65 大豊作
65 大豊作
8か月間の家族旅行は楽しい思い出作りが最大の目的ですが、宰相一族が訪問する以上、付属する目的が存在しています。移動宰相府と呼ばれるミーナが、各領地で権限を自由に行使しながら、ロイド、レイティア、エリカティーナと付随の文官達の支援も駆使します。
朝の軍事訓練の改善と強化、魔獣討伐に向けての訓練メニューの更新、産出する魔石の有効利用、町割りを含めた公的施設の建築計画、農地開拓と商品作物の増産指導、新規産業の提案と立ち上げ支援、領内の人材抜擢と騎士爵叙任、領地を発展させた領主の陞爵推薦、新世代を支える子供達への教育支援や王都留学への口利き、各種パーティや祭りの開催、貴族間婚姻の斡旋、結婚式の立会人、生きる事に関係するすべてにおいて、取り仕切る事ができる宰相は、国内の全てを強化更新します。
もちろん、王都で国家運営を取り仕切っている2人の兄が、安定した行政を維持しているからこその、強化成功ですが、この年の収穫が全国的に大豊作となると、ミーナ宰相はいつの間にか、豊穣の女神と呼ばれるようになります。
気候に大きな影響を受ける慶事が久しぶりに訪れた事は、ミーナ宰相の力だけではないとしても、このタイミングで発生したのは、ミーナ宰相の就任を神が祝ったからだという話がイシュア国内に流れます。
「王都に戻るのですね。」
「ええ。そろそろ戻っておかないと。」
モーズリー高原に近い位置にあるノースターの街を最後の訪問地にしたのは、高原に近いからではなく、この地が重要な部隊の根拠地となっているからです。ノースター軽騎士隊と命名された騎士団は、ノースター所属の魔獣の巣を管理しているだけでなく、南部の新開拓地に魔獣討伐兵士を供給もしています。平民たちが最も騎士爵を得やすい戦場が用意されている場所には、名を上げたい今は無名の強者が集います。
「もう少し、滞在して、私達を鍛えてくれませんか。」
「スコット、無理を言うな。」
「こんな機会はないのだ。頼んでみてもいいだろが。」
街の大広場で収穫祭を行っている中、ミーナは2人の男性に挟まれています。串焼き肉と果汁酒のカップを握りながら、会話をする様は、麗しい美女を口説くように見えますが、その雰囲気は全くありません。筋肉達磨のスコット28歳も細長身のパトリック24歳も、愛妻と三子を養っている大黒柱で、妻以外の美貌に惑わされるような事はありません。
「明日の昼にここを立つから、明日の朝の訓練は参加する事にするわ。」
「な、言ってみるもんだろう。」
「ミーナ様、ありがとうございます。」
「いずれ、力を貸してもらう事になるから。訓練ぐらい付き合うわ。」
「本当にドミニオン国が攻め込んで来るのですか?」
「パトリックは来ないと思う?」
「良く分かりません。」
「来るだろうよ。とりあえず、利益がありそうなら、隣に攻め込むって考えは、イシュア国以外の国では常識だぞ。」
「そうかもしれないが。モーズリーの関所砦を見た事があるが。簡単に落とせるものではない。」
「パトリックは来る可能性は低いと思っているのね。」
「はい。」
「今年はないけど、準備が整えば、来年には攻めてくるかもしれないわ。」
「来たら、武勲を立てる機会が増えるのだから、徹底的に潰して見せます。そのためにも明日の訓練をお願いします。」
ノースター軽騎士団の特殊性は、フェレール国出身の兵士が多い事です。フェレール国には魔獣の巣は、魔の森にある3つだけで、力自慢の戦士や傭兵たちにとっては充分な戦場がある国とは言えません。イシュア国には既知の魔獣の巣が90を超えていて、南東部の未開拓地にも巣がある事は確定しています。
自身の強さを誇ると同時に、魔石の経済的な価値を欲する人間には、かつては魔獣に支配された地獄と呼ばれていたイシュア国の方が魅力的です。以前から、戦地を求めて移住してきた戦士達は少なくありませんが、3年前からその数が急激に増えます。エリカティーナ誘拐事件から派生した北部盗賊団壊滅戦争の結果、フェレール国内での紛争は激減して、戦士達はその武技を披露する場がなくなってしまいます。
戦場を求めてイシュア国への移住者たちが年々増えてきます。そこで、ミーナはノースターの街へと彼らが集まるように誘導した上で、彼らを取りまとめる役を担う人材を、フェレール国から招きます。
スコット・バルモンドは子爵家の三男で、武勇に優れた一族としてフェレール国で名の売れている一家の人間です。重量級の攻撃力は、単身で魔獣を討伐できるほどに強く、ミノー公爵家所属ではない戦士の中で、一番魔獣を狩った戦士でもあります。
パトリック・ルーベルは、男爵家の長男ですが、双子の弟に家督を任せる事にして、ミーナの招待を受けた英才です。父はミノー公爵家の知恵袋と言われるジャック将軍で、当然ミーナとも面識があります。父ほどの頭脳は持っていませんが、公爵家の父以外の将軍たちに憧れていて、武においては父を遥かに超えていて、セーラ公爵夫人にも認められるほどです。経験を積ませたいと考えたセーラが、ミーナの要望を受けて、彼をイシュア国に送り込んでいます。
