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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳から22歳への話
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92 撃退

92 撃退 


 ミーナ軍が殺戮の都市であるアザランに到着した時、そこではフェルマー伯爵軍が遺体焼却作業をしています。すでに慣れてしまったのか、伯爵軍は黙々と作業を続けていますが、到着したばかりのミーナ軍は、死臭と肉が焼かれる匂いが交じり合った不快臭に顔をしかめます。中には、朝食を吐き出す者もいます。

「門の所は完全に破壊されています。」

 第5騎士団副隊長のレチャードが確認するように呟きます。

「ミーナ様。」

 若き侯爵ジルバッド・フェルマーが駆け足で接近してくると、ミーナは騎馬から降りて迎えます。この危険な地域で陣頭指揮を執っている男性にミーナは敬意を払います。強い者には下手に出て、擦り寄る事を厭わない彼が、3000の兵だけで殺戮の地に入ってきたことは、彼の内側にある勇敢さを示しています。

「フェルマー侯爵、ご苦労様です。」

「いえ、このぐらいの事では、罪滅ぼしにはなりません。」

「侯爵が罪を犯したのですか。」

「はい。先の戦いで、教会に食料や金貨を与えた事が私の罪です。あれで、奴らは南部を好き放題できると確信したのでしょう。弱気な態度を見せなければ、このような事態にはならなかったはずです。」

「あの時は、撤退させる事が重要だったため、侯爵の選択は間違っていません。この事態を、私達の誰かの罪だというのであれば。ウルリヒを討伐した私に責任があると言えます。狂信者の思考では、正当な報復なのでしょう。ただ、過ぎた事を言ってもどうにもなりません。これからの事が大切です。我が軍は4つに分かれて、各地の都市の救援に向かいます。」

「分かれていくのは危険です。30000の敵兵士が6つに分かれて行動しているようです。信徒兵達の中には、軍事訓練で鍛え上げられた正規兵も含まれています。ミーナ様の率いる軍を4つに分けてしまっては、戦えません。私の兵3000が合流して、全軍で攻撃をすれば、分散している敵の各個撃破はできます。」

「勝算はあります。教会軍は歩兵で、正規兵を除けば、軍事訓練もほとんどしていない兵士ばかりです。機動力を活かして戦えば問題ありません。救援において重要なのは時間です。籠城で味方が疲弊しても、敵が苛立って無茶な突撃を仕掛けても、大きな犠牲者が出ます。時間が大切です。侯爵には火の魔石を渡しますので、死者の弔いを引き続きお願いします。」

 ミーナは南部地域の貴族、住民達の怒り具合を確認して、教会軍の追い払い方を考えます。大打撃を与えて勝利を手にするつもりでしたが、大勝利を手にした場合の危険性を考えます。教会軍に対する恨みから、虐殺が発生する可能性があると判断します。狂信者の群れでもあるため、狂った時の攻撃力は凄まじいものがありますが、単なる狂信者の群れの防御力は無きに等しく、攻守が変わった時、単なる狩られる獲物へと変わります。

 教会軍の主力である精霊の名を冠した部隊は殲滅するべきだと考えますが、半分以上を占める通常信徒を殲滅した場合、南部と信徒の間に修復しようがない溝を作ると危惧します。国王や貴族を討ち取ってお仕舞いになる領地争奪戦ではなく、信仰をかけた戦いになりつつある今、殲滅が勝利にならない事を、教会軍だけでなく、自軍も理解しなければならないとミーナは考えています。


 第5騎士団800をミーナが率いて南部地域を駆けます。最速最強の部隊を直接指揮したのは、最前線で可能な限り多くの教会軍を圧迫するためです。

「敵の中央部を引き裂いて、そのまま突っ切る。走り抜けるだけでいい。」

赤い鎧の騎馬兵が、ハルバードを振るいながら先頭を駆けます。騎馬隊が1つの刃になり、その先端にいるミーナの武が、どのような敵陣をも切り裂きます。

「死にたい者はかかってこい。」

精霊組と呼ばれる教会正規兵達の士気は高く、ミーナの挑発を受けて、多くの戦士が挑みかかります。集団の力で傷口を防ぐ事ができるのだから、突撃を繰り返せば勝てると考える教会軍の部隊長達が、その見本を見せるべく赤い騎士に殺到します。

女ながらイシュア国の武を司る公爵家の血筋であり、若くして宰相にまで上り詰めた天才である美しい彼女にも限界があり、次々と襲い掛かれば、必ず勝てると彼らは信じています。

犠牲を無視した無限突撃で勝利を手にしてきた教会軍は、貴族達が抱えている騎士団も恐れていません。騎馬に踏みつぶされたとしても、10人の信徒の遺体が積み重なれば、それは壁になり、馬の足を止める事ができます。武を鍛え上げた騎士達の攻撃を1人の信者が体で受け止めれば、すぐさまその騎士は攻撃力を失います。訓練すらされていない信徒兵達でも、3人が殺されている間に、5人で敵兵1人を取り囲むことができれば、殺傷する事は可能です。

 教会と対立する人間は、神に対する反逆者です。天罰を神に代わって下す事を誉れとする信心深い兵士達は、身が傷つくことを神に試練を与えられたと喜びます。仲間が絶命する事を見て、彼らは羨みます。神の力で天界に引き上げられた仲間を祝福して、自身もそうなりたいと突撃を敢行します。

