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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳は少し遅れている話
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76 成長

76 成長


 イシュア国王都オズボーン公爵邸、2階廊下の窓から、中央部にある訓練場を見下ろします。金属製の軽装備に身を包んだ30名の戦士が、整列して剣を振るっています。型通りの基礎練習を繰り返す1人1人を、宰相ミーナは観察しています。

「自宅に帰った方が良いのではないか。それとも、ここで軍装を解いてから、自宅に向かうつもりか。」

「アラン叔父様。一時戻ってきました。」

「最初にここに来たのは、リヒャルトの事か。」

「はい。そうです。右端にいるのがリヒャルトですか?」

「そうだ。強くなっただろう。」

「1年前は、そこまで強くなかったと記憶していますが。何かあったのですか。」

「半年ほど前に、エリカティーナが個別に訓練をすると言ってな・・・。預かっている私としては許可を出さなかったのだが、本人が望むと言ったので、許可を出した。」

「分かりました。エリカが過酷な試練を与えたのですね。」

「成長期も重なって強くなった。」

「3年間で、執事職はどのくらいできるようになりましたか?」

「一通りはできるようになっている。」

「そうですか。今まで育てて頂いて感謝しています。それと、テリーを送ってくれたことも感謝しています。文官志望と言っていますが、軍才があって助かっています。」

「テリーが活躍する話を聞くのは嬉しいものだが、心配してしまうのが親というものだろうな。早期決着が難しいのなら、侵略を止めようと思ってはいたが。私は反対しない事にした。好きなようにやるといい、できるだけの支援はする。」

「ありがとうございます。叔父様。」

 司令官ミーナは密かにケールセットの町を出て、イシュア国の王都へと戻ります。その目的は、3年前に捕虜にして、ドミニオン国から見捨てられた王弟リヒャルトを、ドミニオン国に戻すためです。


「ミーナお姉様!」

「エリカ。」

 ファロン伯爵邸の門を通って、馬を降りると待ち構えていた妹が飛びついてきます。

「お帰りなさいませ。」

「ただいま・・・。大きくなったわね。」

 14歳のエリカティーナは、美少女から美女に羽化しようとしています。背が伸びると同時に女性らしいラインが強調されるようになります。庶民と変わらない水色のワンピース姿ではあっても、ドレスを着ているのかと思うぐらいの美しさにミーナはしばらく目を奪われます。腰まで伸びている銀髪を少し撫でてから、傍に立っている父母に視線を向けます。

「おかえり、ミーナ。」

「はい。お母様。」

「活躍は聞いている。よくやった。」

「はい。お父様。」

「お姉様は、パパとママの呼び方を変えるの?」

「え、まあ、20歳になったから。」

「お屋敷の中でも?」

「ええ、お屋敷の中でもよ。」

「とにかく、屋敷へ入りましょう。」

 緑目の妹は、姉が休息のために戻ってきた訳ではなく、大切な何かを為すために、宰相であるミーナが王都に来なければできない事を実現するために戻ってきたことは分かっています。

 だから、すぐに要件を済ませて、戦地へ向かうだろうことは分かっています。今度は一緒に行けるかどうかが、エリカティーナの注目するべき課題で、姉と父母をどのように説得すればいいのかを考えて、様々なシミュレーションを脳内で行います。最後の最強兵器がある以上、願いを叶えることができると思いますが、エリカは楽しい気分にはなれません。


「お父様、お母様、大切な話があります。」

 伯爵一家が使用する晩餐室でお茶を飲みながら、ミーナが切り出します。

「何だい。」

「結婚しようと思います。しばらくは、婚約という形になります。」

「リヒャルトは駄目です。」

 姉の爆弾発言に即応したのは妹のエリカティーナです。妹が姉の結婚を妨げる資格がない以上、この言葉はエリカの感情から発したものであると姉は考えます。

「エリカティーナは、彼の事を好きなの?」

 隣にいる妹の表情を確かめながら姉は質問します。好きな気持ちを素直に表す事ができないという話を聞いた事があるミーナは、妹がそういうタイプの女性であれば、今までのリヒャルトに対する態度に納得できます。

「好きな訳ありません。」

「だったら、反対する理由は何?」

「お姉様に相応しくありません。あんなな軟弱な。」

「リヒャルトを訓練してくれたのはエリカでしょ。1年前と比べると、かなり強くなったわ。アラン叔父様も、あの年齢で近衛騎士の中でも上位の実力を持っているのは、見込みがあると言っていたわ。」

