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◆かごめかごめの章

かごめかごめ

籠の中の鳥は

いついつ出やる

夜明けの晩に

鶴と亀がすべった

後ろの正面だあれ?


****


「ああ~っ寒い!!」


 麻由姫まゆきは恐山のふもとの寂れた町並みを歩き、入り組んだ道を行く。すると、せまい裏道に出た。


 季節は秋。ここ青森は、少し風が吹くだけで震え上がるほどに寒い。冷たい風が、麻由姫の長い髪をバサバサとなびかせる。


 麻由姫はそれを少し鬱陶しく思いつつ、早く目的地にたどり着きたい一心で小走りにその道を抜ける。そこは十字路になっていた。


 手にした地図の通りに右折すると、古い家が立ち並ぶ道に出る。奥の方に低い塀があり、行き止まりになっている。

 塀は、無残にもチョークか何かでカラフルな落書きがされている。その塀の前――もしくはかなり古そうな民家の前――で、子供達が遊んでいた。


 近所の子供達だろうか。たまり場なのかもしれない。

 麻由姫はその様子を微笑ましく思いながら、その道を歩き出す。


 目的地は、この道の一番奥の家、つまり子供達が遊んでいる場所のすぐ横に建っている、あの家だ。


 子供達は、二人が向かい合って高く上げた両手を繋いで橋を作り、他の子供たち一列に並び、歌いながらその橋の下をくぐっていき、歌の最後で橋の真下に来た子供に橋を落として捕まえるという『通りゃんせ』で遊んでいる。


歌声が楽しそうに響く。


『通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神さまの細道じゃ

ちょっと通してくだしゃんせ

御用のない者通しゃせぬ

この子の七つのお祝いに

お札を納めにまいります

行きはよいよい帰りは怖い

怖いながらも通りゃんせ

通りゃんせ』


子供二人が、手で作った橋を勢いよく落とす。


「ゲッ!」


 男の子が捕まってしまい、橋役の女の子一人と交代する。麻由姫はそれを横目に、その家の呼び鈴を鳴らそうとする。


 指が呼び鈴にかすかに触れたその時、突然玄関の戸が荒々しく開け放たれた。


「あんた達、それで遊ぶなって何度言ったらわかるのよ、このボケ!」


「…………え!?」


 叫びながら中から飛び出してきたのは、麻由姫と大して歳が変わらないくらいの少女だった。


 麻由姫はあまりの唐突ぶりに面食らう。子供達はきゃあきゃあ言いながら、一斉に逃げ出した。


「アオサちゃんが怒った!」


「いやー怖ぁい、逃げろー」


 そう言いながら走る子供達の小さな背中が、十字路でばらばらに散っていく。麻由姫は、子供が発したある単語にはっとした。


…………アオサ。


 麻由姫は、今目の前で塀の落書きを乱暴に蹴っている少女と、手にした地図を交互に見比べる。さらに鞄の中から、慌てて一枚の紙を取り出す。

 それは、インターネット上の掲示板の書き込み履歴を印刷したものだった。


『青森に、何でもやってくれる店があるんだって。いわゆる何でも屋さんってやつ。確か三岸(みぎし)アオサって人が店主でね、子守りとかやってくれるんだって。それだけなら別に驚かないんだけど、その店少し変わっててね、実は…………』


 間違いない。そう確信して、麻由姫は少女に向かって言った。


「あの、三岸アオサさん!」


 名前を呼ぶと、その小柄な少女は塀を蹴るのをやめて不機嫌そうに振り返った。この寒い中、Tシャツに丈の短いワンピース。素足で、履いているのは薄汚れたピンク色の健康サンダル。肩にかからないくらいの長さの髪は、少し寝癖がついている。


