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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
19歳から20歳への話
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67 炎上

67 炎上


家族旅行が終わってから1年後のイシュア歴391年10月、宰相府の執務室に予想されていた悲報が到着します。

「使者はどこに?」

「第3控室で待機しています。」

「分かりました。すぐに会います。」

「宰相、どうされたのですか?」

黒い男性用の文官服姿のミーナに、メイド服姿のエリカティーナが声をかけます。姉の仕事の邪魔をしない事を心がけていても、話しかけなければならないほど、姉の表情が強張っていて、血の気を失っています。

「モーズリーの関所砦が落ちた。とにかく、詳細を聞かないと。」

 ドミニオン国が動くのであれば、ミーナが放っている諜報官がその情報を事前に送るようになっています。その情報が届いたと思って開封した書簡に、いきなり関所砦が炎上陥落と書いてあるのだから、驚くと同時に、信じられないという言葉にミーナでさえ支配されます。

「間違いないのね。」

「はい。炎上する砦から脱出する時に、この報を王都のミーナ様にお届けするように命を受けました。」

 軽装備の戦士姿の使者には疲労が見えていますが、必要な情報を伝えてもらってからでないと休息を命じる事はできません。

「陥落した経緯を。」

「はい。炎上する3日前に、関所にドミニオン国から逃げてきた流民50名が救助を求めてきました。」

「村の方で受け入れなかったの?」

「村の方では、今年の収穫について、多額の税を課せられていて、他の所からの流民を受け入れる余裕がなく。」

「分かったわ。砦の方で受け入れたのね。」

「ない、50名のうち15名が10歳以下の子供達で、まさか敵だとは思わず。」

「それで。」

「受け入れてから3日後に、徴収官を名乗る人間が、300名のドミニオン軍兵を率いて、門前まで来ました。今考えれば兵士なのですが、装備は軽装のもので、村から強制的に収穫を没収するための役人にしか見えませんでした。翌日、交渉するために、徴収官が2名の護衛と共に砦内に入った瞬間、流民たちが砦の方々で火を放ち、私達に襲い掛かりました。300人の兵士達も門を突破すると、占領を目指すのではなく、火を放ちました。消化が無理と判断した隊長が、撤退の軍鐘を打たせ、私に第一報を伝えるようにと命令したのです。」

第一報を確かめたミーナは、前回とは異なり、緊急出陣はしません。守るべき関所砦が残っているのであれば、駆け付けますが、現場の判断で撤退が選ばれた以上、急ぐ必要はありません。

ミーナはベッカー伯爵の軍才を評価していて、砦を奪取される事も想定していています。その場合の対応についても現地の指揮官に伝えてあります。最大の防壁である関所砦を突破された場合、モーズリーの街、奥モーズリーの街の2つを放棄して、高原から完全撤退する旨を命令しています。

翌日の第2報で、奥モーズリーの街からの撤退が始まった事が伝えられます。3日後の第3報では、ドミニオン軍が兵力2000で焼け落ちた関所砦に入った事と、奥モーズリーの街からの住民の避難が完了した事が伝わります。

続報の中には、関所砦では100名近い味方が炎に巻かれて死亡した事や、奥モーズリーの街で敵の強行偵察隊と交戦して、20名の負傷者を出して撤退した情報があります。イシュア国側の出入り口にあるモーズリーの街については、住民達が放棄するのではなく、防衛する事を主張したため、撤退が遅れる事案も発生しますが、住民への保証が用意されている事を伝えて、説得に成功します。結果として、住民に1人の犠牲者もない撤退が完了した事が王都に届けられます。


 第一報の2日後、コンラッド国王が緊急招集をかけての御前会議が開かれます。約2年前にドミニオン国への侵攻を否定した御前会議の時と同じメンバーが集まります。

「以上が現在までの情報です。関所砦の撤退を決めた防衛隊隊長は、2つの街からの撤退も指示するはずです。モーズリー高原は一時敵の手に落ちる事になります。ベリスを防衛拠点にして、防衛線を敷くことになります。」

 最高司令官であるアラン公爵が国王陛下への説明を済ませます。参加者全員が把握していますが、今一度現状を確認してから会議を始めます。

「宰相が危惧していたことが起こった訳だが。単なる防衛戦で終わらせるのか、ドミニオン国の侵攻まで進めるかを決めなければならない。まずは、宰相の意見を聞こう。」

国王からの指名を受けたミーナは、正面のアラン公爵をじっと見据えます。敬愛する叔父ではあるものの、今回の会議では引くことはできないと、決意を固めた上で話します。

「敵がどのように動くかによって、こちらの動きも変えなければなりませんが、ドミニオン国への侵攻はするべきだと考えます。」

 宰相ミーナの後に公爵アランが続きます。

「侵攻というが、ドミニオン全土を支配する訳ではあるまい。一部の領地を奪った場合、常に国境紛争を行わなければならなくなる。今回の戦いでは、関所砦の所まで押し戻す。その後、敵が決戦を望むのであれば、そこで敵に大打撃を与えて、モーズリーに侵攻する事は利益につながらないという事を理解させる。これが私の考えです。」

「公爵のお考え通りに戦を進めるのに反対はしませんが。敵がこちらとの決戦を避けた場合はどうするのですか?懲罰を与えるための決戦が実現しない場合、やつらは再び攻めてくることになります。敵を決戦の場に誘き出すためには、敵地深い所まで侵攻する必要があります。」

