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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
19歳から20歳への話
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68 高原の攻防

68 高原の攻防


モーズリー高原を奪われてから4か月後のイシュア歴391年2月、4000の兵を率いたミーナが、イシュア国側から高原地帯に突入します。高原への入り口にドミニオン軍の気配はなく、そのままモーズリーの街へと向かいます。

「ミーナ様、街は無人のようです。」

「どこかに伏兵を潜ませているわ。どれだけ隠れているかが問題だけど。第5騎士団はこのまま街へと入る。」

 青を基調とした革鎧と短い青マントで身を包んだ司令官は、馬を駆り、先頭のまま進軍を続けます。初戦で警戒している騎士達に対して、ミーナは1人だけ冷静に周囲の状況を見据えながら、舌打ちしたい気持ちをぐっと抑えます。

 突入準備ができてから3か月間も待機していたのは2つの理由があります。1つは今回の新造軍の調練をする必要があったからです。個々の部隊の訓練度は高くても、軍団としての練度は皆無です。それぞれの部隊を率いる人間同士が初対面という状況では、軍団がまともに機能しない可能性があります。これを改善するのに十分ではありませんが、3か月の時間は必要です。

 もう1つの理由は、ドミニオン軍が奪ったモーズリー高原に拠点を作るための時間を与える事です。ただ奪っただけの防衛施設のないモーズリー高原に、ベッカー伯爵が出てくることはあり得ませんが、拠点を作っての高原防衛をするのであれば、彼が陣頭指揮を執る可能性があります。彼が出てこなくても、ドミニオン軍が高原地帯に多くの兵力を投入すれば、初戦で敵に大打撃を与える事ができます。懲罰的な打撃をどこかで与えなければならないのだから、早めにノルマをクリアしておきたいと考えます。

「火が上がりました。」

「やっぱり、街ごと私達を焼くつもりなのね。」

「予定通りですね。」

 街の中央を走る石畳の大路を行軍する騎馬兵が細長く伸びています。建物内に隠れていた敵兵が攻撃を仕掛けてくるのであれば、それなりの兵力をここで削り取る事ができますが、敵方が火攻めで打撃を与える作戦を取るのであれば、潜んでいる敵兵は少ない上、火を放つと同時に逃げ出しているはずです。

「水の魔石で大量の水を流すから、すぐに町を通り抜けて、逃げ出している敵兵を追いかけます。」

 ミーナが下馬すると、腰の小袋に入れてある水色の魔石を取り出します。放水の能力を持った魔石を握りながら、膨大な水を放出する事を念じると、魔石から水が一気に放出されます。

 燃える街の中に水の道ができます。その水と共に騎馬兵が街を抜ける段階になっても、ドミニオン軍の直接攻撃はなく、ベッカー伯爵が決戦の地に選んだのは、モーズリー高原でない事が確定します。

関所砦を焼き払うのが目的で、モーズリー高原の内部を占領するつもりがなかったから、その準備をしておらず、思いがけないイシュア国の完全撤退を前にしても、図に乗って侵攻する選択をしなかった敵将を、ミーナは改めて強敵であると認識します。初戦は、モーズリーの街を奪還するも、街を焼かれてしまうという結果になり、戦果は皆無です。


「イーモースの街まで進軍します。敵兵を発見次第、即殲滅します。」

半焼したモーズリーの街を後続に任せて、ミーナ直属の第5騎士団は、高原のドミニオン側の出口にある街に向かいます。奥モーズリーと呼ばれていた街に、認識しやすい新名を与えたミーナは、5日の行軍予定を3日に短縮してイーモースの街に到着します。

徹底的に焼き払われた廃墟になっている街を見つめながら、ミーナは第5騎士団に野営の準備を命じます。

「ミーナ様、どういう事なんですかね。放棄するなら、モーズリーの街と同じように、我々を街に引き込んで火を放った方がいいのでは、と考えるんですが。ベッカー伯爵とやらの作戦なんですか?」

 第5騎士団の隊長であるワイト・パーチカルが馬を寄せながら質問をします。庶民の傭兵だった彼は、武力と軍才と野心に溢れていて、ミーナが新設した第5騎士団の団長に抜擢されます。

「ワイトはどう思うの?」

「分からないから、聞いているんです。」

「隊長なんだから、自分で考えないと成長しないわよ。」

「相談できない時は、自分で考えて、判断します。でも今は、ミーナ様から学んだ方が、早いし、より確かです。」

 ミーナは今回の出兵に、王都の近衛騎士団を4つとも加えていません。個々の武力では公爵家直属の騎士団に匹敵する戦闘力を持っていますが、侵攻作戦には適さない性質を持っています。彼らの思考の軸には国防があり、領土獲得とは真逆のものです。基本思想が侵略に適さない人間を率いて教育する余裕がない事を理解している宰相は、王都にいる騎士と傭兵達の中から、ドミニオン国で領土を手にして、爵位を得たいとの望みがある人間を集めています。

