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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳は少し遅れている話
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77の後 大誤算

77の後 大誤算


 最近、オズボーン公爵的に追い出したリヒャルトの評判が良いのです。13歳になった赤髪青目の軟弱者が、様々な事を覚えて、成長しているというのです。仕事も訓練も忠実にこなしています。

 普通に仕事をしているだけなのに、元王族という無価値な肩書を持っているから、傲慢さのない謙虚な人間のように、周りからはそのように見えるようです。見る目のない人間の多さにがっかりすると同時に、リヒャルトの事をお姉様に報告する人間も、見る目のない者ばかりのようです。定期的に送られてくるリヒャルトに関する報告書には、基本良い事しか書いてありません。

 お姉様の目から遠ざける事に成功しても、このような報告書に目を通すようになれば、お姉様の同情心を軟弱者が手に入れる可能性はあります。

 アラン叔父様からの良く頑張っているとの誉め言葉のある報告書を目にした時には、気を失いそうになりました。お姉様が尊敬してやまない、もちろん私も尊敬している叔父様の報告書の影響力は小さくありません。これで、あの軟弱な王家の捨て子が、異国で努力を重ねる不憫な王子様になるのです。

 お姉様が出兵中であるため、これを前線に送らない限り、お姉様が見る事はありませんが、叔父様の報告書を隠す事はできません。

 お姉様の目にどのように映せばいいのかを悩んでいるうちに、重要な事に気付きます。あの軟弱者が、公爵邸の人々から評価されている点です。

「まずい。」

「エリカお嬢様、美味しくありませんか?」

「え、ああ、このお茶は美味しいわよ。ナタリーも上手になったのね。」

「何か、よろしくない報告でも入りましたか?」

「ああ、この報告書の事、うーん、まずいと言うか・・・。ナタリー、質問があるのだけれど。」

「はい。」

「リヒャルト様の評判と言うか、噂話でも良いのだけど、何か聞いた事はある?」

 私の筆頭侍女と言っても専属の侍女は1人しかいないので、このナタリーは私のお使いで外に出る時もあります。その時には、様々な情報を仕入れてきてくれます。本人が言うには、そういった事が得意みたいで、色々な噂話を聞かせてくれます。

「リヒャルト様はとても真面目で、執事の仕事も剣士の修行も一切手を抜かず、13歳と言う年齢を考えると、仕事も訓練も完璧に課題をクリアしている、との評判です。」

「噂みたいなのは?」

「これは噂ではなく、アラン公爵様が冗談で語ったそうなのですが、年の頃が合えば、メル公女と結婚するのも良いかもしれないとおっしゃったそうです。」

 私はこの時、あの軟弱者の破廉恥なゴミくずが、この噂を流している事を見抜きます。13歳の王族という出生だけを誇りにしているような人間を、アラン叔父様が認める訳がありません。大切なメルお姉様の婚約者にしても良いなどと言うはずがありません。

 ファロン伯爵邸から追い出す事に成功しても、自由を与えた事によって、このような策を弄する事を許した自分に罰を与えたいと思いますが、問題はお姉様の事です。

 お姉様は、即断即決の凛々しさを持っていますが、きちんと他人の言葉を聞く謙虚さを持っていて、他人の意見だから鵜呑みにする事は無くても、参考として一度は自分に取り組むことができます。

 ゴミ本人からではなく、その周辺にいる人間から、素晴らしいという評価を受けていると知れば、お姉様の評価も急上昇する可能性があります。いえ、間違いなく評価を上げるはずです。行き場を失った敗北者の事を気にかけているお姉様が、やつが成長していると聞けば、喜ぶことは間違いありません。

 お姉様が、あの無能者の境遇に責任を感じる必要はないのに、ご自分で連れてきた事から、それを感じています。そもそも、お姉様は全ての人々に優しく・・・。などと考えている暇はありません。

 今の所、リヒャルトの思い通りに展開しています。私は最低な人間であっても、侮ってはいけない事を自らに言い聞かせ始めます。この程度で十分だろうと言う油断をしっかりと戒めて反省しないと、取り返しのつかない事態が発生する可能性があります。

 叩き潰すのであれば、お姉様が王都にいない今しかないと考えた私は、リヒャルトの本性を暴き出して、ゴミ以下の無価値な人間である事を周囲に理解してもらい、本人にはそれを自覚させて、二度と愚かな策を弄する事をさせないようにしなければなりません。


「地下で訓練をするという事は、治療薬を使っての特別訓練をするという意味なのか?」

「はい。アラン叔父様。」

「リヒャルトにそこまでの訓練をするというのはどういう事か?」

「ドミニオン国の戦況報告を見ていると、今後の展開として、リヒャルト殿下を看板にして、支配した地域の統治を行う事になると思うのです。」

「ドミニオン国の反発が減る事を考えると、ミーナがその判断をする可能性は高いな。それと特別訓練にどういう関係がある。」

「イシュア国の利益は、敵国の損害です。私達がリヒャルト殿下を看板として利用し出すと、ドミニオン国が我が方の看板を暗殺する可能性があります。そして、それに成功すれば、イシュア国は未成年の王子を死刑した残虐な国であると噂を立てられるかもしれません。」

