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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
19歳から20歳への話
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72 刺客

72 刺客


フェルマー侯爵家とイシュア軍が和解との情報がドミニオン国南部を大きく揺さぶりますが、その後の騒乱はなく、ミーナはケールセットの町を前線拠点とした整備を進めます。関所砦を再建すると同時に、その前部に広がる駐留軍の拠点となる砦の整備を済ませると、4つの村への迅速な移動を可能とする街道も作ります。各村の柵を木製城壁への改修拡大を行って、3倍近い人口を受け入れる住宅地も作ります。町と言って良い規模へと拡大する事で、周辺の肥沃な平地を農地へと開拓する事が可能になります。4つの村が1つの農業都市と言える発展の土台を作ります。

ケールセットの町が4つの村を統括しているという関係が大きく変わり、ケールセットの町は農業都市の入り口に鎮座する守護神の役割を担う事になります。城壁の外に軍の駐留砦を建設して、5000規模の兵力を駐留できるようにします。

人と物と金を集める事で、予定を上回る速さと規模の発展を成し遂げた支配地を見ながら、ミーナは不安を感じています。防衛するべき箇所が増える事で、各地の軍事力が低下しています。初期に戦場に投入した4000の兵力では、防衛力がスカスカになってしまいます。

捕虜にした3000近い兵士のうち、半数がイシュア国軍への参加を希望したため、量における不足は若干緩和されますが、増強した部隊を指揮する優秀な人材が足りません。

「テリー、カール、よく来てくれたわ。」

300の騎馬兵を率いている2人の若戦士をミーナが出迎えます。

「姉上、お久しぶりです。」

「姉さん、手助けに来ました。」

「テリーの鎧は金で作っている訳ではないわよね。」

「金のような柔らかい物質で鎧を作るのは意味がありません。塗料で金色にしただけです。」

「どうして、そんな装備を作ったの。」

「戦場で目立った方が良いと考えたのです。」

「敵はしばらく動かないだろうから。活躍する前に戻る事になると思うわよ。」

「姉上、私がイシュア国へ戻るのは、ここでの戦いが終わってからです。それまではここに滞在します。できれば、軍の中での任務を与えてもらいたいと。」

「待って。学園はどうするのよ。2,3年はここに居る事になるのよ。留年できるとは思うけど。」

「ご心配なく、卒業してきました。母上が参戦する条件として、学園卒業を挙げたので。」

「確か16歳で、4年生だったと思うけど。」

「6年生のテストを受けさせてもらいました。」

「アラン叔父様とキャロライン叔母様が認めてくれたというのであれば、問題はないわ。手伝ってもらいたい事はたくさんあるから。頼むわね。」

 第2公子テリーは、公爵家の武力を継承する戦士の1人ですが、母親の影響からか学問好きで、その方面では兄と姉を上回る能力を持っています。末っ子の甘えん坊で、キャロライン公爵夫人に付きっきりでいたため、彼女の仕事を幼い頃から見続けて成長します。最高の文官を母に持ち、その母に育てられたのだから、文官としてはファロン家の2兄弟に匹敵する能力を、テリーはすでに持っています。ミーナがこの従弟に期待しているのは、目覚ましい発展を遂げているこの地における内政面での支援です。

「俺の活躍する場面は先みたいですね。」

「カールも卒業できたの。」

「テリーとは違うんだから、卒業できる訳ないですよ。休学して来ました。でも、父さんと母さんには、戦いが終わるまでこっちにいて良いと許可をもらっています。」

「エリック叔父様とアイリス叔母様が許可してくれたのであれば、私に異議はないわ。」

「姉さん、手伝う上で1つ条件があります。」

「何なの。」

「戦闘があれば無理だと思うけど。それ以外の日は、毎朝一緒に訓練してください。」

「ええ、いいわよ。」

「やった。」

 先代公爵ギルバードの子供達であるレイティア、ミーナ、アラン、エリックの四姉弟の末っ子エリックは、愛妻アイリスとの間に7人の男子を設けています。その長男であるカールは、エリックの武技を継承した16歳の若戦士です。エリックの息子の中で最強であると同時に、他の3家の最強戦士と互角に戦う事ができる強戦士です。

 武に特化して鍛えているのは、いずれ武門の名家であるレヤード伯爵家を復活させることを義務付けられているからであり、この戦場に自身の身を置きたいと願っているのは、名家復活につながる武勲が欲しいからです。父エリックが名門を復活するに相応しい武勲を得ているため、長男カールが18歳の青年になると同時に、名家の新当主になる事は国王陛下から認められていますが、名門当主に相応しい事を自分の力で示したいとカールは考えています。


 オズボーン公爵の血族の優秀さは、公爵家の血だからとしか説明できないぐらいに、優れた武力だけではなく、各個人が特化した能力に関しても国内随一の極みに達します。もちろん、様々な分野において総じて高い能力を持っています。

