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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
19歳から20歳への話
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71 兵糧調達

71 兵糧調達


 国王直轄領が占領された事実と、国王軍が領土を奪還するべく集結していると言う噂は、南部の貴族達を消極化させます。国王軍に先んじて奪還に成功すれば大武勲には違いありませんが、国王の面子を傷つける事にもなります。また、南部の支配者の如く振る舞っていたベッカー伯爵に対する反発もあり、伯爵の尻拭いになるような軍事行動を取ろうと考える貴族達はいません。自身が武勲を得たとしても、伯爵に横取りされるのではないかと言う不信感があり、積極的に行動する気持ちにはなりません。

 完全に停止している南部貴族領に対して、ミーナは積極的に動きます。

「私は、イシュア国宰相、遠征軍司令官ミーナ・ファロン。食料品の購入と労働者を雇用する交渉がしたい。領主または町の代表に取り次ぎを要求する。」

 騎馬隊の一群から2騎が接近してくるのを見守っていた城壁上にいる守備兵がさらに慌てている様子をミーナとユリアンが見上げています。

「売ってくれますかね。」

「売ってくれなくても、交渉ができるだけでも意味がある。」

「ミーナ様が攻撃される危険に釣り合う程の意味があるんですか?」

「意味は有る。考えてみて。」

「仲良くなれますね。」

「まとめると、そういう事になるけど。もう少し、細かく考えてみて。ドミニオン国の言葉だけではなく、歴史や最近の状況についても学んだでしょ。」

「南部では、冷害の時に何度か北部の連中に食料を没収された経験があるから。うちが略奪ではなく、購入と言う形で食料を得る動きは、南部貴族から歓迎される可能性が高いという事ですか。」

「そういう事ね。私達は敵国だけど、掠奪者ではない事を示す必要があるわ。」

「侵略をしていますが。」

「侵略しているのは、国王直轄領よ。私達は彼らの土地を奪っている訳ではないのよ。領地貴族達にとっては、自分達の領地が一番大切で、自領が維持できるのであれば、多くの事を受け入れる事ができるものよ。」

「我々農民が、自分の畑に拘るのと同じですね。」

「ユリアンはもう農民ではないのだけれど。気持ちとしてはそんな感じね。ただ、人によって考え方は違うから、この交渉で、どこまで許容できるのかを確認したいのよ。」

「なるほど、農民でも、土地を手放す事への反応は個人差がありました。」

 ミーナの最初の交渉では、荷馬車2台分の食料を小さな魔石で購入する事と、町の近くでの野営許可を得る事に成功します。2つ目の町では、荷馬車5台分の食料の購入に成功すると同時に、イシュア国との貿易ルートを開拓したいという商人が接触してきます。イシュア国の特産品と言える魔石を購入したいと言う願望は大きいもので、接触してきた商人は、イシュア国では明らかに破綻するだろう金額でも契約をしたいと言います。ミーナの目的は味方になりうる勢力を拡大する事であるため、商人に対して吹っかけるようなことはせずに、きちんと利益が出るような契約を、同行させたイシュア国の商人達と結ばせます。

 3つ目の町では、食料の購入はできませんでしたが、貧民300名の雇用に成功します。商品作物の生産比率が高い町では、昨年の病害が発生した事で、豊かな土地の南部には珍しく飢饉状態に陥ります。今年の収穫までの4ヶ月間という期間限定ですが、労働者を得た事はミーナにとっては朗報です。様々な施策につながる土台を得た事になります。


「ミーナ様、未だですか?使者を待たせていいのですか?」

「用意できたわ。」

「お美しいです。」

「心にもない事を。」

「いえ、美しくは見えます。濃緑のドレスしかなかったんですか。」

「念のために持ってきたドレスだから。」

 ユリアンにエスコートをさせた伯爵令嬢ミーナは、陣幕で囲まれた臨時の司令部へと入ります。10名の黒い戦士達が左右に並んでいる中、1人の青年が立っています。金属製の軽鎧に身を包んでいる緑髪金目は強者の風格を携えていますが、笑顔のままミーナに話しかけます。