 童顔なのでなんとも言えないが、歳は15,6歳くらいに見える。

 あまりにも若く、大分イメージとかけ離れた奇妙な出で立ちではあったが、麻由姫はこの際気にしないことにする。


 麻由姫は大きく息を吸って、言葉と一緒に一気に吐き出す。


「私、あなたに依頼があって来ました。私の弟を救ってください!」


 アオサはしばらく無表情で麻由姫を見つめていたが、スッと玄関を指差した。


「…………入んなさい。お茶も何も出ないけど」


「は…………はい!ありがとうございます」


 麻由姫はアオサに続いて家の中に入る。


 健康サンダルを脱いだアオサは来客用のスリッパを出すこともなく、廊下に上がってすぐ横の襖を開けて中に入ってしまう。麻由姫もそろりとその部屋に入る。


 そこは狭い和室で、小さな神棚と仏壇がある。中央に四角い机があって、アオサは仏壇側に胡坐をかいて座った。


「そこに座って」


 アオサに促されるままに、麻由姫はアオサの向かい側に正座をする。


「で、あんた誰?弟がどうしたのよ」


 口調も、客に対するそれではなかった。麻由姫は多少のむかつきを覚える。


「…………百瀬麻由姫、といいます。母の代理で来ました。弟が、その…………目が放せない状態なので」


 アオサの顔が真剣になるのを確かめて、麻由姫は続けた。


「…………弟がおかしくなったのは、一週間前のことでした。弟が通っている小学校から連絡が入ったんです。弟の様子がおかしいと」


 その連絡を受けたのは麻由姫の両親だったが、二人とも仕事でどうしても小学校に行けないというので、仕方なく麻由姫が中学校を早退して弟を迎えに行くことになった。


「弟は保健室のベッドで寝ていたんですけど、ぼーっとした表情のまま、何かをぶつぶつと唱えていました。そして突然気を失ったんです。すぐに目を覚ましましたが、その時にはもういつもの様子に戻っていました。もちろんすぐに病院に連れて行きましたけど、何の異常も無かったんです。だけど、家に帰ったら、またぶつぶつと何かを唱えはじめて…………。それだけじゃない、突然奇声を発したり、家の壁をガリガリ引っ掻いたりしはじめました」


 麻由姫は身震いした。いつも明るい弟が、うつろな目をして目の前で奇行にはしる姿を思い出したのだ。

 麻由姫はアオサの目を見て、ためらいがちに訊く。


「あの、ここって、心霊関係の依頼も受けてもらえるんですよ…………ね?」


「何で心霊だと思うの?」


 たずねたのは麻由姫だったのに、アオサはそれに問いで返す。それに、麻由姫は慌てて答える。


「だって、どこも悪いところが無いのに変な風になっちゃったから。それに、弟がぶつぶつ言っていた何かが…………お経みたいに聞こえて。お経を唱えるのって、狐が憑くとそうなるっていうのを何かで読んだので、弟には絶対に何かがとり憑いてると思いました」


 麻由姫がこの店を頼った理由はそれだった。


 最初はどうしたらいいのかわからなくて、ただ弟の危行を見ているしかできなかった。

 しかし一向によくなる気配がないので、両親も麻由姫も困り果てていた。


 そこで麻由姫は、少しでも情報が集まればと思い、インターネットで検索をした。そしてある掲示板に、この店の噂が書き込まれていたのだ。


 その店の店主は、頬杖をついて小さく唸った。


「それで?今日も弟は、あんたを代わりにここによこして、お母さんが様子を見てないといけないくらいなの?」


 麻由姫は少し俯きがちに頷く。


「は、はい…………。今朝も、少し暴れて。私じゃ手に負えそうに無かったので、母が『見張る』ことにしたんです。」 


「『見張る』ねえ…………物騒なこと」


 麻由姫は真実を言った。本当に、『見張っ』ていないと、何をしでかすかわからないのだ。


 家に火をつけるかもしれないし、ベランダから飛び降りるかもしれない。その可能性がある限り、誰かが『見張っ』ていなければならなかった。


「じゃあ、ここに本人を連れてくることも出来なかったわけね。…………仕方ない、とりあえずあんたに話を聞くわ」


 麻由姫はちらりとアオサの様子を伺う。

 普通なら、こんな相談をされても相手は困るだけだろう。しかし、目の前の店主は、接客態度はともかく、その話を馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれている。


 麻由姫はずっと抱いていた疑問をぶつけてみた。


「あの、アオサさんはその…………いわゆる霊能者、なんですか?」


 アオサは、確かに色んな意味で少し変わっている。この寒い時期に素足なんて常識では考えられないし、髪の毛も整っていないし、年頃の女の子にしてはファッションや見た目といったことに関心が薄そうだ。


