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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
4歳頃の話
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9 眠り姫

9 眠り姫


ファロン伯爵邸は、2代続いての宰相邸である事から、王都でも指折りの大邸宅ではありますが、オズボーン公爵邸の巨大さと比較すると一般的な貴族邸と言えます。だから、ミーナの個室も、普通の貴族の個室ですが、その中にあるベッドだけは、大き過ぎるものです。それは、家族全員で眠りたいという末娘の要望を、ロイドが受け入れたからです。

大きなベッドで父母に挟まれたミーナは、すやすやと眠り始めます。

「向こうのソファーで話をしよう。」

「はい。」

 夕食前に帰宅してきた宰相は、妻が娘の訓練への参加を認めた話を聞いて、驚いたと同時に、戦士であるレイティアが認めた事であれば、反対する必要はないと判断して、娘の参加を認めます。しかし、ミーナ以外の3人の話し振りから、宰相夫人が認めたのではなく、自分が先に認めたから、仕方なく承認したという状況ではないかと類推できたため、ミーナが寝静まった後に、今日の事を確認する事にします。

「なるほど、レイティアには、私が反対していないと言って、まるで認めたかのように伝えたという事か。仕事のために出かける間際に、戻ってきてから話をしようと伝えたのだが。」

「ミーナは一度も、旦那様に賛成してもらったとは言わなかったわ。」

「成長は早いとは思ったが。言葉巧みに、私達を誘導したのか。」

 子供が、その場を誤魔化すために、悪意がなく嘘を言う傾向があることは、ロイドもレイティアも理解しています。そういった時、嘘を言ってはいけない事を教えるのが親の役目である事も知っています。2人の兄も、小さな誤魔化しをしたことがあり、その事を叱ってからは、誤魔化しはなくなります。

 ただ、今回のミーナの言動は、全てが計算されているようにしか思えません。悪意はないのかもしれませんが、善意ではない意図があります。

「そうみたい。でも、ミーナが訓練をしたいと考えている事は、褒めるべき事よ。」

 剣士として身を立てる事と、公爵家の血筋として剣を握ることは全く違います。公爵家の血筋として、その道を進むこむ時、その命をイシュア国に捧げる事になります。護国の槍となる決断は、誰からも褒められる事で、否定されたり、貶されたりする事ではありません。宰相ロイドは、自身の妻がその責務を見事に果たしている事を誇りに思っている上、2人の息子達が自分とは違って、武技に才能を持っている事を知って、とても喜んでいます。

 だから、ミーナの志も褒めたいとは思います。しかし、何か歪んでいるような気がして、不安感が前面に出てきます。剣士としてよりも文官として世に出る方が、国のためになるのではないかとも考えます。魔獣を討伐する剣士には腹黒さは不要ですが、宰相のような政治を司る役職を全うするためには、人の心の闇の部分をコントロールしなければならない事があります。

「褒める事だとは思う。だけれども、私達が反対するのを説得するのではなく、策略を用いて、自分の思い通りにしようとする事が、良い事なのか、悪い事なのかが分からない。良い悪いは別にして、ミーナは、どうして、そういう策略を考えたのか。そこが気になる。時間はかかるかもしれないが、説得しようとは思わなかったのだろうか。私もレイティアも話を聞かなかった訳ではないのだから。」

 4歳児に問いかけて良い質問であるのかどうかも分かりません。まともな回答が来るのかも分かりません。自分達とは違った子供の行動に、納得できるだけの説明を、だれにも止めても分からないとの返答しか来ないだろうとロイドは考えます。

「私にも分からないけど。1年前の中の巣に入ってから、ミーナが変わったのは間違いないわ。私と一緒に寝たがるし、すぐに抱きつぐようになったわ。リースとバルドは逆に、甘える事が少なくなったわ。リースは我慢するそぶりも見せなくなったわ。」

