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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳から22歳への話
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93 撤退戦

93 撤退戦


「悪魔ども、天の裁きを受けるがいい。」

 教会軍金組のコンスタンティンが率いる3000の兵士が、逃げているミーナ軍500を捕らえようと接近します。

「勇気がある者がいれば、私が相手になる。我が名はミーナ。」

 白馬の赤騎士だけが立ち止まり、名乗りを上げると黒馬のコンスタンティンが部隊を止めて、単騎でミーナに向かいます。

「悪魔の首領は武に自信があるようだが。」

 馬上槍と共に接近した金髪紫目の戦士は、鋭い突きを連続で繰り出します。神の力を受けた神兵の団長を名乗る男は、ミーナに反撃を許さない連続攻撃で押し込みます。銀の鎧で身を包んでいる中肉中背の動きは、間違いなく剣士のものであり、彼の宗教上の役職である大神官の方が飾りである事をミーナは理解します。

「魔獣を倒したとの嘘を言うのであれば、もう少し強くなければならないのではないか。避けるので精一杯か。反撃しなければ、私を倒す事はできないぞ。無謀にも私に突っ込んできた、騎馬隊の隊長のような勇気はないのか。勇気と言っても、自身の力が分からぬ愚かさではあるがな。」

 猛攻を受け続けるミーナは、黒の騎馬部隊の副隊長エグモントを倒した男の実力を見定めます。魔獣と1対1でも戦える武力を確実に持っていて、自分の配下の中で目の前の戦士と互角に戦えるのは、各部隊の隊長だけであり、副隊長クラスでも勝てません。

「手下を逃がすための時間稼ぎか。殊勝だな。だが、逃がさぬ。悪魔どもが逃げている。追撃を始めろ。」

「ぬ。」

「逃げるか、一騎討ちに応じてやったというのに。天の裁きには勝てぬと分かったか!全軍で追撃する。」

 ミーナは最後尾で迫ってくる教会軍の兵士をことごとく撃破し続けます。その様子で、ミーナの実力を理解したコンスタンティンは自分だけでは勝てないと判断して、この日の追撃は停止して、ゆっくりと追いかける判断をします。


 距離を取りながらの追随を行う金組は追いかける者の習性として、足を速めて攻撃を仕掛けたい動きを何度が見せますが、金組司令官は信徒達の手綱を握りながら、交戦させないようにします。できるだけ、ミーナ軍の足を遅くしようと心がけている動きから、敵の思惑を理解しているミーナは号令をかけます。

「左手の丘に進路を変えろ。全速で駆け登れ!」

「おう!!」

 1つの塊になっている殿軍が方向を変えると、右手前方にある丘の上に茶色の装備で身を固めた集団が現れます。ミーナ軍の真横を突く伏兵にはなりませんが、逃走ルートを潰す事には成功しています。

「ミーナ様、敵が包囲体制を敷いてから、弱い所に突撃を仕掛けての突破でよろしいでしょうか。」

 小さな丘に上がり、高所で迎え撃つ事ができれば、敵より少数であってもミーナ軍は負ける事はありません。それを敵も理解しているだろうから、後方から迫ってくる3000の兵士と合流して、一気に突撃するか、包囲体制を取って、さらなる援軍の到着を待つか、どちらかの選択を取ってくるとミーナも考えています。

「どうやら、茶色の兵は突撃してくるみたい。足も速いし、色から察するに、土組の精鋭部隊ね。」

「どうします?」

「丘を下りる!!敵と反対側に向かえ、殿は私がする。パトリック!先頭に立って、逃走の指揮を取れ。」

「了解しました。全軍私に続け。」


茶色の兵士達が疲労を無視して激走した結果、ミーナは捕捉されます。

「あれが、悪魔軍の統領だ。美しい姿に惑わされるな!ゴミ蠅共の排除は任せるぞ。我が名はエリーアス、ジゴーダ様のご加護を受けし戦士なり、逃げずに征伐されよ。」

 幅広い長剣で切りかかってくる土組リーダーの一撃を、ミーナはハルバードで受け止めます。

「噂通りの強さ。まさに悪魔、これを食らえ!!!」

 自分と同じくらいの身長で、体付きも筋骨隆々には見えないのに、繰り出してくる一撃一撃が重く、速さもそれなりにあります。穏やかな茶色の瞳が、異様にぎらぎらと輝いているように見えます。