ミーナが2人の若戦士を得た事で、総司令官としての仕事から解放されます。次々と変化成長する地域の内政処理はテリーが、新規入隊する若者を一人前の戦士に鍛え上げる事はカールが、とそれぞれの分野で力を発揮します。

ミーナは時間を作った事で、ケールセットの町に飛び出す時間を確保します。余所者の支配者ではなく、共に生きる仲間との認識を得なければ、この地を永続的に所有して、イシュア国の鉄壁にする事はできません。利益を提供する事で受け入れてもらえる土台を作りますが、その上に積み上げる物がなければ、いずれ奪い返されてしまう事をミーナは良く知っています。

「ミーナ様。」

「こんにちは。」

「ミーナ様だ。」

 オレンジ色のワンピース姿の町娘が道を歩くと、住民が声をかけてきます。立場的には視察を行う事になりますが、小さな子供達と一緒に遊ぶこともあり、住民達からは視察には思われていません。

「夏の野菜が美味しいですよ。食べてください。」

「いただくわ。」

「どうです。」

「美味しいわ。やっぱり、この辺りの土地は良い土地だわ。」

 良い事があれば共に喜び、困難があれば共に解決する。その繰り返しが共に生きる事の本質であり、政治が支配者の道具ではなく、共生手段となる道だとミーナは考えています。イシュア国とフェレール国という異なる国を良く見てきた金髪美女は、輝く道を提示する方法を理解しています。

 妹エリカティーナに美の女神の称号を奪われてしまいましたが、ミーナが美の結晶のレイティアの娘であり、現時点においてケールセットの町にいる一番美しい女性である事は間違いありません。

 傭兵の姿をしている時の威圧感がないミーナは、美しい町娘であり、全ての視線を集める存在です。この時、街の中央広場に入ったミーナは、その市にいる全員の視線を受けても、異変には気づきません。

数人の子供達が、ゆっくりと自分に近づいてくるのははっきりと認識していますが、それはいつももの事で、特段気にする必要はないと考えます。

「きゃー!!!」

 中央広場の反対側の方から少女の叫び声が聞こえます。ミーナも市場にいる住民達も、声の方に視線を向けます。ミーナ軍の統治下に入ってから、治安が格段に良くなった街中で事件が起こる事は珍しく、裏道ならまだしも、中央広場で誰が犯行を企てるのかと不思議に感じながら、誰が声を上げたのかを見つけようとします。

一部の子供たち、正確には8人の男子が、騒めく市場の中、ミーナに向かって走り出します。混雑する市場であっても、総司令官ミーナの周辺の空間には、人は入ってきません。ミーナに近寄れるのは、許可を得た者か、子供達だけです。その子供達がミーナの方に向かっている事に違和感を持つ者はほとんどいません。

「ミーナ様、刺客。」

少し離れた位置にいる隠し護衛が叫びます。8人の男子がミーナを取り囲むように円状に位置して、その円を縮めながら走っています。1人1人だけを見ていれば、美しいミーナに駆け寄る子供の構図ですが、8人をまとめて見れば、その意図は明確です。

そして、少年たちは直前になって、胸元に隠していたナイフを取り出して、一斉にミーナに襲い掛かります。

 ミーナは自分の周囲に広がる無人の空間に少年達が入ってくるまで位置を変えません。8人を撃退する事は簡単ですが、住民に犠牲者を出す訳にはいきません。そして、10歳前後の8人の子供達を殺す訳にもいきません。

 住民と近い為政者を演じている今、刺客だからと言って、子供達の命を絶てば、恐怖の対象としか見られなくなります。敵側のどのような意図があるかは不明ですが、暗殺者に恐れる必要のないミーナにとって、今回の敵が一番の難敵と言えます。

 正面からくる3人の腹部にミーナは蹴りを入れて吹き飛ばします。

「武器を取り上げて、捕らえなさい。」

 そう叫びながら、左右からくるナイフを持った手を握り締めて、少年達の攻撃を受け止めると、握力を奪ってナイフを落とさせます。後方3方向から突撃してくる3人の男子達に対して、完全に背中を見せているミーナは、この刺客たちが自分たちの身の安全を考えていない魔獣と同じ行動原理で攻撃を繰り出している事に気付きます。

両手でつかんだ2人の少年を放すと同時に、を離して前方に倒れ込みます。体を半回転して、仰向けに石畳に寝転んだミーナは、立っていた自分の胸を狙った3本のナイフを見上げます。3人が同じ一点に向かって突き進んだ結果、その一点で激突します。

「キャー。」

 周囲にいた女性が叫ぶと同に、ミーナは地面を背にしたまま3発の蹴りを繰り出して、子供達の戦闘力を奪います。

「ミーナ様!」

 市場が騒然とする中、気を失った子供達の下敷きになったミーナは立ち上がることなく、護衛達に担がれて町の行政府へと運ばれていきます。


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