懲りたんじゃないの?」
理香は小さく舌を出す。
「だって、鬼ごっこには歌なんかないでしょ? 転びさえしなければ危なくないじゃない」
理香はスカートを翻しながら、塀の向こうに消えた。
アオサは大きく息をはいた。天を仰ぐ。
温かい陽射しが降り注いでいる。
遠くから、子供達の声がする。
「おーにさーんこーちら、手のなる方へ」
アオサはため息をつき、家の中に入った。和室の中は、障子越しに入ってくる春の陽気な光で満たされている。
座布団を丸めて枕がわりにし、畳の上にごろりと横になった。そしてゆっくりと目を閉じる。
春らしい陽気が、タオルケットの上の赤ん坊とアオサの眠気を誘う。
「もう少しで佐々木さんが、赤ん坊迎えに来るのに……」
それでもアオサは、夢の中へと入り込んでいた。何度見たか知れない、あの日の夢を……。
*****
どこかの家の庭先のモクレンの甘い香りが漂っている。しかしその優しい香りが、アオサの心身の鎮痛剤となることはない。
真っ赤なランドセルを背負ったアオサが俯いて道を歩いていると、その小さな肩に何かが当たった。続けて首にも足にも、次々とぶつかる。
アオサは振り向かずに、黙々と歩き続ける。
「やーい、鬼の子!!」
アオサのうしろをつけて来た男子数人が、アオサに向かって石ころを投げつける。
「おまえ、ユーレイが見えるんだろ!」
アオサは無視して、すたすたと歩き続ける。
「ユーレイと話しながら帰ってるってほんとか!?」
耳障りな笑い声が、アオサの背中を炙る。
大きな石ころが、アオサの首の後ろに当たった。アオサは唇を引き結んで、とうとう走り出した。
「あっ、逃げたぞ」
「待てー鬼の子!!」
男子はぎゃはぎゃはと楽しそうな声を上げて、アオサの後ろを追い掛け始めた。
アオサが狭い路地に入っても、男子達は執拗に追い回す。アオサは全速力で走る。
しかし、路地を抜けた所で足が空回りしてアスファルトの上に転倒してしまった。
「鬼が転んだぜー!」
男子達は、転んだアオサのまわりを取り囲んだ。
「やーい! おまえのお友達のユーレイでも呼んで、体起こしてもらえよー。できるだろ? 鬼の子なら」
アオサは黙って聞いていた。頬を伝い落ちる涙が、アオサの感情を言葉以上によく示していた。
それを見た男子が、一気にはやしたてる。
「鬼の目にも涙だぁー!!」
「まさか実物が見れるとはなぁ!」
アオサが耳を塞ごうとしたその時、うしろから声がした。
「おまえら、何やってるんだよ!!」
アオサが振り向くと、そこには緑色のランドセルを背負った色白の男の子が立っていた。それを見た瞬間、男子達は逃げ出す。
「うわ、グリーンが来たぁ!!」
「逃げろー!!」
その男の子は、逃げる彼等を一瞥すると、アオサの近くに歩み寄り、手をさしのべた。
少し茶色がかった色素の薄い髪が、さらりと揺れる。
「はい、手」
アオサは一瞬、何がなんだかわからなかったが、自分を助けてくれたのだと気付いた。
「あ……ありがとう」
アオサはその子の力を借り、何とか立ち上がった。足に少し擦り傷を負ったが、気にするほどではない。
アオサはおそるおそる顔を上げたが、そこにあったのは、微笑みだった。
「大丈夫?君、たしか五年生の子だよね。見たことある」
「……あなたは、同じ学校の人?」
「六年生だよ。茨木伸也っていうんだ。よろしく」
それは今までむけられたことのない、優しい笑顔だった。
「……私は三岸アオサ! よろしくね」
アオサもいつの間にか笑っていた。久しぶりに心の中が温かくなるのを感じた。
伸也とアオサは、そのまま一緒に帰ることにした。
実はアオサは、誰かと一緒に帰るのが初めてだった。
「……さっきのあいつら、なんで君にあんなことを?」
聞かれて、アオサは躊躇する。本当のことを言ったら、ほかの人たちと同じで変な目で自分を見るのではないかと思った。