荷馬車に揺られて王都に戻る間、2人の娘は、両親に気を使って、別の馬車に乗り込みます。
「パパとママは仲良くやっているかな。」
「さすがに、話以外には何もしないと思うわよ。御者がいるし。」
「それでも、パパとママには仲良くしてもらいたいな。」
「仲良くはするとは思うけど。馬車の中はちょっと。・・・帰る道中では、2人は離れた宿に泊まってもらった方が良いかもね。」
水色のワンピース姿の女神の娘達は、しばらく両親の話をして道中を楽しみます。しかし、一通りの話が終わると、緑色の瞳に暗い何かを見せながら、姉に質問をします。
「姉様、ドミニオン国とは戦うの?」
「私の世代で決着したいと思っている。オズボーン公爵家の負担を減らしたいから。」
「私も一緒に連れて行ってくれる?」
「エリカは戦いたいの?」
「姉様の手伝いがしたい。」
一緒に居たいという気持ちを伝えられてしまうと、ミーナは拒否する事ができなくなります。来年13歳になる妹は、子供ながらも姉と同等の武力を持っています。戦場で役に立つか立たないかという基準に照らせば、妹は欠かせない戦力です。ファロン家の4人の子供が戦場に出るのであれば、エリカティーナは3人よりも優先順位が高くなります。国の重鎮ではないからです。
長男リースは文官系貴族の跡取りであるため、戦場に出る事を避けるべきです。次男バルドは法典作成者として、生きている限りイシュア国の行政に関わらなければならない存在であるため、戦場に出る事は許されません。長女ミーナが宰相の地位を維持する場合、文官の頂点に達する人間であるため、戦士としての活躍は控えるべきです。次女エリカティーナだけが、自由に戦場を駆け巡る事が許される立場にあると言えます。
「私の指示に従ってくれるのなら、エリカにも戦場に来てもらいたいわ、」
「うん、姉様の指示に従う。」
輝きに満ちた瞳に頷いたミーナは、妹に愛されている事をうれしく感じます。そして、切り札が一枚増える事を喜んでいる自分自身の存在も否定できません。
「試しに聞いておくけど。ドミニオン国はいつ頃攻めてくると思う。」
「来年の収穫の後だと思う。」
「悩みもせずに答えるのね。どうして、そう思うの?」
「姉様が準備を急いでいるから。」
「・・・・・・。」
ミーナは、侵攻作戦を却下された日から、一度攻められてからの反撃でドミニオン国へ侵略するという絵図面を描き始めます。構想は単純なもので、一瞬で完成しますが、その構想を実現するだけの武力を持つには、準備が必要となります。
国家プロジェクトとしては行動できないため、今回の旅行を利用して、各地でその準備をミーナは始めます。侵略に反対した人間がいない状態とは、ミーナの独断先行を止める人間がいない事を意味しています。ミーナからすれば、自由に行動できるのだから、そういう方向に自分が誘導するには決まっていて、ドミニオン国侵略反対組も、内心では賛成していると判断できます。
準備万端ではありませんが、種を撒き、苗を植える所までは実行済みです。傍目には、国内開発に尽力したようにしか見えませんが、ミーナと宰相の真意に気付いた人間の中では、戦争準備を前進させたと認識しています。
姉が大好きで、目を離さないエリカティーナには、1年後に備えているようにしか見えないため、1年後に戦いが起こるだろうと、姉が考えている事だけは確実に理解しています。その認識で、戦争開始の時間を問われれば、姉の能力を信じている妹が出す答えは決まっています。
それに、1年後であれば、種から生まれた草類も、苗を受けた木類も実をつけ始めるので、攻め込まれても十分に対応できます。そういった事を踏まえて、ミーナがドミニオン国のベッカー伯爵を挑発して、先制攻撃を仕掛けるように誘導する可能性も考えられます。エリカティーナにはそう見えます。
「私は1年後に戦争が起こってもいいように準備を進めてきたわ。それは、危険に備えるためには、できるだけ早い方がいいからであって、来年に戦いが起こるという確信がある訳ではないの。」
「確信できることはないけど、姉様がそう考えているから、そうなると思う。」
「エリカに信頼してもらえるのはとても嬉しいのだけど。もし、戦場に出る事があったら、離れた位置での私の指示よりも。その場での判断が正しい事があるから、私の指示があるからと言って、無理な作戦を遂行するようなことはしてはダメよ。」
「はい。分かっています。姉様に役立たずだって思われたくないから。臨機応変に戦えるように勉強しておきます。」
「そう思ってくれているのなら、少しは安心できるけど。エリカを連れていくとは約束したけど。立場上、それが許されない時もあるかもしれないから。その時は許してね。」
「え、一緒にというのは嘘・・・。」
「違うわよ。嘘なんかじゃないわ。ただ、王命には逆らえないから。」
「コンラッド陛下が、私と姉様の間を引き裂くというのであれば、きちんと抗議して撤回してもらうから、大丈夫です。」
最強のカードではあるが、自分に使いこなすことができるだろうかと思いながらも、ミーナは手の内に揃ったカードを見つめながら、来るべき日に備えています。