「決戦をしなければならないため、敵領内に踏み込むのは避けられない点は理解した。懲罰を与えるために、必要な事も分かるが。敵地を占領する事を前提とした侵攻には反対だ。」

「強力な打撃を与えるための軍事行動と、関所砦を再建して防衛を固めるというのが、公爵の考えで良いのですか?」

「そうだ。」

「叔父様。敵は私達のような個人の武力を持っている訳ではありませんが、戦う事の頭脳は優れています。関所砦に防衛線を引く事になれば、敵への打撃も限られてしまいます。敵の領土を奪って、そこに敵を誘い込む作戦を展開するべきです。現状維持にしてしまうと、今回と同じように、関所砦を奪われてしまいます。敵の頭脳は我々よりも上です。中御半端な戦いでは利益を得る事はできません。」

「敵が優秀である事は認める。だが、だからこそ、敵地を占領するのは難しいと考える。我々は、敵地に大軍を駐留させておくことはできないのだ。口惜しいが、防衛しやすいモーズリー高原で敵を食い止めて、敵が攻めてきたら、その都度対応するしかない。」

 公爵家の歴史には、モーズリー高原に攻め込んで来るドミニオン国との戦いが含まれています。敵国を滅ぼさない限り、根治治療にならない以上、対処療法を続けるしかありません。これはアラン公爵の考えであり、歴代公爵家の選択でもあります。

「叔父様。私は主導権を握る事が重要かと考えています。戦争における主導権とは、自由に戦場を定める事だと考えています。イシュア国は常に、砦を守るというメリットを手にしていましたが、戦場を選ぶことはできませんでした。防衛側の利点は良く分かっていますが、今回のように隙をつかれると、防御が難しくなります。これからは、戦地をこちら側で決める事ができる主導権を握るためにも、敵領の一部を占領するべきです。その占領地を交渉材料にする事もできます。

「主導権の大切さは理解しているが。敵の領地を奪い取れば、いずれ守らなければならなくなり、自由に戦場を選ぶ事はできなくなる。」

「私はドミニオン国の領土を奪っても、それを維持するつもりはありません。敵が領土を奪うために動いたら、それをエサにして敵を誘導して撃破する。状況によっては、戦わずに占領地を放棄する事も考えています。奪ったからこそ、放棄する事ができます。捨て駒として活用する事ができます。」

「奪った領地を取り返しに来る敵軍と決戦に及び、大打撃を与える事という事か。」

「今回は、少なくとも、そこまでやるつもりです。最終的に関所砦のラインに戻ってくるにしても、敵を吊り上げるまでは、占領地を広げるつもりです。敵に懲罰になる打撃を与える事ができれば、停戦条約を結ぶことも可能になるかと思います。」

 2年前の危惧が現実になっているため、ミーナの考えている積極攻勢の構想を無視する事はできません。宰相の意見の不備を突くことはできますが、より良い対案が出せない以上、ミーナは会議における主導権を握り続ける事ができます。

「私は宰相の意見に賛成です。」

「私も賛成です。」

今回の会議では、副宰相と宰相補佐は、ミーナの意見に賛成である事を表明します。第一報が届いた直後、ミーナは2人の兄を執務室に呼ぶと、2年前に決断していれば、犠牲者は出なかったし、砦を焼かれる事もなかった等々、2時間ほど説教をしています。兄達への甘えもあって、痛烈な批判を交えながらの説教は、後半になると反論の余地を与えない叱責になります。脇で見守っていたエリカティーナが助け舟を出す程の独演会になったため、御前会議でミーナに反対意見を述べる意思は2人には存在していません。

ファロン家の三宰相が1つにまとまっている状況では、公爵家の威厳も国王陛下の権威も通用するはずもなく、ミーナの侵攻を含めた戦争をするという意見は御前会議を通過します。

「コンラッド国王陛下。お願いがあります。」

「国家の方針に関わる事か。」

「はい。」

「では、言ってみなさい。」

「今回の軍事行動の指揮権を私に委ねていただきたいのです。本来ならば、アラン公爵が総司令官として出陣するべきだとは思いますが。今回の戦いでは、私の方が勝率は高いと断言できます。私は、この戦いのための準備を2年前から行っています。」

「アラン公爵、どう思う?」

「ミーナ宰相の方が私よりも柔軟な思考を持っています。ベッカー伯爵との戦いを想定するのであれば、宰相に軍事権を任せる方が良いと考えます。」

「宰相が最適であるとは私も思うが。公爵が宰相の指揮下に入るというのは問題があるように思う。」

「陛下。今回の戦では、アラン公爵は王都に残ってもらいます。宰相とは言え、軍事上、公爵の上につくのは、悪い前例になると思います。それに、公爵が王都に残っているという事は、相手を油断させる効果があるのか、警戒させる効果があるのかは分かりませんが、敵を乱す効果があるのは間違いありません。」

「分かった。異議がなければ、ミーナ宰相に、モーズリー防衛軍総司令官の任を、アラン公爵から与える事にする。軍編成を含めて、後はミーナ宰相に任せる。」

「畏まりました。陛下。イシュアに挑戦状を叩きつけた愚か者を誅伐致します。」

 次々に入ってくる続報に王都の貴族達は動揺しますが、ミーナは淡々と準備を整えながら、10月下旬の貴族会議においても、ドミニオン国侵攻の賛意を獲得します。さらに、王都を中心に、ドミニオン国の卑劣な侵攻作戦を非難する声が広がるように情報操作を行います。


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