「その可能性を考えて、リヒャルトを鍛えるのは分かるが、特別訓練をしなければならないとは思わない。護衛を付ければ十分だろう。」

「殿下を看板として担ぎ出す以上、戦場にも出てもらう事になると思います。その時に、普通の騎士と同じレベルの実力では、強力な護衛をつけなければならなくなります。お姉様が護衛役になるかもしれません。そのような事態になれば、戦場において、大切なカードが使えなくなります。お姉様が自由に動けないとなれば、犠牲者が多い戦いをしなければならなくなります。そういった事態にならないように、リヒャルト殿下には短期間で強くなってもらう必要があるのです。」

「ん。そのような展開になりそうだな。エリカティーナの言う通りだ。ミーナがリヒャルトを戦場に連れていく可能性がある以上、その準備をしておく必要があるな。彼自身にとっても、強くなっておいて、悪い事はないからな。特別訓練をしよう。」

「お任せください。叔父様。」

「任せるとは?レイティア姉上に指導を頼んでいるのか。」

「いえ、指導役は私が勤めます。」

「エリカティーナの強さは理解しているが、個人的な強さと指導能力は別なものだ。」

「ミーナお姉様から学んでいます。お任せください。それに、私しか適任者はいません。お母様は自分の体を維持する訓練をしているため、特別指導をする余裕がありません。そして、リヒャルト殿下の身柄は、ファロン家で預かっています。他の家の者が、リヒャルト殿下を傷つける事を前提にした訓練指導をする事は許されません。」

「分かった。特別訓練の指導はエリカティーナに任せる。」

 こうやって私はごみ処分の権利を得ます。公爵家の特別訓練は、一族でも脱落者が出る事がある厳しいものです。軟弱な居候が乗り越える事ができるはずはないのです。アラン叔父様は乗り越える事を期待しているみたいですが、手足を切り落とされても、歯を食いしばって耐える事ができる人間は、そうそういる者ではありません。

 訓練から逃げ出したいと泣き喚くゴミの事を想像すると、少しだけ笑いそうになってしまいます。馬鹿にしている訳ではありません。自分の策がうまくいきそうだから笑顔になっただけです。



「リヒャルト様、覚悟はできましたか?」

「はい。」

「お姉様がドミニオン国攻略に乗り出した今、旗印として祖国に向かっていただく可能性が高くなっています。これが実現すると、ドミニオン国の暗殺の対象になると同時に、旗印として戦場に出る場合、真っ先に狙われる事になります。もちろん、護衛は付けるのですが、個人の武の有無で、ドミニオン国の策謀の成功率が変わります。それ故に、アラン公爵にお願いして、私が直々にリヒャルト様の特別訓練を担当させてもらう事になりました。ちなみに、この地下での訓練は、公爵家一族にのみ許された特別なものです。その事の重みを理解した上で、訓練に臨んでください。」

「はい。分かりました。」

 14歳の美少女は、赤黒い魔獣皮革で全身を包み込み、その上に茶色のベストや腰ベルトを身につけています。伝統的な公爵家の訓練着は、体のラインをはっきりと見せるものです。美女神3代目を襲名しているエリカティーナの男性を惑わせる能力を最大限に発揮していますが、13歳の少年は緊張感に全身を支配されているため、目の前の美少女に魅了される余裕がありません。

 傷を一瞬で治療できるから、傷つきながら訓練をする事ができるという前説を受けている少年戦士は、どれだけ過酷な訓練を与えられるのかという恐怖に似た感情に抵抗するので精一杯です。

「身を守るだけながら、長剣は不要です。短剣を片手で持って、自然体で構えなさい。」

「はい。」

 赤黒い魔獣皮革と一本の短剣を装備したリヒャルトが構えた瞬間、エリカティーナが最速で訓練生の脇を通り抜けます。

「ぐがぁ、い、いたぁ、いたぁぁぁぁぁぁ、あああああああああああ。」

「あー、みっともない。」

「ああ、い、あああ、あああああ。」

「足をバタバタ動かしても、痛みなんて変わらないのですよ。見えていませんね。ここに右手がありますよ。」

 エリカティーナは左手で握っている、彼の切断された右手首を、黒い地べたでのた打ち回っている無力なゴミに見せようとします。しかし、手首切断の激痛に声を出しているリヒャルトに、それを見る余裕はありません。

「ぐがが、いた、あ、いた。」

「治療してあげますから、左手を傷口から放してください。この傷薬が塗れませんよ。早くしないと失血死になりますよ。体を切り刻みながらの訓練が、公爵家一族の強さの秘密だと伝えたと思いますが。何を喚いているのですか。私達は遅くても6歳の頃には、この痛みに体を慣らしているのですよ。」