「うーん、エリス様が亡くなられたことで、寂しくなったのかもしれない。」

「それは考えられるわ。お母様はとてもミーナを、ミーナを可愛がっていたもの。」

「もちろん、それもあるのだけど。もっと深いことかもしれない。」

「深い?」

「うん。リースが小さい頃、エリス様とレイティアを間違えたことがあったのを覚えているか?」

「ええ。」

「子供達にとって、エリス様は、お婆様であると同時に、レイティアの分身のように思っていたのかもしれない。見た目は完全に同じだから。」

「そうね、そう思っていたのかもしれない。」

「ミーナは成長が早くても、エリス様が亡くなられた時は3歳だった。急にエリス様がいなくなった事に恐怖を感じたのかもしれない。母親の分身が居なくなったと感じたとすれば、それは恐ろしい事なのだろう。」

「私もいなくなってしまうとミーナは不安に思っているという事?」

「生死を完全に理解して、そういう気持ちになっているのではなくて、何となく感じているのかもしれないけど。2人いた母親が、1人に減ってしまったと感じたら、とても恐ろしい事だと感じたと思う。」

幼少期に強烈な喪失感を受けた事を、結婚してからも引きずっていたレイティアには、思い当たる節があります。自分を育ててくれた侍女のミーナが公爵邸を出て行っていなくなったという認識ができないまま、育て親を失った喪失感だけを胸にしまい込みながら成長していった公女レイティアは、幼少期に登場した婚約者ロイドにずっと依存し続けます。それが、幸せな結婚を、家庭を築く土台になっているから、今となっては1つの好ましいエピソードして語られています。

しかし、依存する相手によっては、不幸をもたらしたかもしれないという危惧は今でも持っています。子供達3人がいるから、強烈な嫉妬心に駆り立てられることはありませんが、時々宰相夫人としてパーティーに参加しなければならない場面で、女性に囲まれている宰相ロイドを視界に入れると、焦燥感が全身を貫くことがあります。

エリスと同じように双子と呼ばれるような事はなくても、娘はよく似ています。性格も遠慮しないという点においては、間違いなく母親似です。娘が自分に似ている事は喜びではありますが、内面にある危うさは似て欲しくないと母レイティアは思います。

できれば、内面や性質については、妹のセーラに似て欲しいとレイティアは考えています。セーラの実母の名前を受け継がせてもらったのは、自身とは異なる特性、分かりやすく表現すれば、世間一般が求める女性らしい特質を持ってもらいたいと考えてもいます。

「ミーナに婚約者を探した方がいいのかも。」

「な・・・。レイティアの言いたいことは分かるけど。やはり、早すぎるのではないか。私とレイティアは特別な政治的な事情もあってだな。」

 ソファーの隣に座っている妻から、久しぶりに威圧感を受けた宰相は、娘が目覚めないように小さな声で、謝罪を続けます。純然たる政略結婚でありながらも、レイティアはそれを認める事が嫌です。周りから、それを言われるのは我慢できても、ロイド本人からそう言われる事だけは許せません。大人たちに決められた枠組みの中であっても、2人は出会ってから好きになり、時間を重ねる中で愛し合うようになった事だけは、誰かに決められたからではなく、自分達の心の中から出てきたものであるとレイティアは考えていて、その考え方を否定するような事は、基本的に拒絶します。

妻の特異性を理解していながらも、愛娘ミーナの将来についての事だけを考えていたロイドは妻への配慮を怠ってしまいます。愛しているのは妻であっても、守らなければならないのは娘であって、どちらかだけを優先する事はできません。

「とにかく、候補になる男の子を探してみるから。レイティアも、夫人達から情報を集めてくれ。今すぐ、どうにかなる事はないが、きっかけ作りは親の仕事だから。好きになるかならないかは、会ってからの当人同士の気持ち次第だから。」

「どうせ、私とは政略。え、え。」

 隣の夫に抱きしめられてキスをしてもらったレイティアは、久しぶりに母親ではなく、妻として夫に触れあいます。拗ね始めた妻には先制攻撃が有効だとなる事をロイドは良く知っています。後になればなるほど、困難なミッションに変化してしまう課題を早めに処理していきます。


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