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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳は少し遅れている話
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77 プロポーズ

77 プロポーズ


 オズボーン公爵邸の応接室に呼び出された少年執事は、主賓たる宰相閣下にお茶を振舞います。3年前まではドミニオン国王で冷遇されて何もさせてもらえなかった王弟は、公爵邸の中で、執事として剣士として揉まれた事によって、様々な生きる術を身につけています。

「ミーナ様、どうぞお召し上がりください。」

「いただくわ。」

背が伸びた少年は、黒の執事服を着こなしていて、凛とした雰囲気を纏っています。王族であった傲慢さは全く見当たらず、武門の公爵家に仕える執事としての武骨な謙虚さを見せています。

「美味しいわよ。あなたも座って。」

「はい。」

 一礼してから正面のソファーに座った赤髪青目の少年は、ミーナがいつもと違っている事に気付きますが、その事を態度にも表情にも出さない訓練は完了しています。

「大分強くなったみたいだけど。」

「はい。エリカティーナ様の特訓のおかげで、何かを掴んだ気がしてから、自分でも強くなったと思います。今は、近衛騎士団の部隊長達と互角に戦える事を目標にして、近衛騎士の皆様との訓練に参加させていただいています。」

「訓練は順調のようね。」

「はい。ミーナ様に、生きる道を示していただいたお陰で、充実した日々を過ごさせていただいています。」

「魔獣を討伐したと聞いたけど、どうだった。」

「事前に聞いていましたが、あのように速く動く事に驚きました。6人1組で戦った時には、攻撃担当になりました。一撃で魔石を抉る事ができずに、2度目の攻撃で倒すことができました。防御を担当してくれた仲間のおかげです。」

「もう少し体が大きくなれば、一撃で倒せるようになると思うわ。」

「はい。そうなれるように尽力します。」

 明らかにいつもと違うと確信したリヒャルトは、水色のワンピース姿のミーナが、初めて1人の女性に見えます。今までは戦場での強烈な出会いの印象から、彼女の事を格上の戦士である事を前提に対応しています。非常に美しい女性であり、好意を向けている伯爵令嬢であっても、凛々しい宰相や勇敢な剣士、自分の人生に道標を与えてくれた恩人といった存在である事が常に優先されています。だから、1つ1つの仕草の中にある女性を見落としています。

 視線を固定せずに、自分から視線を逸らす仕草が、こんなに可愛らしく愛おしい事にリヒャルトは驚きます。真正面から見られている時の凛々しさだけを好きだと思っていた自分には見る目がないと、リヒャルトは考えます。知勇兼備、才色兼備、世界中の様々な要因を兼ね備えている女性だと漠然と考えていた自身の想像をはるかに超えた美しさを目の当たりにして、自分の朧気な憧れの気持ちが一瞬にして、恋慕の情に塗り替えられる事を理解します。

「ミーナ様、私を呼び出したご用件は何でございますか。」

「あ、その、何と言うか・・・。」

 はっきりと物を言わない伯爵令嬢の表情がこれほど可愛らしいとは、と感動しながらも、リヒャルトはミーナ宰相が言いづらい事が何であるかを考えます。ドミニオン国で捕獲されてから、リヒャルトの命はミーナの所有物であり、宰相は捕らわれた敵国の王弟に命令する事ができる地位にいます。そういう関係の中、ミーナが傲慢に何かを要求する事はありませんが、遠慮して言いたい事を我慢するという事もありません。

 そのミーナ様が言いづらい事は1つしかありません。

「私を王弟としてドミニオン国に戻して、ケールセットの町の領主にするのですか?」

 イシュア国が、ドミニオン国よりも良質な政治を行っていても、ドミニオン国の国民から見れば侵略者でしかありません。ケールセットの町を起点にして周辺貴族との貿易を進めても、敵国としての警戒感がなくなる事はありません。

 しかし、王弟リヒャルトが領有する町になれば、大きく状況が変わります。イシュア国が王弟を傀儡にしているだけであっても、ドミニオン国を破壊するのが目的ではない事をアピールする事ができます。

イシュア国は3年間王族を保護している実績を示した上で、王弟を祖国に領地付きで戻す支援を行います。侵略である事は変わりませんが、イシュア国が奪った領地をきちんと統治して発展させる事だけは証明できます。

イシュア国が関所砦を越えての進攻を行い、その後に土地を奪って、恒久的に支配するのであれば、リヒャルトという最高のカードを使わない手はありません。その事が分かるぐらいには、リヒャルトは公爵邸での政治教育も受けています。

「ええ、戻ってもらいたいの。」

「はい。分かりました。」

「いいの?政治にも戦争にも巻き込まれる事になるのよ。公爵邸のような安全な生活ではなくなるのよ。」

「ミーナ様のお役に立つのであれば、喜んでドミニオン国に戻ります。領主になります。ミーナ様は、私と一緒にドミニオン国へ行ってくれるのですよね。」

「え、ええ。私が始めた戦争だもの。」

 ミーナは、少年リヒャルトが部屋に入ってくるまでは、淡々と目的を伝えるだけで話は終わると考えていて、今戸惑いながら話をしている自分自身に驚いています。ここまで言いたい事が言えないのは初めてです。自分の考えをそのまま伝える事を繰り返して生きていたミーナにとって、気を使わないでいい人間に対して、伝えたい事を伝えられない状況に少し困惑しています。

今、ドミニオン国へ行く事の賛意を得たのだから、そのまま婚約する事を伝えるだけで、公爵邸での為すべきことが終わります。しかし、その一言を出すタイミングを見計らっています。

