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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳は少し遅れている話
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82 先生登場

82 先生登場


「ペンタス先生。」

「お姉様をお連れしました。先生。」

「分かっている。わざわざ、畑の方にまで来なくても・・・。」

「エリカ、先生を街の方にお招きするようにと伝えておいたのに。」

「だって、先生が。」

「私が無理を言ったのだ。叱ってやらないでくれ。」

 41歳の中年であるペンタス・アトキンズ男爵は、好奇心と行動力のある姉妹から唯一先生と呼ばれる男性であり、今や大陸一の農業博士だと言われています。低身長と人懐こい顔立ちは中年になっても変わる事はなく、また、農作物に対する情熱も変わっていません。

 茶色の作業服で畑の土を掴みながら、ペンタスは2人と会話を続けます。

「叱ってはいません。それよりも、歓迎会の準備がしてあるのです。主賓に来てもらわないと。」

「もう少し、畑を見せてくれないか。」

「はい。分かりました。」

「質問があるのだが。」

「何でも聞いてください。」

「2人の白い神官服みたいな衣装は、暑さ対策なのか。」

「はい。昼間外に出るときは、白い帽子とヴェールを付けたりします。」

「白は暑くならないからな・・・。水遣りも昼間は避けるようにと伝えたのを守っているのは良いが、この時間で、農地はここまで乾燥するのだな。」

「はい。午後は太陽が半分傾いた頃から水遣りをします。」

「朝夕2回か。」

「はい。充分に水遣りをしないと、作物によっては萎れてしまいます。」

「それは良い判断だな。」

 手に持った土の湿り気を確認しながら、ペンタスは様々な知識を引き出しては、思考を重ねていきます。研究者が興味を持ったことにのみ執着するのを知っているミーナは、しばらく教授の様子を見守りますが、待つのにも限度と言うものがあります。

「先生、今までケールセットに来てくれなかったのはどうしてですか。」

「うん、北の公爵家や男爵領、伯爵領の手伝いで忙しかったからな。」

「寒冷地の農作物の研究をしていただけですよね。」

「まあ、そういう面もあるのだが。」

「今回来てくれたのは、熱波の時の農作物の研究がしたいからですよね。」

「ああ。それもあるな。」

「ここに滞在して研究するには、手助けしてくれる人が必要ですよね。」

「ん、そうだな。」

「であれば、歓迎会の準備を終わらせた人たちを待たせるのは得策ではありません。明日からは、自由に、好きなだけ研究してもらって構いませんから。今日は、街へ入って、研究所の所員との顔合わせを済ませてください。」

「うん、分かった。リヒャルト様にも挨拶しないとならないからな。それにテリーもいるのだろう。」

 念願の恩師到着にミーナは喜び、周囲からは異常だと思えるような待遇を与えます。充実した衣食住を提供しただけでなく、100人規模の研究所を用意した上に、200人規模の商団を配下として与えます。予算については、無制限で、水の魔石をはじめとする魔石使用についても制限なしと言う特権を付与しています。

 経済の基盤である農作物の増加によって、ケールセットの影響力を高めなければ、今後の戦いで勝ち抜くことができないとミーナは考えています。現状、ミーナは有利に戦略を展開していますが、自分が支配しているのは、ドミニオン国の一貴族領だけであり、イシュア国の全面的な支援があるとは言え、ドミニオン国の王家と対等の立場でない事を自覚しています。

 今、最強のカードを手にしたのだから、そのカードを使い倒して、より有利な状況を作る事がミーナの最善手になります。


「助力、感謝します。これからお願いします。」

 教授歓迎会は、研究所の所員と部下となる商団員との顔合わせであり、ペンタスの人となりを皆に知ってもらうために行われています。宰相ミーナと互角に話ができる人間と言う前評判があるため、ほとんどの人間が緊張しながら挨拶を行いますが、中年の教授は笑顔を絶やさず、腰の低い態度を崩しません。

「さて、これで挨拶は終わったかな。」

「はい。先生。」

「では、皆、聞いてくれ。この地は今の熱波がなくても、もともと暖かい地域だ。年に2度の収穫が可能な土地と言える。」

「ペンタス先生、試したことはありますが、2度目の小麦は、寒い時期に入ってしまうので、収穫できない訳ではないのですが、生産量が少なくなってしまいます。と、古老たちから聞いています。」

「小麦であれば、2度目の収穫は期待通りにはいかないだろう。そこで、北の方で改良した豆を、小麦の収穫の後に撒いてもらう。多少寒くなっても耐性があるし、育成期間も小麦に比べれば短い。この地であれば、十分な収穫が得られるはずだ。」

 寒い地域で育つ植物であれば、南部の秋でも栽培可能である事を理解する研究員たちは感嘆の声を上げます。

「先生、畑を使い過ぎると、農地の力が弱くなるのではないのですか。」

「おお、ミーナは覚えていたのだな。」

「もちろんです。その点はどうなのですか。豆の収穫ができても、小麦の収穫が落ちたというのでは困ります。」

「ふふふ、聞いて驚くがいい。この豆はな、畑の力を増幅する効果もあるんだ。」

「・・・・・・。」

「冗談を言っている訳ではない。本当だ。きちんと実験済みだ。」

「そんな植物が本当にあるのですか。それに、なぜ、畑の力を増幅するのですか。」

「なぜかは分からないが、そういう豆なのだ。まあ、原因を究明するのは、今後の課題という事になるが、豆を植えた土地の収穫量は上昇する。」

「畑の力を失わないどころか、増幅させるのであれば、秋からの栽培はするべきだと思います。ただ、豆そのものはどのくらいの収穫になるのですか?」

「食事に換算すると、小麦と変わらない収穫量になるはずだ。」

 食料生産力が2倍になるという事は、経済力は一気に2倍以上になり、戦力は時間の経過と共に増え続けるのが確定します。南部全体で同じことができるため、政治的な発言力は一気に増えます。

 南部の盟主気取りの生意気な未成年王弟を無視し続ける王家も、これだけの力を有する事を示せば、無視する事はできずに、ケールセットの街の領有に関する交渉を避ける事はできません。

「先生、どうして、早く来てくれなかったのですか。」

「最新の研究成果なのだ。種も大量に生産する必要があったからな。」

「もしかして、今年から一気に植える事ができるのですか。」

「そうだ。イシュア国でも豊作が続いていて、豆が大量に余っているからな。手配をしてきたから、小麦の収穫が終わる前には届く予定だ。」

「大量に余っているって、その豆はまずいとかありませんよね。」

「まずくはない。色々な料理もある、工夫すればかなり美味しいぞ。料理人にも来てもらう事になっている。」

 ドミニオン国でも、農業博士の呼称を独占できたのは、この二毛作の導入成功の功績があったからです。そして、この生産力増加と言う衝撃によって、ドミニオン国の進む道が大きく変わっていきます。


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