しかし、伸也は真面目な顔をしていて、本能で「悪い人ではなさそうだ」と感じた。
アオサは少し悩んだが、この人になら言ってもいいと思った。
「……私のおばさんは、イタコなの。盲目で生まれて来て、その見えぬ目で普通の人には見えないもの……幽霊なんかを見ることができるの。私は盲目じゃないけど、おばさんと同じ能力があるの。見えたり見えなかったりすることがあるけど、完全に普通の人とは違うんだ……」
伸也は、驚いたような顔をした。アオサの顔を見つめたまま。
「……そうか、それで鬼とかなんとか……」
伸也の表情が少し曇る。
やはりこの人も皆と同じで、鬼と心の中で思っているのだろうか。そんな想像が浮かんで、アオサはそれ以上細かい説明をするのをやめる。
そのかわりに諦めきった表情で呟いた。
「どうせ、このいじめは止まらないの。だから私は、抵抗するつもりはない」
すると伸也が眉根を寄せた。
「何故そんなふうにあきらめるの? まわりの態度が変わらないなら、君が変わればいいじゃないか」
「え?」
意外な助言に、アオサは思わず目をぱちくりさせる。
「強くなればいいんだよ。君自身が」
あまりにもあっさりと言われて、アオサは顔をしかめた。
「そんなのは、いじめられる側のことを何も知らないから言えるのよ。そんなに簡単に強くなれるわけないじゃない」
「なれるよ」
すぐにそう返されて、アオサは伸也を凝視した。
「実はね、僕の母親もイタコなんだよ」
予想もしなかった事実を告げられ、アオサは目を見開いた。
「え? お母さんが……?」
しかしアオサは考え直す。イタコは、清らかな巫女でなくてはならない。子供がいるはずがないのだ。
表情に出たのか、伸也が付け加えた。
「もちろん、生みの親じゃないよ。育ての親ってやつさ。母さんは生まれつき盲目で、家計を少しでも助けるために修業をしてイタコになったんだ。だけど、子供を生むことは許されない。そんな時、捨てられた僕を拾ってくれたんだ」
伸也は俯き、少し悲しそうな顔をした。
捨て子と聞いて、アオサはなんと返したらいいのかわからず、ただ伸也を見ていることしかできない。
伸也はすぐに顔を上げ、笑った。
「ごめん、暗い話をして。……そんなんだから、僕も色々と嫌がらせを受けるのさ。捨てられたのは僕のせいじゃないのにね?」
伸也はあははっと軽く笑った。少し無理をしているように見えた。
「あとはこの緑色のランドセル。これだけでも十分いじめのターゲットになる。これは母さんの知り合いからもらったんだ。イタコの収入じゃ、ランドセルなんて買えないから」
アオサは、さらに何と声をかけたらいいのかわからなくなって、口ごもってしまう。
アオサは霊が見えるだけで、両親はちゃんといる。子供が不思議な力を持っているのに、気味悪がったりはしなかった。
その時初めて、自分はまだ完全に不幸ではないと感じた。
「君がつらいのもよくわかるよ。あいつらは誰かを異端にしたがるんだ。だけどそういうやつらの方が、実は弱いんだよ。群れてないと生きていけない。それがわかってるから、僕は心を強く保っていられる。痛みに耐えていられるんだよ、こんなふうにさ」
伸也は笑顔を作って見せた。
それを見て、アオサの顔にも笑みが浮かんだ。
「いじめはきっとなくならないと思う。だけど私、次からはちゃんと言い返すよ。伸也君みたいに、強くなりたい。私はたしかに変なものが見えちゃうけど、だから何だって言ってやるの!!」
アオサの決意を聞いた伸也は、
「うん、頑張ってね!」
と言ってくれた。
次の日から、二人は一緒に登下校をするようになった。二人の家は、実は近所だったのだ。
そのように誘ったのは伸也のほうだった。
アオサはそれだけでも嬉しく感じていた。