「!!!」

「ははは、どうした、どうした、反撃しないのか!」

 ミーナはエリーアスの横払いの攻撃をハルバードで受け止めると同時に、後方へと飛び退きます。自分の力と敵の力を利用して、5m程一気に後方に移動します。

「全速力で逃げろ。私はここで食い止める。」

 茶色の兵士が一番近い敵兵であるミーナに殺到してきます。ハルバードの先端の突き攻撃と、半月板による切り払い攻撃を巧みに組み合わせながら、赤い騎士は次々と絶命させていきます。

 一撃で敵の急所を貫くか、切り付けるかして絶命させているのは、彼らが強壮剤を常用している部隊であると分かったからです。これまでは、敵の追撃を弱めるために、敵兵を殺さずに、負傷者を大量に作っていましたが、強壮剤で痛みを無視できる兵達に対しては、確実に動けないようにしないと、どこで足を取られるかが分かりません。

 それに、この集団は殲滅しなければなりません。どのような強壮剤を使っているかの不明であっても、その薬剤の副作用から、他人を凌辱するような行為を平気で行うのは間違いありません。

 信徒軍30000全員に薬物を配布する事は不可能であっても、かなりの数の服用者が存在していて、あの虐殺の場面で活躍したのは間違いありません。狂信者でなければなされない事を、薬物で狂った信徒達が実行していた事に、ミーナは憤りを感じます。

信仰に狂っているのであれば、救う道を示す事ができるかもしれませんが、真に狂っているのであれば、絶命こそが最大の慈悲であり、国家のためであるとミーナは考えます。

「剣を投擲しろ!!切り刻め!!」

接近戦では傷を負わす事ができない事を理解したエリーアスは武器の投擲を命じます。ミーナは最初の投擲攻撃をハルバードで迎撃を行ってから、包囲されないように背を見せて逃げ出します。

「追え!悪魔どもを殲滅せよ!!」

 足の速い敵兵が時々ミーナに追いつきますが、1人で追いついたところで足止めをする事はできません。しかし、味方を逃がすために時間を稼がなければならないミーナは、時々立ち止まって、狂信者たちを切り倒します。

 女を欲するタイプの強壮剤らしく、ミーナが立ち止まると、一狂信者たちは逃げている部隊を追いかけるのではなく、足を止めてミーナを狙います。

「囲んで圧し潰せ!!」

「おぅおぅ。」

「あああ!!!」

 絶叫しかしない兵士達もいて、ミーナにだけは異様な光景に見えますが、彼らにとってはそれが普通の戦い方であり、狙いを定めた獲物だけを追いかける獣になっています。

 半包囲体制になると、ミーナは背を見せての逃亡を行い、しばらく走ると、足の速い戦士達と切り結びます。その繰り返しを2時間ほど行うと、茶色の塊は急に速度を失い、追いかける事ができなくなります。

「効果が切れたようね。2時間か。」

敵の使っている強壮剤をどうにか手に入れて研究したいとは思いますが、この状況で死体漁りをする余裕はなく、ミーナは味方と合流するために急ぎます。


 土組の狂信者たちが追撃に加わると、ミーナ殿軍は睡眠時間を削られます。毎晩3名の狂信者が、殺されるために殿軍の野営地に飛び込んできます。訳の分からぬ呪いの言葉を叫びながらの突撃で、殿軍に犠牲者が増える訳ではありませんが、そのまま寝ている訳にはいかず、ただ1人以外は目覚めてしまいます。

7日間の逃走で疲労が頂点に達した殿軍に対して、さらに5000の兵士を加えた教会軍は意気揚々と突撃を開始します。

500程度の殿を撃破したからと言って、大きな戦果にはなりませんが、その中に敵司令官ミーナがいるというのであれば、最上級の戦果を得る事ができます。だからこそ、この少数の殿を最精鋭の部隊で追いかけます。さらに、足の遅い兵士達もどんどん最前線に到着しています。

教会軍は、ミーナの首を掲げる事で他の敵は圧倒できると考えていて、ケールセットの街を制圧するだけでなく、南部の貴族達を従えて、モーズリー高原まで侵攻する予定です。その思考に至るだけの余裕を持っているのは、殿軍が逃げる事に全力を出していて、唯一立ち向かうのが、ミーナだけだったからです。

