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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
4歳頃の話
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8 訓練がしたい

8 訓練がしたい


「ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。バルドだけずるい。」

宰相ファロン邸の広い玄関の中央で、水色ワンピースの4歳児が、床を転がりながら、手足をバタつかせて駄々をこねています。黒色の文官服をまとった若き宰相ロイドは、娘の初めての我儘に慌てています。

「ミーナ、バルドはな。」

「ずるい、ずるい。」

「訓練するには年齢がな。」

「ずるい、ずるい。」

 母親に似ている金髪青目の可愛らしい少女が、物わかりの良い娘として成長していると信じていた宰相は、思いがけない駄々っ子の登場に驚きます。妻にそっくりではなく、少し柔らかい感じの面立ちの娘が、少しだけ自分の血を引いているのが嬉しくて、親バカと呼ばれるぐらいに甘やかしています。ただ、今回の我儘だけは頷くことはできません。

娘に嫌われてしまうと言う恐怖に支配されそうになりますが、娘には相当の理解力があることを思い出します。普通の4歳児とは異なる理解力を持っているのだから、普通に話をすれば説得できると考えます。

「ミーナ、訓練するには、体力が必要なんだ。もう少し待とうな。」

「バルドと同じくらいの背の高さだもん。私が駄目なら、バルドもでしょ。」

「いや、まあ、その、男の子と、女の子では。」

「私の方が重いもん。この間、バルドを投げ飛ばしたもん。」

「あれは、その、バルドは手加減していて。」

「全力だったもん。私に負けて、泣きそうだったもん。バルドが訓練始めるなら、私も始めたい。ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。」

「ミーナ、公爵家の訓練には年齢制限があるんだ。だからな。」

「パパの嘘つき!」

「嘘ではない。公爵家の伝統にそういうのがあるんだ。」

「公爵家の伝統は、6歳からの訓練でしょ。リースもバルドも、特別扱ないのに、私だけ仲間外れは、ずるい。」

「いや。その。」

「パパは私の事、嫌いなの。」

「そんな訳ないだろ。」

「じゃあ、私だけ、どうしてダメなの。」

 大人と同じ思考力を持った我儘娘の強さは、娘を愛する父親に対しては圧倒的です。自分に都合の悪い所は泣き喚いて押し流して、相手の都合の悪い所は理詰めで攻撃します。宰相が考える以上に、宰相の娘は賢く、狡賢さをしっかりと身につけています。娘への愛情を盾にしながら突撃を繰り返すミーナに、宰相ロイドは適切な防御方法を取る事ができません。

「ロイド様。そろそろ出かけませんと、出勤に遅れてしまいます。」

「ああ。ミーナ、今夜戻ってきたら、きちんと話をしよう。」

「パパは、反対しない?」

「話は戻ってきてからだ。」

「分かった。」

「ギャラン、後は頼む。」

「畏まりました。ロイド様。」

 玄関を出るために駆け出した宰相を送り出した家令ギャランと愛娘ミーナは、しばらく沈黙します。床から立ち上がった宰相家の令嬢は、家令に笑顔を見せながら、色々と考えています。ファロン邸で一番役に立つギャランを、一番活用しているのが4歳のミーナです。そして、ギャランは宰相夫妻に、4歳児とは思えない少女の強かさを伝えた方が良いのかと迷っています。国を救い、国を支えた宰相夫妻が優れた傑物である事は誰もが知っていますが、娘の事をきちんと理解して対応しているのかどうかは別問題であると、屋敷を統括する家令は考えます。


「ママ!!」

 ファロン伯爵邸に戻ってきたレイティアと兄2人は妹の満面の笑みの出迎えに驚きます。父ロイドに訓練の参加を否定されたミーナをどのように慰めようかと相談しながら、公爵邸から戻ってきたため、予想外の笑顔に警戒態勢を敷きます。

「ミーナ、嬉しそうにしているけど、何かあったの?」

「私も来週から、一緒に公爵邸で訓練する事になったの。」

「え、ミーナにはまだ早いよ。一年後でも。」

「リースは黙っていて。」

「ミーナ。」

「リースお兄ちゃんが反対でも、関係ないでしょ。」

 2歳上の6歳児は、1年前の暗闇の暴走の後、オズボーン公爵家一族の長兄としての意識に目覚めます。自分や一族が背負わなければならない使命を、祖先が繋いでくれた命の使い方を、幼いながらも理解します。25年後に自分がすべきことを知った長男は、妹が一族のために参戦する事に反対はしていませんが、もう少し平穏の中で生活して欲しいと願っています。妹が兄に対する配慮を見せる事はありませんが、可愛い存在である事には間違いありません。