「私は魔獣を殺した人間、私達は魔獣を駆逐する戦士、我が軍は人々を救う勇者の軍である。」

 そう宣言しながら、飛び込んでくる獲物を次々と一撃にて葬っていきます。赤い騎士に近づく前に絶命する信徒達は、得意の突撃作戦が、この戦士には無意味である事を理解し始めます。

魔獣の巣が存在しないドミニオン国において、魔獣の存在は教義の中のものであって、魔獣と戦い、それを撃破する人間がどれだけの強さを持っているのかが分かりません。しかし、目の前で、人間離れした武力を見せられると、それを理解せざるを得ません。そして、その理解は恐怖を生み出します。

「中央を切り裂け!」

教義では、ヴェグラ神さえ魔獣を倒す事ができずに、イシュアの地域に封じ込めるしかなかったとあります。その教義を覆したのが、イシュア国の武であり、その部の筆頭がオズボーン公爵家です。神が倒せなかった存在を人間が倒したという事実は、ヴェグラ教の威信を完全に砕きます。しかし、国内の魔獣の巣がないドミニオン国においては、一定レベルの威信は残っていて、教会勢力も他の2国よりも強いものです。

魔獣の真の強さを知らないドミニオン国の信徒達は、本来魔獣は大した存在ではなく、普通の人間でも倒せることはあると考えて、ヴェグラ教の威信は今まで通りだと考える者が少なくありません。

ただ、目の前でミーナの武威を見た事で、魔獣の圧倒的強さを実感する事ができるようになります。恐怖心を植え付けられた教会軍は、軍団としての機能を失って逃げ出します。

「追わなくていい。ここの街を開放しただけで十分な戦果だ。それよりも、城内で休憩させてもらおう。」

 勝利の雄叫びを上げて、逃げ行く信徒兵達にさらなる敗北感を与えると、ミーナは次の戦いへの準備をさせます。


 正式名称ヴェグラ教会信徒団。教会勢力であるため、軍を名乗りたくない事から付いた名前とは違って、明確な軍組織を持った教会軍は、ミーナ軍の攻撃を受けた事で、軍隊として目覚めます。自分達の過ちに気付きます。

 ガリウス男爵領での虐殺は、木組のウルリヒ殺害を発生させた南部貴族達に対する神罰であり、今後教会勢力に逆らう事の無いようにするための見せしめ行為です。だから、それを為した後、各都市に向かえば、食糧を奉納させることができると判断します。各地に分散した兵力を向かわせたのは、この判断があったからです。

しかし、虐殺の情報を得た各都市は、教会軍に対して徹底抗戦を選びます。虐殺されるぐらいだったら、最後まで抵抗するという当然の心の発露であり、兵達だけでなく、住民達も防衛に協力します。

分散して1軍の人数が少なくなった教会軍では、各都市の城壁を乗り越える事はできずに、遠回しに包囲するのが精一杯となります。分散した時点で、狂信者たちの突撃力が、城壁の高さを越える事はありません。

見せしめに震える都市の住民達は、恐怖に心を支配されていますが、逃亡してもすぐに捕まってしまうと考えて、都市から逃げ出す事はできません。そして、城壁の一か所でも破られれば、皆殺しになると言う恐怖が、都市の防衛力を高めます。戦闘は嫌である事に変わりはありませんが、守る以外の選択肢がない住民達は、覚悟をしての防衛線に参加します。

兵力分散の愚を犯した事に気付いた教会軍が、再集結を進める中、ミーナ軍が攻撃を仕掛けたのだから、前半戦は教会軍が各地で撃破されるか、逃亡するかの二択だけになります。

「モーズリー騎馬隊は戻って来ていない?」

「はい。かなり奥の方にも向かったみたいで、放った斥候からの報告の連絡はありません。ただ、各都市はすでに包囲を解かれています。」

 第5騎士団副隊長レチャード・ゲーリックが、仮陣屋の天幕内で赤騎士ミーナに報告します。王都育ちの騎士である彼は、学園でも騎士団でもしっかいと学んでいます。

「レチャードはどう思う?」

「ミーナ様が危惧されている通りだと思います。敵は追い詰められてか、兵力分散の愚に気付いてかは分かりませんが、軍を集結させています。モーズリー隊の戦士達が強くても、1000名前後で、10000を超える敵と交戦するのは危険です。」

「各部隊から100名ずつ、囮役の志願者を募って、一部隊を編成して、ただし連日連戦になる可能性がある事も伝えて。その部隊の指揮はレチャードに任せる。後は、他の部隊長を呼び集めて」

「了解しました。モーズリー騎馬隊はどうなさいますか?」

「ここからではどうにかできる事はないわ。無事に戻ってくる事を祈るしかないわ。ただ、東の方への斥候を5倍に増やして、敵の動きをしっかりと探って、10000を超える兵が集結して、それが都市を狙ったら、城壁を突破される可能性もあるから。うまく、敵を吊り上げるまでは、いつでも救援部隊を送る事はできるようにしておいて。」

「了解しました。」

 分散した敵を襲撃して、各都市から追い払う事には成功していますが、追い払われた敵兵が再び大きな軍団となりつつ、獲物を求めて徘徊し始めます。最初に狙われたのは、機動力があり、東部へと深く踏み入れたモーズリー騎馬隊です。

 教会直属軍金組司令官コンスタンティン・ヒルシュ伯爵がモーズリー騎馬隊の副隊長エグモントを討ち取った情報を、敗残者から聞いた時、ミーナは極めて冷静に受け入れて、敗残兵たちの治療を命じます。


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