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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
19歳から20歳への話
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70 挟撃

70 挟撃


ミーナ・ファロン宰相は侵攻作戦を掲げていますが、占領地の維持が難しい事も理解しています。だから、一度奪った土地を放置する事に躊躇いはありません。ケールセットの守備兵を追い払って、占領を成功させた、その翌日にミーナが指揮する2隊は、関所砦跡地へと急行します。


日の出と共に隊列を組んだ重装歩兵が前進を開始します。3つの防御陣地で防衛線を作っているドミニオン軍に対して、イシュア軍の重装歩兵はゆっくりと進みます。いつものように中央の陣地に接近して、矢をいくらか受けてから退却する動きを見せるだろうと判断した陣地司令官は、射程距離に入るまで発射しないように重ねて命じます。

「後方から敵襲!!!」

 後方の砂煙が、味方の輸送車でない事に気付いた兵士が叫ぶと同時に、モーズリー関所砦前の戦いが始まります。

「敵が乱れた、弓兵は長距離射撃!軽騎士隊は突撃!」

 高音の下知が戦場に響き渡った瞬間、重装歩兵たちが雄叫びを上げると同時に、中央の敵陣に向かって長弓での一斉射撃を行います。前後からの弓攻撃で思考も動も止められたドミニオン軍中央の陣は、一斉射撃後の混乱から立ち直る前に、後方からのノースター軽騎士隊の突撃を受けます。

 前面の敵に対しては段差のある陣地も、後方からの侵入に対しては高低差がないため、突撃を止める効果がありません。

「ノースターの星、スコット、敵将を討ち取ったぞ!!!」

 軽騎士隊副隊長のスコット・バルモントが絶叫すると、攻撃中の軽騎士隊全体が雄叫びを上げます。逃げ道のない中央陣地軍は、死力を尽くして抵抗する動きを見せようとしましたが、大音声の攻撃によって、心を折られてしまいます。

 ドミニオン軍の中でも精鋭である騎馬兵と重装兵は、抵抗する能力は充分に持っていましたが、左右の味方の陣へと逃げ出します。防衛柵の前で弓を放とうとした兵士達は、攻撃の指示も、逃げる指示も出されないまま、軽騎士隊の攻撃で命を刈り取られていきます。

「勝鬨だ。うおおぉぉぉぉ。」

 ドミニオン軍の中央部隊の陣地を、ミーナが率いる後方から突入した軽騎士隊が完全制圧します。そして、再びの大音声を上げた事で、残りの左右の陣の兵士達の視線を集めます。ミーナは弓隊を2つに分けると、残りの左右の陣に斜め後ろから遠距離射撃を繰り出します。

 逃げ出すのであれば、今しかないという機会を矢雨で阻止された左右陣地は、盾を後方に向けて掲げて、矢からの防御に専念します。正面からの攻撃に対する作戦は授けられていて、正面からの攻撃で突破されえた場合の対応も命令されています。しかし、後方からの攻撃で中央陣地が奪われたという想定での命令や指示は受けていません。

 部隊を率いる指揮官には、これらの事態に対応する方法が授けられていますが、3軍の要である中央部隊が崩壊しているため、連携による防衛戦を展開する事はできません。

「パトリック隊長、重装歩兵が正面の策を崩して登ってくる。ここは任せて、左右の陣に攻撃を仕掛けましょう。」

「おし、スコットは右へ行け、俺は左に行く。」

「俺につづけぇぇぇ!!!」

副隊長スコットの活躍が記録されるこの戦いにおいて、敵将を討ち取った記録はありません。この陣地を指揮していた隊長が名のある人物では無かったことに加えて、彼が討ち取った敵の中に、隊長格の人間は1人もいません。また、左右の陣に大打撃を与えたのは、モーズリー騎馬隊と、第5師団が、左右の敵陣への側面攻撃を行った時です。

軽騎士隊に負けずに、騎馬隊と第5師団も騎馬突撃を成功させると、雄叫びと共に勝利を宣言します。3000の兵力のうち3分の1を討ち取り、残り2000人を捕虜として捕らえたしイシュア軍は大勝利を手にします。


 ドミニオン国への入り口を封鎖されていた状況を打破したミーナ軍は、これより本格的な侵略作戦を展開する事になります。

3つの村に配備されていたドミニオン軍は300程度であるため、ミーナ軍が関所砦前の3000を撃破した瞬間、彼らに逃亡以外に生存する道はありません。だから、逃亡を選択しますが、補給部隊として抱えていた物資を放棄しません。足の遅くなった輜重隊が騎馬部隊に追い付かれるのは当然です。