「ジルバッド・フォン・フェルマーと申します。」

「イシュア国宰相ミーナです。侯爵家の嫡男が単身で訪問されたのは、何の御用件でしょうか。」

「宰相閣下は、南部の各町で食料を購入しているとの事、商談であれば、我が父が直接交渉したいと申しております。その旨、お伝えして、叶うのであれば、我が都市にご招待したいと考えています。」

 22歳のフェルマー侯爵家嫡男は、南部最大の勢力を誇る貴族家の跡取りです。王都から最も離れている地域の貴族という事で、侯爵でありながら、田舎者であると、中央政治に関りを持つ貴族達からは馬鹿にされています。

しかし、ジルバッド自身は、田舎者と呼ばれる事をまったく気にしていません。冷害で収穫量が少なくなると、南部の貴族達の収穫を奪いに来る彼らの事を、乞食貴族と心の中では呼んで馬鹿にしています。自分よりも格下である人間に何を言われても気にならないと考える彼は、王家が解決しない脅威に対して、侯爵家が独自の外交を行うのは当然であり、イシュア軍が領民から略奪をしないのであれば、友好関係を持つことも悪い選択ではないと考えています。

「ジルバッド殿が単身で来られたのは、私が町に入る間の人質と考えても良いのでしょうか。」

「はい。我が町にお招きするのです。お互いに疑心に囚われないようにするべきかと考えます。」

「お心遣い感謝します。ですが、人質は必要ありません。ジルバッド殿には、案内をお願いしたいと思います。」

ミーナは黒の騎馬隊副隊長のユリアンを御者にして、2人だけでフェルマー侯爵領の領都へと向かいます。フェルマー家の胆力を見せられた以上、ファロン家の胆力を見せなければならないと宰相は考えた訳ではなく、オズボーン公爵家の血筋が、人質を取らない選択を取らせます。


 南部最大勢力のフェルマー侯爵家の領都は、その規模も南部最大で、城壁も高いものです。800程度の騎馬兵ではびくともしない城壁内にいる侯爵が、何らかの意図をもって侵略者を招き入れたのは間違いありませんが、それがミーナにとって禍福のどちらであるかは、話を聞いてみなければなりません。

侯爵がドミニオン国を裏切る事はありえませんが、裏でイシュア国と不可侵条約を結ぶ可能性はあります。味方を増やすことは、守らなければならない人間の数を増やすことになり、遠征軍の負担を増やすことになります。一方、敵を減らすことは負担を減らすことになり、敵に対しては潜在的な脅威を与える事になります。

「これほど、お美しい方とは思っていませんでした。失礼ながら、若くして軍を率いる女性というと、もっと荒々しい方なのかと思っておりました。息子が未婚であれば、婿候補にさせたいぐらいです。」

「単身で私達の陣に出向く胆力は素晴らしいと思います。良き後継者を得た事は、侯爵閣下の治世が優れているからでもありましょう。見事な都市にも感服しています。」

「息子を褒めて頂いた事、嬉しく思います。自慢の息子でして、私と違い武勇にも優れていて、このまま成長すれば、良き後継者になってくれるだろうと考えております。」

「さて、お招きいただいたのに、このまま世間話で終わらせる訳にはいきません。私達は食料を求めています。他の街からも少しずつ購入していますが、兵士達の1年間分の食糧となると、未だ足りません。相場の何倍もの支払いはできません。代わりに魔石での支払いをと考えています。」

「ミーナ様は、すぐれた政治家でもあるのですな。魔石はドミニオン国では最高級の宝石以上の価値があります。それを手にできるというのであれば、交渉を成立させたいと考える貴族は多いでしょう。失礼、咽喉を潤わせてもらいます。」

 テーブルを挟んで向かい合っているミーナと侯爵は、ソファーに腰を下ろしながら笑顔で交渉を進めています。

「それでは、私も。」

 ミーナもテーブルの上のカップに手を伸ばします。その瞬間、部屋内にいた2人の護衛騎士のうち、1人の騎士が抜剣してミーナの背後に向かいます。騎士団団長を名乗った男が接近してくることを感じ取っているミーナは、侯爵が宰相の首を功績として国に捧げるつもりである事を悟ります。