 しかしそれは逆に言えば、霊能者らしくないのだ。

 テレビ番組などに出演している霊能者というのは、黒や紫のいかにもな色合いの服を着て、金や銀のアクセサリーをごてごてと身につけ、自分の持つ不思議な力をアピールしている。


 しかしこのアオサという人物は、鮮やかな黄色のワンピースなんて着ているし、飾り気というものが欠如している。そのため麻由姫には、とても霊能者というふうには見えなかった。


 問いに対するアオサの返答は簡潔だった。


「親戚にイタコがいるから、ちょっとした霊くらいは見えるわよ。もともとの家系とか、遺伝か何かなんじゃない」


「そ、そうなんですか…………」


 麻由姫は返事をしながら、『イタコ』という単語を脳内で検索をかけていた。そしてヒットする。


『イタコ』とは、恐山で口寄せをして自らの体に霊魂をのり移らせ、死者のメッセージを伝える巫女だ。

 麻由姫はイタコについてそれ以上は詳しく知らないが、あまりにも有名なのでその程度ならば知っている。そしてそのイタコが、親戚にいるという。


 麻由姫は、イタコがいるくらいの霊能力を持つ家系なら、今目の前にいるアオサの力を信じてみようと思った。


「わかりました。私がわかる範囲でいいなら、何でも訊いてください」


 アオサは小さく頷くと、早速口を開いた。


「病院で、ちゃんと調べてもらったのよね。本当に何も無かったの?」

「はい。お医者さんも、様子がおかしいというのでいろいろ調べてくれたんですけど、おかしな部分はなかったそうです。頭を打ったとか、そういった形跡も無かったそうです」


 アオサは低く唸る。


「ただの精神障害だとしたら、子どもが知らないようなことばを口走るわけないわねえ。彼、お経を唱えたんでしょ?本人が知らないことは口にできないから」


 お経とは言っても、麻由姫がそう思っただけなので、正しくはお経ではないのかもしれないが、ぶつぶつと何かを口にしていたのは確かだ。


「その弟って、お経を暗記してた?」


「そんなことはないと思います」


 麻由姫は即答する。そんな様子は微塵もなかった。


「お経…………狐、か。もしそれが本当なら、彼はやっちゃいけないことをしたのかもしれないわね」


 麻由姫はぱっと顔を上げる。アオサの声が、何か考えに至ったような響きを持っていたからだ。


「やっちゃいけない、こと?」


 アオサは困惑の表情を浮かべる麻由姫を見据えて、言った。


「そう、例えば…………『コックリさん』で遊んだ、とか」


「コックリさん?」


「そう、コックリさん。やってたんじゃない?」


 麻由姫は少し考える。


「…………弟は、殆ど外で遊んでいました。家のなかでは、テレビを見るばかりで。学校でもそんな感じだと思います。コックリさんをやるようなタイプではないと思います」


 意味がわからなかったが、とりあえず答えておく。しかしアオサの方は、真剣に考え込んでいた。


「外か…………暗示とか、変なもの呼んだかな、と思ったんだけど。違いそうね。うーん…………」


 あまりにも長いこと考えこんでいるので、麻由姫は理解できずに聞いてみる。


「あの。なんでそんなこと聞くんですか?そういえばさっきも、子供達に遊ぶなとかなんとか…………」


 それを聞いたアオサは考えるのをひとまずやめ、最初から机の上に置いてあった湯飲みを持ってその中身を一口すすった。


「あなた、コックリさんで遊ぶのを禁じられなかった?」


 意図のわからない問いに面食らうが、一応頷く。


「…………確かに、あぶないからって学校では禁止されてました。それがどうかしたんですか」


「それと同じことよ」


 麻由姫は目を見張る。


「コックリさんなら、狐を呼ぶから危ない。そうみんなは思っているから禁止されている。実際、あれは降霊術の一種なのよ」


 麻由姫は少し驚く。あれがそんなに危ない遊びだったなんて知らなかったからだ。


「さっきの子供達は、『通りゃんせ』で遊んでいた。あれは普通の大人は禁止しない。何故なら…………危ないことを、大人達は知らないから」


「危ない…………?」


 あの遊びは、別にどこも怪しいようには見えない。アオサは麻由姫の目をじろりと見る。


「そう、危ないのよ。『行きはよいよい帰りは怖い』…………何が怖いのかわかる?」