「圧し潰せばよい。進め!!!」

火組の兵士達を煽っているのは、赤髪で赤鎧のアルノルト・カロッサです。軍神と呼ばれる若き司祭は、穏やかで優しい笑みを持っている鬼です。最大の攻撃力を持つ赤き歩兵団を自在に動かす事ができる統率力に加えて、一騎討ちでも敗北した事はありません。ベッカー伯爵よりも優れた司令官であると評価される司祭は、前線で起こっている異変に気付きます。

「最前線の兵が止まったが、どうした。連絡兵を動かせ。」

 敵の殿が1つの塊になって逃走し始めている中、最前線が停止した意味は1つだけですが、一応確認をしなければならないのが、この名将の性質の1つです。

「傭兵らしき者が1人で立ち塞がっています。」

「それが、悪女ミーナだろう。」

「赤い鎧ではないとの報告がありますが。」

「とにかく、私が最前線に向かおう。味方の犠牲を増やす訳にはいかない。親衛隊だけついて参れ。」

 教皇、教皇代理の2人に次ぐ地位を持っている5精霊の化身と呼ばれる各組のリーダーの中で、筆頭の地位を持っている火組のアルノルトは、茶色の軽装備を纏っている女性戦士を視認すると、攻撃停止の命令を出します。

「そこの戦士よ。問いに答えよ。汝はミーナ・ファロンか。」

「赤き鎧は、火組のアルノルトだな。」

「そうだ。名乗るがいい。」

「王弟リヒャルト殿下の婚約者ミーナ・ファロンだ。ヴェグラ神の名を騙り、虐殺を行った盗賊団に裁きを与えるために出陣してきた。だが、騙されただけの信徒を討つのは忍びない。盗賊団のリーダーとして、その罪を背負って死ぬがいい。欠片なりとも勇気があるのであれば、一騎討ちに応じてみよ。」

「ははは、安い挑発で一騎討ちに持ち込めば、勝利を手にできると考えているのであろう。」

「挑発には乗らぬと言って、一騎討ちを避けるのは弱者の証拠。」

「ははは、誰が一騎討ちに応じないと言った。お前が対峙しているのは、ヴェグラ神であり、お前たちは戦うのではなく、裁かれるだけなのだ。逃げるのなら、今の内だぞ。」

 馬から降りて、豪奢な剣を抜き放った赤き騎士は、部下達を後方に控えるように命令すると、ミーナに向かってゆっくりと歩み始めます。

この時、ミーナは討ち取るべきだと判断して、突っ込みかけた瞬間、火組のリーダーの動きが、1対1の対決を行う人間の物ではないと気付きます。そして、腰のポーチから水の魔石を取り出します。

「神の裁きを受けるがいい。」

 アルノルトが絶叫と共に剣を大きく振り上げてから、届くはずのないミーナ目掛けて、剣を振り下ろします。

 赤い騎士の剣先から炎が発せられます。大きく広がった炎が、地面の草を焦がしながら、ミーナを包み込みます。魔石を利用した炎の剣は、最大出力の場合、一撃で剣が使い物にならなくなりますが、敵司令を焼き尽くす事ができれば、大勝利を得ることができるため。惜しい損失ではありません。また作ればいいだけの武器であり、予備はいくつか所有しています。

 炎の魔石を武器として扱う事が難しいのは、魔石から強い炎を出すためには、人間が近づかなければならないからです。相手を燃やすだけの火力を出す事は可能ですが、同時に身を焼かれる事になります。だから、イシュア国では、魔石を武器に転用する事はありません。

 教会軍の開発部では、3分間の炎の放射に耐えるために、右手の小手と剣の根元に水の魔石があり、水を流し続ける事によって炎と熱を防ぐ仕組みを考え出します。恐ろしく燃費の悪い武器ですが、教会軍には信徒と言う財布があり、略奪と言う名のお布施集めがあるため、この武器を制作して使う事ができます。

神の意を宿した大神官だけが仕える神の武器として、炎の魔石から炎を出すだけの武器は、崇められています。

 火の精霊ジサラムの化身であるアルノルト様が、炎を操っているように見える信徒達は、その神々しい光景に跪きながら、神の奇跡を称えます。

「悪は滅びだ。」

「悪魔は燃え尽きた。」

「ヴェグラ神よ。感謝します。」

遺体を焼き尽くしてしまったから、完勝とは言えない、との赤き軍神の言葉を残して、追撃戦は終わります。


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