「武器を捨てて降伏せよ。武器と物資を持ったまま逃げ出した者は殺す。」

 ミーナの高音に止まる者もいれば、逃げ続ける者もいます。

「ミーナ様、どうしますか?」

「武器と食料を接収するのが目的だから、ただ逃げ出すだけなら無視してもいいけど。」

「逃亡を続けるのは、馬乗りの連中と荷馬車だけですね。歩兵は立ち止っています。疲れているみたいです。」

「ワイト、殲滅して来て。見せしめよ。」

「全員ですか?」

「見せしめよ。」

「見せしめなら、隊長クラスを切り刻んだ方がいいと思います。後方に物資を輸送させるための人員は必要ですから。」

「分かったわ。ワイトに任せる。」

「はい。第3隊は私に続け。他は歩兵達の武装解除を行え。では、行ってまいります。」

 青の騎馬隊と呼ばれる第5騎士団の隊長ワイトは、ようやく活躍できるとあって、生き生きとしています。野心を持った王都の騎士と傭兵で構成された騎馬隊は、個性の強い戦士の集団ではありますが、決してチームワークが足りない訳ではありません。お互いに助け合う事で生存確率が高くなる事を体に叩きこまれているため、戦場においては自身の役割をおろそかにする事は有りません。

 ミーナは第5騎士団が独立部隊として動くことができると判断すると、4つの村の統治を任せます。後の歴史書には、イシュア国の侵略行為の始まりとして記載されます。命令に従わない者達を苛烈な処刑で従わせる代わりに、最初から従う者には好待遇を与えるというワイトの対応の、苛烈さのみが広がったため、軍人領主ワイト・パーチカルの名前は、ミーナの継ぐ侵略者の名前として広がる事になります。

 しかし、現場でのワイトの評判は、侵略者ミーナの一番の子分とは全く違います。実際に与えられた彼らの役目は、防衛施設のない4つの村の用心棒であり、村内で困った事があれば何でも解決してくれる武装した村役人がより正しい評価と言えます。侵略者として欲しいままにしているという、ドミニオン国内での噂とは全く違う姿がそこにはあり、以前からオズボーン公爵家との交流がある4つの村のイシュア国への嫌悪感は全くなく、ドミニオン軍を追い払った彼らを解放軍として受け入れています。


 モーズリー騎馬隊は、黒の軽騎馬隊とも呼ばれる最速の騎馬兵力です。金属製の鎧を排除した黒い革装備で身を包んだ彼らの多くは、モーズリー高原の牧場従業員で、元来の戦士ではありません。一定の訓練を終えているため、素人ではありませんが、第5騎士団に比べれば、個々の戦闘力は劣ります。

 ただ、騎馬の力を最大に引き出す馬術は、使い方によっては、戦場を制する力を持つ事になります。

「門を開けよ。」

 ケールセットの町は、2週間ぶりにも登場したミーナの声に震えます。馬と荷馬車とわずかな物資を持ち去った強盗集団が、黒い騎馬兵を引き連れて戻ってきた事に恐れおののきます。

 防衛部隊を崩壊させられたため、今の町には軍事的な指導者は不在ですが、住民の代表が指揮者になり、住民達が警備兵となり、町を守っている状況です。王都は遠過ぎるため、ベッカー伯爵に救援軍の派遣を要請して来援を待っている時に黒きミーナ軍が戻ってきます。最も近い町から救援軍が出立していれば、そろそろ到着する頃であると、住人達は考えています。

「ミーナ様、敵の防衛部隊が隠れているのでは?」

「ここまで近づいていて、攻撃がないのだから、城壁の上に立っている兵士達は住民なのだろう、数も少ないし、装備も革鎧で、統一性がない。」

「では、どうして門を開けないのですか?」

「ドミニオン軍の救援部隊を待っていたのだろう。そんな中、私達が戻ってきたから、どうするか話し合いをしているのだろう。」

 ミーナの隣の騎馬には、モーズリー騎馬隊の副隊長ユリアンが乗っています。農民達の中では、馬術が優れていて、頭の回転が速いため、将来性を考慮してミーナは抜擢しています。