 姉がドミニオン国への侵攻を考えるようになった一因として、国に見捨てられたリヒャルトに祖国の地を踏ませてあげたいと言う姉の優しさがあるのではないかと考えていた妹は、姉と会えないイライラが高じて、彼を訓練するという名目でイジメ始めます。

剣で切り刻みながらの訓練は、公爵家の伝統的な訓練法の1つです。公爵家特製の治療薬は、瞬時に寸断した手足を治療できるため、徹底的に体を痛めつける行為も、公爵家一族では訓練に変える事ができます。

エリカティーナはこの訓練でリヒャルトが泣き言を言ったことを理由に、姉に近付けないようにと考えていましたが、祖国に見捨てられた王弟は、ファロン家に縋るしかない事を知っているようで、どんなに痛めつけても泣き言を漏らす事はありません。

意地になったエリカティーナが徹底的に痛めつけた事で、彼の実力は一気に上昇します。未だ近衛騎士の上位レベルですが、半年間で覚醒したのは間違いありません。成長途中である事を考えれば、姉と並び立つことは無理でも、結婚相手として見劣りの無い実力を手にする可能性は十分にあります。姉を独占したいエリカティーナにとっては人生で最大の失策と言えます。

「あの、お姉様。ドミニオン国への侵攻の旗頭にするために、リヒャルトを担ぎ上げるつもりなのですよね。」

「そうよ。ドミニオン国の今の王家は危険な存在よ。ケールセットの町を確保して、南部の貴族と貿易を盛んにすれば、向こうも妥協案に賛同して、イシュア国の安全を確保できると考えていたけど。向こうは、今のところ、こちらと交渉するつもりはないようよ。その辺の事情は書簡で送ったはずよ。」

「もちろん、事情は理解しています。ドミニオン国の上層部が腐っているのも良く分かっています。だから、リヒャルトを担ぎ上げる事には賛成です。彼を担ぎ上げる事によって、ドミニオン国の後継者争いに支援するという名分を得る事で、ケールセットの町を支配して、南部地域の貴族達と貿易しやすいのも分かります。しかし、お姉様が婚約者になるのは反対です。お姉様が婚約者となれば、リヒャルトはお姉様の傀儡という事になり、向こうの貴族達は警戒するのではありませんか。そうなると協力が得られなくなってしまいます。それに、リヒャルトが独身であれば、貴族達が娘との結婚を画策して、こちら側に靡く可能性もあります。少なくとも接触しやすくなるのは間違いありません。そんな大切なカードを失うのは、絶対に良くありません。今は、旗印にするだけにしておいて、リヒャルトの結婚については、数年先に考えれば良いと思います。ね、お姉様。お姉様の婚約は、とても重要な事なのです。イシュア国にも、ファロン家にも。慎重に考えるべき事なのです。」

「リヒャルトの婚約を武器にすると言っても、1回しか使えないし、南部地域の貴族とは駆け引きのような事をしても、協調体制を作る事はできないわ。初めから、イシュア国とドミニオン国に繋がりがある事を示した方が良いわ。ドミニオン国では、私は無慈悲な侵略者であると思われている。この婚約で、半分ドミニオン国の人間だと言う事を示せれば、普通に話ができるようになると思うわ。」

 姉の表情を見れば、その決意が揺らいでいない事が妹には分かります。姉が自分に対して最大限の愛情を向けてくれている事は知っていますが、決意した事については、妹の懇願でも覆さない事も知っています。エリカティーナは救いを求めて、正面の席に並んでいる父母に視線を向けます。

「ミーナが好きにすればいいと思うわ。」

「お母様。政略結婚ですよ。普段から、恋愛結婚を勧めてくださっているではありませんか。パパとママのようになって欲しいと。」

「政略結婚であっても、お互いに好きならいいと思うわ。ミーナもここに連れてきた時から、少しは気になっていたのでしょう。その子が驚くほどに強くなったのだから。全く気持ちがない訳ではないでしょう。」