二人で歩いていると、うしろから「グリーンだ!」とか「鬼の子だ」という声が交じりあって聞こえてくる。
しかし、アオサはふりむいて叫んだ。そこにはクラスメイトの男子と女子数名がいた。
「私が鬼なら、あんたらはぶんぶんと群れる虫よ!!」
クラスメイト達はいつもと違う反応に怯み、わけがわからないという顔をした。
そこでさらに付け加える。
「この……弱虫!!」
クラスメイト達はぽかんと口を開けたまま、その場に立ち尽くす。言い終えて、伸也と目が合うと、伸也は苦笑いしていた。
「結構言うね、君も。その調子だよ」
「うん!」
アオサは伸也に笑い返した。
すると伸也は一つ息をはいた。
「ねえ、もしよかったら家に来ないかい?」
「……え?」
アオサは一瞬きょとんとした目で伸也を見た。
「家に一人でいてもつまらないんだ。時間があったらでいいんだけど」
「家に?」
次の瞬間、アオサは即座に答えていた。
「うん、行く!」
アオサは自宅につくと、ランドセルを置いてすぐに伸也の家に遊びに行った。
伸也の家は、大通りから少し奥に入ったところにあった。
小さな十字路を曲がると行き止まりの道があり、その一番奥に建っている古い一軒家だった。
呼び鈴を鳴らすと、伸也が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。あがって」
家には伸也しかいなかった。母親は、イタコの仕事で出掛けているということだった。
初めて友達の家に上がり、初めてトランプというものをした。伸也は、親戚の集まりの時にいとこ達とよくトランプをすると言った。
アオサにはいとこがいないので、トランプで遊んだことなど一度もなかった。初めての遊びに、アオサは興奮した。ルールはすぐに覚えた。
翌日もそのまた次の日も、二人はトランプをした。
しかし二人だと、定番のババ抜きはできない。どちらがジョーカーを持っているのかすぐにわかってしまうからだ。
その後も色々とやってみるが、いまいち盛り上がりにかけてしまう。
「うーん。トランプはもう限界かな?」
伸也は苦笑する。そこでアオサは提案した。
「そうだ縄跳びにしよう!あれなら二人でできるよ」
アオサは、よく一人で縄跳びで遊んでいた。
縄跳びは、一人でも遊べるが、何回跳べるかで競い合うのも楽しそうだと思った。
「いいね!今日は天気もいいし、表に出ようか」
アオサの提案により、二人は縄跳びで遊ぶことにした。
やはり、一人よりも二人で遊んだ方が楽しいと感じた。
「アオサはあや跳びがうまいね!」
「二重跳びもできるよ」
アオサは、一人で遊んで鍛えた技を披露する。伸也はそのたびに拍手をした。喜びと、わずかな空しさが入り乱れたが、当然嬉しさのほうが勝っていた。
縄跳びもそろそろ一段落し、二人は新たな遊びを考え始めた。
「次は何して遊ぼう?」
伸也が問う。
アオサは、恐る恐る言ってみた。
「……鬼ごっことか、ダメかな?」
「え?」
伸也が意外そうな顔をした。
当たり前だ。鬼ごっこは、二人でやっても全く面白くない。
アオサは大人数でやったことはなかったが、人数は多い方が楽しいに決まっているとわかっていた。
それでもアオサは鬼ごっこをしたいと思った。
「私、いつも男子達に追い掛けられる『鬼』だったから、一回くらい追い掛ける側の『鬼』も……やってみたいんだ」
伸也は一瞬、アオサの言葉に表情が曇った。しかし、すぐに頷いてくれた。
「いいよ。じゃあ、アオサが『鬼』だ! ぼく、足は速いよ」
「私も速いほうだと思うよ」
「じゃあ、僕が逃げるよ。10数えたら追い掛けてね」
伸也は道のむこうに駆けていった。
アオサが10数え終わると、ちょうど狭い路地に曲がるところだった。
アオサは走った。