無様すぎるリヒャルトに生きる価値がないと思いながらも、殺してしまうと旗印にできないからと、エリカティーナは圧倒的な力で黒い地面に患者を押し付けて動けなくすると、切断された右手首とその腕を特製の治療薬でくっつけます。

「1,2,3,4,5。はい、これで完治です。痛みは消えましたか?」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

「今日の訓練は無理そうですね。暴れるから、手首を付けるまでに時間がかかり過ぎました。かなり体力を失っているはずです。夕食には早いのですが、大食堂でたくさん食べて、今日は寝た方がいいですよ。明日の朝までには回復するはずです。明日も訓練の、予定ですけど、無理しなくてもいいですよ。毎回、これでは訓練になりませんから。」

 失禁でもしてくれれば、決定的にダメな奴だとお姉様に報告できたのに、リヒャルトは大声を出して痛みに耐えようとします。その様子も無様ではありますが、言葉で伝えるには失禁のインパクトがあるため、エリカティーナはそれを期待していましたが、それをリヒャルトは回避します。

 初日の成果は残念極まりないものでしたが、2日目からの訓練を逃げ出せば、エリカティーナの目的を達する事ができます。2日目を乗り越えても、3日目、4日目もあるのだから、リヒャルトを逃亡者として、イシュア国から排除する事ができるとエリカティーナは確信しています。

声を出さずに痛みに耐える事ができない無様さを思い出しながら、ミーナお姉様を守る騎士としての役目を果たしたと考える事ができて、誇らしい気持ちのまま、この日を過ごします。



2日目の訓練を休まなかったリヒャルトに私は1時間ほど普通に訓練をさせます。あの痛みを知って尚、この場に来た事は認めなければなりません。剣士としての覚悟があると言うのであれば、それなりに指導をするべきです。それに、アラン叔父様に訓練内容の報告もしなければならないため、ただ、切るだけという訳にはいきません。充分に訓練を行ったと判断した後、2度目の切断を与えます。

昨日は驚きが前面に出てしまって痛みの恐怖を実感できなかったのではないかと予想しましたが、昨日の痛みはきちんと体に刻み込まれているようで、今度の切断の時には、奥歯をかみしめながら、声を出さず、体を動かさずに痛みに耐えています。

治療できる状態であれば、私はリヒャルトに素早く治療を施します。本当はもっと痛みを感じさせたかったのですが、きちんと訓練通りの行動ができる者に、手抜き治療はできません。

これが失敗でした。リヒャルトは痛みにきちんと耐える事ができれば、瞬時に治療を受ける事ができて、あの痛みに苦しむ時間が短くなることを理解してしまいます。

3日目、4日目も切断したのに、リヒャルトはそれに慣れてしまいます。慣れてしまうと、恐怖が和らいでしまうため、私は切断をしばらく行わずに、皮膚の表面を薄く切るようにして、治療薬を付けるまでもない傷を与えて、継続的な痛みを与える事にします。

もちろん、5日に1度は切断して、時折訪れる一撃に恐怖を感じさせる工夫をしますが、リヒャルトは痛みに耐え続けます。

痛みを無くす方法はありませんが、体が慣れる事によって痛みや恐怖から体を開放できるようになります。2か月もすると、リヒャルトはその極意を体得したようで、表情を変えずに切断面の治療を受ける事ができるようになります。

そして、過剰とも言える私の厳しい訓練が、リヒャルトをどんどん強くしていきます。公爵家の伝統的な訓練方法の正しさを証明する事例が増えてしまった事に、私は絶望します。

急成長したリヒャルトの評判も高まります。公爵家一族ではない13歳の人間が、騎士団長クラスの実力に追いつこうとしている事は、イシュア国でも稀な事で、そういった実力を持った剣士は、各時代における公爵家の矛として大活躍しています。

リヒャルトが公爵家一族に匹敵する実力を持つ事は無くても、共に戦場に立つだけの実力を持つ事は疑う者はいなくなります。私は自らの手で、お姉様に近づこうとしているゴミ虫を、立派な騎士に育ててしまったのです。

ミーナお姉様が、今のリヒャルトを見れば、戦場に連れて行くと言い出すのは間違いなく、後方で控えさせるのではなく、前線で戦わせる可能性も高くなっています。

美しい騎士姿のお姉様と、その隣にいるリヒャルトを想像すると、私は怒りを抑える事ができずに、特別訓練中のリヒャルトを痛めつけるのですが、その度に、リヒャルトは強くなっていきます。

「エリカ、リヒャルトを鍛えてくれて、ありがとう。」

 お姉様にそう言われた時、私は笑顔でお姉様の顔を見る自信はありませんが、そうせざるを得ない事も理解しています。


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