「はっきりと好きという気持ちがある訳ではありませんが、嫌っていた訳ではありません。

強くなるために必死に努力する姿は。」

「年齢差があります!私の1つ下なのですよ、お姉様とは7歳差です。今は確か13歳のはずです。」

「5年も過ぎれば、気にならなくなるわ。」

 母レイティアがこの政略結婚に賛同するとは思わなかったエリカは、姉の結婚阻止のための最後の砦に全てを賭けます。

「お父様は、反対ですよね。」

「エリカ、本当はリヒャルト殿の事が好きなのではないか。もし、そう言うのであれば、エリカと婚約して、彼を取り込むと言うのも悪い案ではないと思うぞ。」

「違います。好きな訳ありません。どうして、私が軟弱な。」

「エリカ、彼は彼なりに努力をしているのだ。それ以上、彼を貶めるような事を言ってはいけない。」

「はい、すいませんでした。」

「うん、エリカが彼に特別な感情を持っていないのであれば、ミーナとリヒャルトの結婚に賛成してあげて欲しい。ミーナが見つけてきた人なのだから。これが運命なんだよ。」

 両親たちは、2人の娘の美貌と能力を非常に高く評価しています。そして、この世界に、2人の娘と本当の意味で並び立つことができる男性はいないと考えています。親族であるアランとエリックの2人だけが、釣り合いの取れる男性だと考えるぐらいです。実質的に、この世界には、2人の愛娘の心を奪うような男性はいないとも考えていて、2人が恋愛結婚をするのは難しいと考えています。政略結婚ですら、地位や実力を考えると、バランスを取れる人物はほとんどいません。

相手は思いのままに選べると、周囲から思われている姉妹の結婚が、実はとても難しい事を両親は理解しています。だからこそ、この機会にミーナの婚約を成立させたいと強く願っています。ミーナはすでに20歳で、上位貴族の娘としては、売れ残りと言われても仕方がない年齢に達しています。

 ミーナ自らが望む結婚相手を見つけてきた今、結婚してもらわなければ、一生独身という事だってあり得ると心配していた2人は、この機会を逃すつもりはありません。妹が慕ってる姉と離れたくないという、美しい姉妹愛は尊いと感じますが、それよりも大切なものがミーナの結婚成立です。

「パパ、お姉様には、相応しい男性がいると思うのです。」

「ミーナに比べてれば強くないけど。今の時点で近衛騎士の実力があるなら、団長クラスになる可能性はあるわ。上を見ればきりがないのよ。少なくとも下にいる訳ではないのだから。」

「ママ。」

「それにだな。文武に優れていると、公爵家で指導する先生方からとも聞いている。文官としての資質もあるのであれば、ミーナの手助けもできるだろう。」

 小さな家族会議の流れを押し留める事ができないエリカティーナは、泣き落とししかないと考えますが、泣くポイントを作っていません。

「婚約によって有利に動く事もあるかもしれませんが、ドミニオン国の王家とは全面戦争になります。決着までに何年かかるか分かりません。お姉様がイシュア国に戻って来られないようになったら、どうするのですか。」

「彼を看板にしても、今の王家を打倒しない方法もある。王弟として一地域を領有する事を認めさせる交渉をする事もできる。ミーナもイシュア国に戻ってこない訳ではないのだろう。現に今、こうして戻ってきている。」

「はい、お父様、暗闇の暴走の時には王都に戻ってきます。」

「私としては、その事を約束してくれるのであれば、この婚約に反対する理由はない。リヒャルト殿が挨拶に来るのはいつになるのか。お祝いの準備をしないとな。」

「そうね。養父にはアランになってもらうのが自然よね。その辺は、ミーナが頼んであるの?」

「頼んではいませんが、そうなると思います。ただ、リヒャルト殿下には未だ話をしていませんから。この後、公爵邸へと行ってきます。」

「エリカ、大好きなお姉ちゃんが離れていくのは寂しいのは分かるけど、ミーナの幸せをお祝いしてあげて。」

「エリカ、リヒャルト殿を説得すれば何とかなるとは思わない方がいい。」

「お父様、殿下がお姉様を好きだとは、結婚する程好きだとは限りません。」

「いや、何度か話をしたことがあって、ミーナの事を好きだとは言っていた。相応しいだけの実力を手にして、その時になっても、ミーナが未婚であれば、結婚を申し込みたいと言っていた。」

「お父様が、リヒャルトを煽っていたのですか。」

「煽っていた訳ではない。子供とは言え、娘に近い位置にいる男性で、伯爵家で預かっている客人でもあるのだから、確かめるのは当然だろう。最初は、エリカの事を好きなのではないかと思って、話をしようと思ったのだが。」

「うぅぅ・・・お姉様、なぜ顔を赤くしているのです。え、あ、まさか、え。うわぁーん。」

 泣き落とし作戦は大失敗します。泣きながら自室に閉じこもったエリカティーナをミーナが呼びに来たのは4時間後で、2人の婚約が成立した事を報告しに来た時です。


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