 麻由姫は首を横にふる。そんなことを考えたこともない。


「行きは怖くない。しかし帰りは怖い。帰りにいるのは…………人さらいよ」


 アオサは言い切った。


「人さらい?」


 麻由姫は困惑した。何故そう言い切れるのか。


「この歌の舞台は神社。子供は楽しみにしていたお祭りにいく。しかし帰りは…………人さらいが潜む人混みを掻き分けて、暗い夜道を行かなければ家に帰れない。実際に昔は人さらいがたくさんいて、お祭りの夜に子供がよくいなくなったの。それを昔の人は『神隠し』と呼び天狗の仕業だといって恐れた。それが真相なの」


 麻由姫はぞっとした。歌に隠れた、深い意味。


 それを知らずに、子供達はその歌を遊びに使っている。


「もっとも、本当に天狗が連れて行ったということも沢山あったそうだけど。いなくなった子供が山の中で発見されて、『天狗に連れてこられた』と証言したなんて話もあるし」


 麻由姫はさらに聞く。


「確かに怖い歌詞だというのはわかったけど、禁止するまでとは思えませんが」


 アオサは軽くため息をつく。


「歌に関してはそこまでだけど、危ない理由はあの遊び方にあるの」


「遊び方?」


 麻由姫は、遊び方を思い出す。二人の子供が橋を作り、その下を子供達が一列になって通る。歌の最後に橋が落ち、子供は捕まえられる。


 それのどこが危ないのだろう? さっぱり意味がわからず、考えるのをやめた。


 表情に出たのか、アオサはさらに深くため息をついた。なんだか、何も知らないことを馬鹿にされている気がした。


「橋が落ちて、子供に直撃する。まるで事故に遭ったみたいじゃない?つまり橋に捕まったんじゃなくて、橋の下敷きってことよ」


…………確かに、不吉だ。


「不吉は不吉を呼び寄せる。しかも、橋に見立てた子供の腕は、下敷きになった子どもの首付近に落ちてくる。まるで…………首を刈るみたいに」


 アオサが淡々と言い放つと、麻由姫は思わず手で口を覆う。

 言われてみれば確かにあの腕は、落ちてくると丁度首をちょんぎるような形になる。


「…………とまあ、そういうこと。あなたは弟が狐につかれたのではないかと言った。だから私は、コックリさんで変なものを呼んだんじゃないかって思ったの」


「なるほど…………」


 麻由姫は思わずぱちぱちと拍手をする。やはり普通の人とは違うらしい。


「でも、弟さんはインドア派ではないんでしょ?…………うーん」


 アオサは再び考え込む。そしてふいに顔を上げた。


「弟さんに直接会って正確な話を聞くわ。私の予想があってれば、今日中に決着がつくかもしれない」


 アオサは立ち上がって、部屋から出ていってしまう。そして、戻ってきたときには片手に数珠を持っていた。


「あんたの家に案内しなさい!!」


 あまりの気迫に、思わず背筋がピンと張った。



「お邪魔します!!」


 アオサはどかどかと、麻由姫の家に上がり込んだ。


「え…………あ、はい!?」


 母が、弟をだいて怯えている。弟もいきなりのことに固まっている。無理もない。


「な、何!?麻由姫、この人…………」


「お母さん、この人がなんでも屋のアオサさんなの…………」


「この人が!?」


 母は唖然としている。麻由姫が思ったのと同じく、イメージとのギャップが激しいようだ。


「ちょっと、この子にききたいことがあるの」


 アオサはびしっと弟を指差す。


「ぼ…………ぼく?」


 弟は、何がなんだかわからないといった様子だ。


「そう。あんた、学校でコックリさんやらなかった?」


「え?…………やってないよ。先生がね、やっちゃダメっていうから」


 やはりコックリさんはやっていないらしい。


「わかったわ。…………じゃあ次。かごめかごめは?」


「かごめかごめ?」


 麻由姫と母、弟は同時に聞き返していた。

 それは麻由姫もよくやっていた、子供に大人気の遊びだ。


 鬼の回りを輪になって囲んで、歌を歌いながら回転し、鬼がうしろにいる人を当てる……。


 質問の意味がわからず、麻由姫と母は顔を見合わせる。

 しかし弟は、ぱあっと笑った。


「うん、僕それ大好きだよ! クラスのみんなでよくやるの。楽しいんだよ」


「…………ふーん」


 アオサは弟に近づく。そして、弟の頭をいきなりひっぱたいた!!