そんな必要がないのに、それをしている自分が嫌というのではなく、ミーナ自身不気味に思えます。

拉致した人間として、彼を活かすのであれば、その生きる事についての責任があります。子供を連れてきたのだから、彼の保護者にならなければなりません。兄王にも王家にも見捨てられた王弟に強く同情しています。

公爵邸での生活の様子を見たり聞いたりする中で、彼が努力している姿を見るのは楽しいと感じます。それは、年下の従弟たちに対する感情と同じものです。姉として弟を見守る時の感情です。

好意は持っていますが、3年間ずっと一緒ではなかった事もあり、特別な恋愛感情を持つ事はありません。この1年近く会えない事で寂しいと思ったことはありません。エリカティーナに会いたいと考えたことはあり、彼への好意が親戚に対する好意と同等ではあっても、家族への愛情に比べれば、下である事は間違いありません。

しかし、今の自分の姿を考えていると、友から聞いた事がある、恋する乙女のようにしか思えません。好きな男性の前では素直になれない。自分の思いをきちんと伝える事ができない。そう言った、ミーナにとっては物語の話にしか思えないかった現象が、自分の身に表れています。

いつから好きになったのだろうと考えても思いつきません。そもそも、強く恋焦がれるような感情を、7歳も下の子供に持つはずがありません。それではいつなのかというと、公爵邸の訓練場の彼を見た時が、最も可能性が高いとは考えます。

背が高くなり、強くもなり、凛々しくなったとも考えますが、ミーナの身長を越えている訳ではなく、強さも近衛騎士レベルで、凛々しいと言っても13歳の幼い顔つきは残っていて、以前と比べてというだけの事で、自分の恋心を刺激するようなものではありません。

巨大な戦士ザビッグに向けていた感情とは全く違うのだから、自分がリヒャルトに恋をしているはずがありません。そう結論付けても、自分では理解できない塊が、胸の中に出現して、消える事はありません。

「ミーナ様。何か不都合がありますか。私1人で行けと言われれば、行くしかないのは分かっています。ですが、ケールセットの町の住民の命を預かる地位を得ても、今の私の力では、皆を守る事はできません。ミーナ様の助力をいただきたいと思います。」

「え、私も一緒にケールセットの町へは行くし、軍の司令官は私のままよ。」

「・・・・・・」

「・・・・・・。」

「ミーナ様は、何かお悩みですか。それとも、私を気遣って言いにくい事でもあるのでしょうか。もしそうなら、お気遣いなく、ご命令してください。」

「命令ではないのだけど・・・。」

「はい。どのような事でしょうか。」

 美しいミーナ様が膝の上の両拳を強く握っているのを見たリヒャルトは、ミーナ・ファロンが緊張している姿を初めて見ます。その瞬間、愛らしい態度に心を強く射抜かれます。そして、ミーナが言いにくい内容を理解します。

「・・・・・・。」

「ミーナ様、私は。」

「・・・・・・。」

「ミーナ様、私と婚約してくれますか。」

「はい。」

まっすぐに見つめる青い瞳に、同じ青い瞳でまっすぐに向き合っているミーナは、短く返事をすると頬を赤らめます。30秒ほどしてから、困ったように視線を方々に動かしながら、ミーナは自分がした事を理解しているのに、この後何をしていいのかが分からなくなります。

政略結婚の同意を得て、アラン公爵に立会人兼後見人になってもらって、婚約の契約書を作成する。そのまま一緒にファロン邸に行って、当主ロイドの承諾を得て、貴族令嬢の婚約として、行政府に申請を出して、宰相である自分の署名で認可を出す。

そういう手順になっていて、それは変更しようがないのですが、自分から婚約の話をするのではなく、リヒャルトに婚約を望まれたという予期しない状況に、何もかもが予定通りではないとミーナは混乱します。

「リヒャルトは、私の事を好きなの?」

「はい。好きです。もっと強くなって、ミーナ様に相応しい男性になってから、求婚したいとずっと考えていました。」

「えっと、私のどういう所が?」

「強い所に憧れました。自分の意志を貫く強さも素敵だと思います。責任から逃げる事なく、正面から立ち向かう勇気は尊敬します。ミーナ様は普通の事を実行しているだけと思われるかもしれませんが、ミーナ様の一挙手一投足が、私からは特別に輝いて見えるのです。それに、姉のように優しく、綺麗で、私に会うために公爵邸に来てくれた日は、その、ミーナ様の側にずっと居たいのに、しっかりとしている所を見せないといけないと考えて、仕事に没頭する振りをしたりと・・・。えっと、これはミーナ様の素敵な所ではなくて、私がどう思っているかですね。今日のミーナ様は、可愛らしく、今も、頬を赤くしていて、あの、素敵というか、愛らしいと言うか・・・。」

「あ、ありがとう。その、えっと、結婚は。」

「ミーナ様、その先はミーナ様の口からは聞きたくないです。この婚約が政略的な目的を果たす為である事は分かっています。ただ、私はそれでも嬉しいのです。私が先に婚約を申し込んで、ミーナ様に了解の返事を得た事がとても嬉しいのです。」

「分かった。それじゃあ、これからの予定を話さないと。」

「はい。」

自分の心を落ち着かせる事は無理ですが、宰相としての心の鎧をまとう事に成功したミーナは、いつもとは比べ物にならない遅さで、順番に、1つ1つ確認をしながら、手続きを済ませていきます。


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