毎日いじめっこから逃げていただけあって、足の速さには自信がある。アオサが道を曲がると、道の向こうで伸也がアオサの方を向いて立っていた。
「鬼さんこちら!」
アオサは挑発されるままに、路地を駆け抜けた。伸也はさらに曲がり、古い町並みを駆け抜ける。
何回か道を曲がっているうちに、伸也を見失ってしまった。
しかし、どこからか手を叩く音がする。
「鬼さんこちら、手のなる方へ!」
アオサは、声のした方向の道を曲がる。
すると、逃げる伸也の背中を発見した。
「待てーっ!!」
アオサは夢中で追い掛けた。
右に曲がり、左に曲がり。
アオサが伸也を見失うたびに、伸也は手をならして居場所を知らせた。
「鬼さんこーちら、手のなる方へっ」
アオサはまた、声のした方に駆けていった。
「絶対に捕まえるんだからっ」
アオサは息を切らしていたが、とにかく走った。
右へ、左へ。
前へ、後ろへ。
しかし、途中から、手を叩く音がしなくなった。
アオサは不審に思いながらも、しばらく走り続けていた。
「伸也くーん!」
空は徐々に真っ赤に焼けていく。
その後も走り回ったのだがいくら探しても伸也は見つからず、とうとう伸也を捕まえることはできなかった。
「なんで……?」
アオサは不安になり、嫌な想像を振り払いながら伸也の家に行った。
まさか伸也に限って、とも思ったが、既に家に帰っている可能性もある。
アオサは躊躇いがちに伸也の家の呼び鈴を鳴らした。
しばらく間を置いて中から出て来たのは、伸也の義母だった。歳は五十歳くらいに見えた。
目を閉じたまま、怪訝そうにしている。
盲目のためにいつも一階の奥の自室にこもっていたので、アオサは遊びに行っても会ったことはなかった。
「……あの、伸也くんいますか?」
アオサの声を聞くと、義母はああ、と言った。
「その声は、伸也の友達だね。伸也なら、出掛けたきり帰ってないよ」
「……やっぱり……」
「そもそも、あなたと一緒に出て行ったんじゃないかい? もしかして、はぐれてしまったのかい」
「えっと……その」
異様な雰囲気を察したのか、義母が手招きした。
「……何があったか解らんけど、とりあえず中に入んなさい」
アオサは言われるがままに家に上がり込んだ。
伸也とトランプをした、居間の机。その横に、緑色のランドセルが無造作に置かれている。
義母はまるで目が見えているかのように机を避け、部屋の奥に座った。アオサは入口がわに座る。
「それで、伸也がどうした?」
義母は目をつぶっているのに、何故か睨まれているように感じるくらいの気迫があった。
「……伸也くんが、私と遊んでる途中、突然見つからなくなったんです」
アオサは、鬼ごっこをしたこと。鬼は自分で、伸也を追い掛けたこと。
伸也は、手を叩いて居場所を教えてくれていたこと。
その音が途中から聞こえなくなり、伸也自身がどこにもいなくなったことを全て話した。
義母は黙って聞いていた。アオサが話し終わると、大きくため息をついた。
「……まさか、起こってしまうとはなァ……」
「え?」
義母の呟きに、アオサは動揺する。
「まさかって……?」
義母は静かに言った。
「きっと伸也は、鬼につかまったんだよ」
一瞬の間。
アオサは、いまいち言葉の真意がつかめず言ってみる。
「鬼は私で、伸也くんは捕まえていません」
しかし義母は首をふった。
「私が言っているのは、本物の『鬼』だよ。伸也は、『鬼さんこちら』と言って手を叩いていたんだろ? その音を聞いて、本物の『鬼』が伸也を見つけて捕まえたんだよ」
アオサは義母の言っていることがにわかには信じられなかった。
たかが鬼ごっこで子どもが頻繁にいなくなるなら、誰もやるはずがない。
「……信じられなくてもいいさ。私も、この話は祖母に聞いたことがあるくらいだからね。昔はよく子供がいなくなったらしい。しかしまさか現代にもそれが起こって、実際に……伸也が……」