「抵抗しても瞬時に落とされてしまうのに、何の相談をしているのですか?」

「誰が交渉に立つかとか、私達に対して、どのように言い訳すればいいのかとか、色々と考えるべき事があるのだろう。」

「考えれば、どうにかなるのですか?」

「ならないだろう。」

「そうだ。ミーナ様、相手が門を開いたら、私達はどうするのですか?」

「入城する。」

「いえ、あ、入城した後の作戦行動はどのようになるのでしょうか。」

「住民を落ち着かせて、統治体制を整える。住民達から役人を出させて、町の運営を任せて、私達は援軍が来るまで、町の防衛軍として駐留する。その後は、援軍を待つ。」

「援軍が来る前に敵が来たら・・・。えっと、迎撃するのですが、騎馬隊である我々はどのように戦うのですか?」

「城壁に登って、弓矢で迎撃するのが基本だ。情勢によっては、騎馬兵の一部を門から出して攻撃する事もあるが。できるだけ、城壁を活用して防衛する。」

「分かりました。あ。開けるみたいです。」

「そうだな。」

「ミーナ様、お待ちしておりました。お顔を知っている私が来るまで確認が取れませんので、門を閉じておりました。申し訳ありません。」

「分かった。門を開けよ。」

 入城される準備ができたようで、ミーナは城壁の上の町の住民代表や側の兵士達の表情を伺います。門が開かれます。

「今回は何もないが。罠をしかける敵もある。最後まで油断しないように。ユリアン。」

 町は歓迎の意を示して、侵略者を受け入れます。


 反撃開始2カ月後、モーズリー高原を取り戻した上、4つの村、1つの町を奪取したイシュア軍は、捕虜3000名の労働力を、膨大な木材を切り出す事と、主要街道の整備に向けます。これは、イシュア国が占領地で開発を行う事を示した事になり、永続的な支配を目指している事を示す事になります。単なる威嚇ではなく、征服を目的とした軍事行動をイシュア国が取った事に対して、広大なドミニオン国にその情報が伝搬すると同時に、大きな衝撃を与えます。

 衝撃の後は、国王直属軍が大軍で出動するだろうと言う噂が徐々に広がっていきます。大規模編成に1カ月がかかり、大軍の進軍に2カ月が必要で、決戦は今から4カ月後になるという噂は、南部地域から広がります。

「シモンは、私が噂を流した理由は分かる?」

「南部地域の貴族達の動きを止めるためかと。」

「ドミニオン軍の大軍がこの町に攻めてくるという噂が、どうして南部地域の貴族達の動きを止める事になるの?」

 町の行政府の防衛隊隊長の執務室で、ミーナ司令官はファルトン重装歩兵隊隊長シモンと向かい合ってお茶をしています。金髪水色のワンピースの美女と、茶髪茶目筋骨隆々のズボンシャツの凛々しい男性は、ミーナとセットで20歳と27歳の夫婦だと言われても違和感はありませんが、決してそういう関係にはなりません。戦略戦術が優れた者同士で、お互いに気の合う存在であるとの認識は有りますが、そういう関係には発展しません。

「国王が出陣するとなれば、南部地域にも召集がかかるでしょうし、食料の献上も必要になります。南部貴族達は、国王陛下を迎えるための準備をしなければならなくなり、ケールセットの町に向けて出兵する余裕はないでしょう。そもそも、国王陛下が取り戻すと言っている土地を先に取り戻す訳にはいかないでしょう。そういう事をミーナ様は狙っているのでしょう。」

「その通りよ。私が敵の動きを止めている間に、何をすると思う。」

「もう始まっていますが、関所砦の再建と、敵が設置した3つの陣を利用しての新砦の建設、4つの村の住居地域を囲む防壁の建設をしています。本国から2万もの労働者を呼び寄せているので、3か月もあれば、大規模なものが完成するでしょう。」

「2万の数はどこで聞いたの。」

「フェレール国からの移住者を大募集した事は知っています。私は元ファルトンの住民ですから、町を通ってイシュア国に入った移住の民の数は良く知っています。どこにどれだけの移住者を送ったのも知っていますし、フェレール国では今移住が流行していますから。そのくらいの数は動くと思っています。」

「それだけで正確な数が分かるの?」

「食料の配分の数字を見ました。」

 ミーナは侵略地に2万人もの非戦闘員を投入しています。半数は建築作業が終われば、モーズリー高原に戻って、破壊された2つの町の再建と、もう1つの町を新設する予定です。残りの1万人は、ケールセットの町と4つの村で作る経済圏に、新居を建築して移住する計画です。

 この敵地への移住は人気があります。危険を理解した上で、この地を目指す民は、自らの土地を手に入れる要望を持っているだけでなく、温暖で豊かで魔獣の恐怖が無い土地に価値を見出していています。

フェレール国は北方の寒冷地の国で、南部の温暖な気候に憧れる人は少なくありません。しかし、フェレール国の南方にあたるイシュア国は、魔獣の住処がある国であり、恐怖感を抱く者も多く、移民を志すにもそれなりの覚悟が必要です。

今回の移民募集のかかったドミニオン南部は、魔獣のいない温暖地域であるため、フェレール国の住民からすれば、理想の楽園と言えます。

 そして、この侵略軍に移住者として参加する者達は、ミーナ宰相が、自分達の命を守ってくれると信じています。中には、ミーナに対する恩返しだと考えている者もいますが。

「この町の大切さを理解して、この地域全体を見渡す視野の広さがあり、軍を適切に動かす実力があるシモンに、この町の統括官と4つの村を含めた防衛軍の司令官に任命するから、後は頼むわよ。」

「了解しました。尽力します。それで、連れていくのはどちらの騎馬隊ですか?」

「黒の騎馬隊を連れて行くわ。」

 地方とも言えない一部を占領しただけでは、安定していない事を理解しているミーナは、敵が動けないうちに打てる手を打ち始めます。


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