 爵位と領土を欲する者を募集した結果、800名の兵士が集まり、ミーナはその部隊に第5騎士団の名称を与えて、自らの直属軍にします。攻撃特性を持った欲望剥き出しの戦士達の中から、一番強く、それなりに賢いワイトを見出して、ミーナは第5騎士団団長の職と、騎士爵を与えます。

 優れているから抜擢したミーナですが、1番気に入っているのは向上心です。2番目に気に入っているのは狡賢さです。

「伯爵の作戦は、私達を怒らせる事よ。モーズリー高原から、ドミニオン国領土側に誘い出すつもりなのでしょう。」

「なる、ほど。モーズリーで火攻めしたけど、こちらの人的被害はゼロだったから、ここでの火攻めを捨てる代わりに、徹底的に街を焼いたって事か。」

「そうでしょうね。」

「という事は、関所砦を出た平地の所で、やつらは待ち受けていると。」

「細い街道を出た所に、弓矢での集中攻撃を繰り出せば、かなりの損害を与える事ができると考えて、そういう準備をしていると思った方がいいでしょうね。」

「伯爵は、嫌がらせが得意で、大好きなんでしょうね。」

「そうよ。やりにくいわね。」

「強敵ですか。」

「強敵よ。」

「もし、俺が討ち取ったら、男爵にしてもらえますか?」

「一騎打ちにはならないわよ。後方で策を練るタイプだろうから、前に出てくることはないはずよ。」

「だったら、誘い出して、討ち取ったら、大殊勲という事で、男爵は確実ですね。」

「男爵叙任は陛下の許可がいるから約束はできないけど、推薦はするわよ。男爵以上の大殊勲だもの。」

「それじゃあ、ミーナ様を嫁にしたいと言ったら、OKもらえますか?」

「・・・・・・ワイト、私の事好きなの?」

「それりゃ、誰だって好きでしょ。宰相で権力も持ち、類まれな美貌、20歳の若さ、好きにならない方がおかしい。」

「出陣前に、娼館に通い詰めるような30歳の男性はお断りよ。それに、約束してきた人がいるんでしょ。冗談でも、こういう話を私にしない方がいいわよ。第5騎士団団長の就任祝いで、彼女の身請けをしておいたから。すぐに教えようと思ったけど、彼女さんが、やる気をなくすかもしれないから、秘密にしておいてと言われていたのよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「とりあえず、その手の冗談だけは気分悪くなるから。2度としないように。」

「はい。分かりました。」

 小隊を放って、隠れた敵がいないかを捜索させますが、イーモースの街の周辺だけでなく、出口につながる街道にも敵兵は全く見当たりません。


「ドミニオン国は、モーズリー、イーモースの2つの街を焼いた。破壊しか望まぬ敵に土地を任せる事がどれだけ危険かは分かったと思う。これまでの歴史でも、奴等は高原に火を放ち、破壊の限りを尽くしてきた。今、奴等を高原から追い出したと言っても、その入り口に大軍を配置して、いつでも高原に攻め込める準備ができている。奴等は、ただ殺し破壊するだけの魔獣と変わらない。いや、悪意がある分、奴等は魔獣以下であり、獣でさえない。この大地に不要な存在である奴等を撃滅して、広大な平地から奴等を追い出して、私達の大地を手に入れる事が、今回の作戦の目的である。イシュア国の領域を広げ、人間が共に助け合い、支え合う、私達の生存領域を広げる事が、国家に忠を尽くすことになる。すでに、コンラッド陛下から、支度金を賜り、中には爵位叙任の栄誉を得た者もいる。だが、これで終わりではない。勝利をつかみ、大地を開放して、人間の住む領域を広げる功績を挙げた者は、さらなる栄誉、さらなる財を獲得する事ができる。今、イシュア国宰相ミーナ・ファロンはここに宣言する。ドミニオン国に存在する邪悪を討ち、光を取り戻すために戦う事を、皆と共に巨大な栄誉を手にするために戦い抜く事を。」

 侵略を正当化するために、敵を悪として貶めます。戦闘力を上げるために、部下の欲望を刺激します。戦場における残忍な行為を躊躇わなくてすむように、名誉ある行為である事を植え付けます。

 4000の咆哮でモーズリー高原地帯という檻を破壊したミーナ軍は、ドミニオン国への進撃を開始します。最初の目標を、ドミニオン国の知将ベッカー伯爵に設定した女宰相は、強い決意と共に進撃を開始します。


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