「ぎゃん!?」


 弟が涙目になる。母も麻由姫も、一瞬の出来事で、アオサの手を止めることができなかった。


「なんでそんな危ないことすんの!?かごめかごめは禁止!!」


 全く話が見えない。


「…………あのう。何でかごめかごめが、この子のことと関係あるんでしょう」


 母が弟の頭を撫でながら問うと、アオサは盛大なため息をついた。


「今から説明しますから」


 アオサは弟用の、アニメの柄がプリントされた座布団にどかっと座った。


「長くなるからよく聞いて。『かごめかごめ』は、『囲め囲め』がなまったものなの。遊ぶときに、鬼のまわりを輪になって囲むでしょ」


「えぇ…………そうですね」


 いわれてみれば、そのようにも考えられる。


「『かごの中の鳥』…………『かご』っていうのは、『籠』ではなく『加護』と書く。つまり、鳥…………真ん中にいる人は、加護の中で守られているのよ」


 籠が、加護だというのは初めて聞いた。

 母も、アオサの説明に聞きいっている。


「加護に守られた真ん中の人は、神聖な存在なの。『いついつ出やる』は、『いつ神仏は出てくるのか』という意味。『夜明けの晩』は、夜明けも晩も暗いことから、ずっと朝がこないということ。何かが起こるまで、朝は来ないのよ」


 混乱してきて、麻由姫は思わず頭を抑える。


「『鶴と亀がすべった』…………これは、どこかの地方の方言で『出てくる』という意味の言葉がなまったものなの。つまり、神仏が『ことばを発する』ってこと」


 アオサは一息ついた。


「最後。『後ろの正面だあれ』。もちろんこれは、鳥の後ろにいるもののこと。つまりは…………神仏」


 場がしんと静まり返る。


「かごめかごめはもともと、人間に神仏を乗り移らせて神仏の言葉を直接きくために行われていた、降霊術の一種なの。恐山のイタコは、霊を自分にのりうつらせる口寄せは一人でやるけど、神を憑ける場合はイタコのまわりを数人のイタコがぐるぐる回る儀式を行う。それと同じね」


 麻由姫と母は、思わず顔を見合わせた。


「それとね、昔は子供に地蔵を乗り移らせるときに、この遊びと同じやり方で儀式を行っていたのよ」


「そんな危ない遊びだったなんて…………」


 母は、小さな声で呟いた。


「囲め囲め

加護のなかの鳥は

いつ神仏の姿を現すのだろう

現れなければ朝は来ない

神仏が声を発した

後ろの神仏はだあれ?」


 アオサが、淡々と、抑揚なく歌った。その歌は、とても気味が悪かった。


「てことは、この子に乗り移っているのは、神様か仏様…………?」


 そんなすごいものを相手にできないと、少し心配になる。

 しかしアオサは余裕の表情だ。


「いや、多分そこらの低級霊でしょう。儀式が単なる遊びになってしまったことで、呼ぶものも格が下がってしまうから」


 麻由姫はそれを聞いて、胸をなでおろした。


 しかし、次の瞬間目を疑う。

 アオサが、持っていた数珠で、弟の頭を殴りつけていた。


「な、何をするのよ!?」


 母が弟の頭を庇った。しかしアオサはその手を止めない。


「おかーさん、いいから! 今から霊を引き剥がすからその子をよこして。私の流儀に従ってもらうわよ」


「やだよー、ママぁ!!」


 弟の鳴き声が部屋中にこだました。



――あれから数日がたった。


 何とか無事に、弟にとりついた悪いものは追い払われた。


 弟はそれ以来、変な行動を取らなくなった。

 もちろん、かごめかごめはもうやっていないらしい。

 もう二度と、あんな目にあわされたくないと言っていた。


(ただの遊びだと思っていたのに、なんて恐ろしい……)


 きっと、「かごめかごめ」の他にも、恐ろしい遊びは沢山残っていると思う。


 それらが全て禁じられる日は、来るのだろうか?

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