南部地域が侵略される危機を救う事になれば、ベッカー伯爵の影響力を完全に排除して、これまで通り南部地域の支配者として君臨できます。公爵家の存在しない南部で筆頭貴族になるという一族の望みを叶えるための機会を見逃さない事は、優れた政治家であるとミーナは感心しますが、この世界には手を出してはいけない人間である事を思い知らさなければならないとも考えます。

「ぐぁ。」

 頭部に向かってくる剣を躱すと同時に、剣の柄と団長の腕を掴みます。突っ込んで来た勢いをそのまま利用して、ミーナは暗殺者の剣と体を引っ張り込みます。ソファーを越えた団長の体と剣は、そのままテーブルの上空を通過します。そして、団長の剣は、ミーナの正面にいる侯爵の胸を貫きます。

「あぁぁ。」

死体と一緒にソファーを倒しながら、前方に倒れこんだ団長は、茫然自失の状態で動かなくなります。ミーナは、スカートの中に隠してあった短剣を取り出すと、うつ伏せになっている団長の首を一刀両断します。

「うわぁぁぁ!!!」

 何と叫んで味方を呼べばいいのかが分からない護衛騎士が、大音声で叫びます。隣室に控えていた侯爵の息子達は、すぐに部屋へと入ってきます。

 緑のドレスの美女が短剣を片手に持ちながら、青い瞳で5名の男を見渡します。

「この団長が、フェルマー侯爵を刺殺した。その後、私を犯人に仕立て上げるために攻撃してきたので、首を落とした。」

「本当なのか!!」

 部屋にいた護衛騎士に確認を求めた後継者に答えたのはミーナです。

「そういう事にした方が良い。私は戦公爵ギルバードの孫、戦女神レイティアの娘、魔獣に囲まれても制圧できる戦士、20歳の小娘ながらイシュア国の宰相になっても、魔獣狩りを生業とするイシュア国で反発が1つもなかった戦士。圧倒的な武力を持った戦神。この短剣1つで、敵地に乗り込むことができるのは、胆力があるからではなくて、私が純粋に強いから。私に武器を向けない方が良い。」

「・・・・・・。」

首を切られているのは、領内最強の騎士であり、この場で切り合いになれば、確実に死ぬのは自分達であると理解できる騎士達は、新たな主の決断を黙って待ちます。

「ジルバッド、私の目的は、ドミニオン国と納得できる平和条約を結ぶ事なの。モーズリー高原につながる土地を領有して、本国への侵入をさせない状況を作りたいだけ。だから、南部の地域をイシュア国としたい訳ではないの。今、こうやって南部地域を回っているのは、今後の貿易のための顔見せなのよ。イシュア国と南部貴族が貿易で利益を手に入れる関係を作れば、戦争する可能性が減るわ。」

 2人の死因の詳細が判明しない段階で、何らかの決断をする事はジルバッドにはできません。

「2人の遺体を調べたい。」

「そうね、納得しなければ決断するのは難しいわね。私はこのまま町を出るから、結論が出たら、使者を送って。できるだけ早い方が良いわ。ここでの交渉が成立しなければ、他の町へ行きたいから。これだけは言っておくけど、この地域まで軍を進める事はないわ。奪い取ったとしても、守り切るだけの兵力は維持できないから。」

 短剣をその場に投げ捨てると、ミーナは護衛騎士に警戒されながら部屋を出ていきます。

 翌日、ミーナはジルバッドの訪問を受けます。そこで不可侵条約、貿易条約を結びます。ポール・フェルマー侯爵は病のため、侯爵代理であるジルバッドが領内を統括する事になり、彼の署名による契約が結ばれます。暗殺事件は無かったことになり、南部地域は盟主とも言える侯爵家に従う形で、イシュア国との貿易を行い始めます。


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