 何でもしたがりの妹が訓練を始めれば、誰よりも強くなるために必死に訓練をするのが見えている以上、早過ぎていると考えています。

「パパが反対しただろう。」

「パパは反対しなかったわ。」

「4歳は早すぎるって。」

 父ロイドと同じ銀髪緑目の長男は、母レイティアの血も引いていて、可愛らしい容姿を持っていますが、戦士としての血も引いています。その戦士が幼少期ではあっても1年間の訓練を終えて、心身ともに大きく成長しています。

「4歳でも、バルドよ、お兄ちゃんよりも背が大きいし、体が重いから、年齢は関係ないって。」

「体の大きさではなくて、訓練するには年齢の決まりがあるんだ。ミーナにも説明しただろ。」

「リースお兄ちゃんは、ミーナだけ仲間外れにするの。」

「仲間外れになんかしていないだろ。公爵家の訓練には決まりがあるんだから。」

「リースお兄ちゃんも、バルドお兄ちゃんも、5歳から訓練を始めたでしょ。公爵家では6歳から訓練するって決まりがあるの、ミーナは知っているんだから。お兄ちゃんたちは決まりを守っていないのに、ミーナだけ、決まりを守れって言って、仲間外れにしたいんでしょ。」

「仲間外れにしていないだろう。」

 弱気になるリースに代わって、次男のバルドが口を開こうとすると、ミーナが視線だけを動かして、1歳上の兄を威嚇します。母とお揃いの金髪青目を持った可愛らしいバルドは、びくりと体を震わせると、妹への口論から逃亡します。理論による戦いでは負ける気はしないのに、最後には必ず妹の言いなりになっている事を、体感しているバルドは、負けてはいけない戦いだと感じて、後はママに任せます。

「ママ、来週から連れて行ってね。」

「パパは、本当に反対しなかったの?」

 公爵邸での訓練の重さと過激さを誰よりも知っているレイティアが、確認するのは当然です。

「私、嘘なんか言ってないよ。ママは、私の事を・・・。」

「違うわよ、確認しただけだから。パパが反対しないなら、私も反対しないわ。」

「やった!!リースも、バルドも次からは一緒だね。」

「ミーナ。」

「ギャランに訓練服を頼んでくる。」

「あ。」

 玄関から家令の執務室に方向へと駆け出したミーナを3人は見送ります。

「ママ、本当にいいの。ミーナはあんなに可愛いんだよ。血塗れになる姿は僕見たくないよ。バルドの事だって、本当は反対だけど。もう公爵邸で訓練を始めたから。」

「僕は、ミーナがしたいなら、させてあげてもいいと思う。ミーナだったら、僕みたいに泣かないだろうから。」

 レイティアは自分の子供達全員を戦士として育てるつもりはありません。資質があり、伸びる見込みがあれば、戦士としての道を全力で支援するつもりですが、しなければならないとまでは考えていません。

 ミーナの活発な性格は戦士向きであるとはレイティアも分かっていますが、性格云々の前に、どこまで強くなれるかが重要であり、強くない一族があの戦場に立つことは邪魔にしかならない事を良く知っています。

 早く訓練を始めれば、同年代の子供達よりも圧倒的に強くなるのは確実です。そうなれば、戦士としての道を外れる事はできなくなります。同年代最強の戦士になってしまえば、イシュア国の主戦場である魔獣討伐から離脱する事はできなくなります。

 ミーナには戦場に出なくても、レイティアの娘としてその血を継いだ子供達を成すことに専念する道もあります。一族の繁栄を考えると、戦場の死の可能性を完全に排除して、夫人として強い夫の子供を生み続ける事も重要です。単身で大の巣を制覇した前公爵ギルバードの強さが、4つの血統に分かれた今、長女の家系だけが戦士を供給しなければならない訳ではありません。リースとバルドが剣士として、公爵家を支える道を選んだ今、ミーナには血を継承する事を最大の使命として考えてもらいたいとレイティアは考えています。

 自分や妹セーラが選んだ魔獣を討伐する道が間違いで、後悔の対象になる事はありませんが、娘にその道を歩んでもらいたいと強く願っている訳ではありません。娘が進む道が戦士以外であっても良いのではないかと考えています。


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