義母の頬を涙が伝う。
「……その話が本当なら、伸也くんを鬼から連れ戻してください!!」
アオサは思わず叫んでいた。
そんな馬鹿な話、あるわけない。だけど、もし本当なら早くしないといけない。そんな気がした。
その話を否定する一方で、あっさりと信じそうになる自分がいることにも気づいていた。
何故ならアオサは、鬼を見たことはなかったが、霊という不思議なものが実在することを、その目で見て知っていたからだった。それならば鬼がいてもおかしくないと感じた。
アオサの訴えに、義母は首をふるばかりだ。
「……私はイタコだけどね、形だけ修業をしたニセモノだよ。私には霊が見えない。口寄せも出来るふりをしてるだけさね。鬼なんてどうしようもできん」
アオサは驚きを隠せなかった。そういったイタコは実際沢山いる。
まさか伸也の義母もそうだったとは思わなかった。
「……もう一回探してきます!!」
「え?待ちなさい!」
アオサは義母の制止も聞かずに家を飛び出し、先ほど走り回った路地をくまなく探した。
「伸也くん……!!」
外は完全に暗くなっていた。
結局、伸也は見つからなかった。
ほかに見つかったのは、浮幽霊の影のみだった。
アオサは霊を見たことはあっても、鬼を見る能力はなかった。
鬼ごっこをしているときは、追いかけるのに夢中だったせいもあるのだろうが、全く鬼の影など見ることはなかった。気配すらも感じなかった。
忌まわしい霊能力は、持っているというだけでも邪魔なのに、その上あまりにも不完全だった。
「……役立たずっ!!」
アオサは自分の無力さを呪った。
伸也が消えてしばらくたってから、アオサは隣の町に住むイタコのおばの家にちょくちょく顔を出すようになった。
そこでアオサが鬼ごっこの話をすると、おばはいろいろと話を聞かせてくれた。
「昔から鬼ごっこをして人がいなくなることがあったのは、本当の話だよ。ほかにも、恐ろしい遊びの話は沢山あってね……」
アオサはその話を聞いて衝撃を受けた。どれも、子供が大好きな遊びだった。
クラスメイト達がよく、校庭や体育館等で遊んでいる。
しかも、今回の伸也のように、現在でも遊びによって子供がいなくなることは稀にあるらしい。
アオサはその時、ある決心をした。
それから毎日おばの家に押しかけた。
おばは霊能力を持った本物のイタコだった。修業をつめば、アオサならきっと鬼も見えるようになるだろうと言った。
アオサは頑張った。ほかのイタコ見習いと同じように、祭壇の掃除から始めた。
そのうちにおばはアオサのやる気を認め、霊能力のコントロールの仕方を教えてくれた。
もう二度と、伸也のようにいなくなる子どもを出すまいと、そしていつか鬼から伸也を取り戻すのだと、その気持ちだけがアオサを支えていた。
伸也がいなくなってしばらくして、伸也の義母は病気で急死した。
家に住む者はいなくなった。
数年後、16歳になったアオサは、修行のかいあって鬼を見ることが出来るようになった。
霊を見たり見ないようにしたりといった調整ができるようになり、簡単な除霊もできるようになった。
それからアオサは、無人になったその家をわざわざ借りて店を開くことにした。
なんでも依頼をこなして、家賃を払う。
町の子供達が危険な遊びをしないように見張り、注意をする。
そして、伸也がいつかこの家に帰ってくるのを待つ。
『鬼』に連れて行かれた者は、早いうちに救出しないとやがて死んでしまう。おばがそう言っていたし、アオサ自身も店をやり始めてからの経験から知っていた。
鬼に連れて行かれた者は、少し助けるのが遅れると瀕死になってしまうのだ。
それをわかりつつも、アオサは今も伸也の帰りを信じて待っている。
子供達を危険な遊びから遠ざけ、救いながら。
恐山のふもとにある、この店で。