木杖で戦った少女将軍の伝説
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
たまには酒席を共にしようと屋敷へ誘った丞相が真っ先に注目したのは、祖霊を祀る祭壇の側に設けた刀掛台だった。
「ほう、刀掛に木杖で御座いますか。我が中華王朝屈指の武人にして愛新覚羅紅蘭女王陛下の懐刀でもある司馬花琳将軍が大切に祀られている事から察するに、高名な忠勇の御方に縁の品と御見受け致しましたよ。」
少女の面影を色濃く残した初々しい顔立ちに似ず、丞相の洞察力と観察眼は実に優秀だ。
「然りだよ、丞相。流石は台北の天才少女と名高い楽永音先生という所かな。この木杖、父祖の話では明末に活躍された沈雲英将軍に縁の物らしい。」
「数えで十七歳の少女でありながら父の遺志を継いで道州を張献忠の軍勢から死守し、その武勲で遊撃将軍に任じられた。まさしく沈雲英将軍は、忠勇義烈の人で御座いますね。」
そうして木杖に拱手の礼を示す丞相の姿を見ると、自ずと好感と親愛の念が湧いてくる。
忠義や礼節を自然と発揮出来るのは、紛れもない美徳であるからだ。
そしてそれは、あの沈雲英将軍もまた例外ではないだろう。
時は崇禎帝御在位の明朝末期、場所は長江中下流に位置する道州。
李自成と共に農民反乱軍を率いた張献忠に父の沈至緒が討たれた事を知った時、沈雲英は怯まずに継戦を決意された。
「戦う意志があれば、武器は何とでもなるのです!それを証明すべく、私はこの木杖で反乱軍と戦います!」
こうして人々を鼓舞した沈雲英は狂暴な張献忠の軍勢を撃破し、亡き父に代わって道州を守り抜いた。
そうした武勲を挙げた沈雲英は石砫で活躍した秦良玉と同様、明末の女性将軍として歴史に名を残している。
気付けば私も、丞相と共に拱手礼を示していた。
だが客人である丞相を、いつまでも立たせている訳にはいかないだろう。
ここは私が切り替えねばな。
「故に若き日の私は、剣術と合わせて杖術も学んでいたのだよ。たとえ武器が木杖しかなくとも、領民や亡き父の為に立ち上がった。そんな沈雲英将軍の心の強さに肖ろうと思ってな。」
何とも青臭い限りで、自分でも思わず照れ臭くなってしまう。
しかし丞相は、至って真面目に受け止めてくれた。
「その若き日の御志が、今日の司馬将軍の原点なので御座いますね。私も若き日の志を見失わぬよう心掛けますよ。」
「丞相…」
相手の美徳や長所を見出し、そこから学ぶべき所を探す。
その真摯な姿勢も、丞相の強みの一つなのだろうな。
私も彼女から、色々と真摯に学ばねばならないだろう。