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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
18歳成人への話
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 国境の街、最北の街、貿易都市、経済都市、様々な形容詞をつけられているファルトンは、故ミーナ・オズボーン第2公夫人の終焉の地でもあります。彼女の名前を襲名したミーナだけでなく、オズボーン公爵家にとっても大切な女性の墓地があります。

 先代ミーナは、前公爵夫人のエリスの侍女として公爵邸に入り、歴史上どん底と言われている時代の公爵家を支えます。歴史上の仮定に意味がないと言われますが、彼女の存在がなければ、公爵家が滅んでいたというのは、彼女の功績を知る人間の揺るぎない評価です。

 侍女として公爵家を支える中、前公爵ギルバードの精を受け止めた彼女は、身籠った事を隠せなくなるとの判断をして、公爵家を出奔します。精神が崩壊しかかっているエリスへの配慮があったからです。止むを得ない事情があったとは言え、自分が公爵の子を身ごもったと報告する事は絶対にできないとの判断が、その時になされます。

 この出奔については、正直に報告していたら、別の道が切り開かれたのではないという主張があります。それを完全に否定する事は当人たちにもできません。しかし、夫と侍女の関係を知らなかったからこそ、平静を取り戻した当時の公爵夫人エリスは、アランとエリックを出産する事になり、公爵家が盛り返す土台を作ります。

 先代ミーナと公爵家が再び交わる事はありませんが、彼女の遺児であるセーラが13歳の年に公爵家に第2公女として入ります。その時、先代ミーナにはハミルトン男爵家の後継者と第2公爵夫人の肩書が添えられます。

 この肩書は、一度は庶民に落ちた元男爵令嬢にとっては過分であると言われる事がありますが、公爵家の崩壊を防ぎ、その隆盛の土台を作った事を考えると、あまりにも小さい褒賞であると、2代目ミーナは考えています。

「ミーナお婆様、ありがとうございます。」

 ロイド、レイティア、ミーナ、エリカティーナは町の中央部にある小さな教会の敷地にある小さな個人墓地の前に跪くと両手を合わせて、小さな墓地に祈りと感謝を捧げます。すでに小さな花束が捧げられていますが、4人も小さな花束を捧げて、墓石に彩を与えています。

 公爵邸の肖像画だけでしか見た事はありませんが、生き写しと言われるセーラの姿を知っている4人は、この墓地の主を実在の存在として認識する事ができます。

「会ってみたかったね。姉様。」

「うん。会いたかったわ。私に名前をくれたお婆様だもの。」

 姉妹は言葉を交わしながら、両親がまだ祈りを捧げているのを見守ります。長い時間が必要なのは、2人が先代ミーナの功績を誰よりも深く理解しているからです。どん底を救ってくれたのはもちろんのこと、未来を切り開くための苗を方々に植えてくれたことを理解しているからです。

 セーラを生み育てた功績とは、公爵家に強大な戦力を与えた事だけではありません。庶民として育ったセーラが、公女という貴族階級の頂点で活動する事で、様々な改革を生み出します。公爵邸料理のランクを一段階上げた小さな変化もあれば、王都の学園の在り方、しいては貴族令嬢たちの人生を変えたような大きな変化もあります。

 セーラ自身の尽力でイシュア国とフェレール国の交流を深めた事は、先代ミーナの功績とは言えませんが、出奔した侍女がいなければ、何も始まっていません。今の二国の友好と隆盛の始まりに存在していていた女性の名を、娘につけた事で、その恩返しができれば良いと考える伯爵夫妻は、しばらく黙祷し続けます。


 国境の街ファルトンには巨大な関所が設けてあります。その城壁に上ったミーナは、眼下で繰り広げられる兵士達の訓練をじっと見つめます。あまり大きくない広場で200名の重装歩兵が陣を組んでの行軍を行っています。

「指揮官は、平民と聞きましたが。」

「あ、その、えっと、あの。フェレール国から流れてきた傭兵で。」

 水色のワンピース姿の宰相の隣に立っているのは、ファルトンの領主であるライオンズ伯爵の三男ベリスです。細身中背の軽騎士は、ファルトン防衛隊の副隊長で、今回の視察の案内役です。

 重装歩兵の訓練が見たいというミーナの要望に応えるべく、防衛隊隊長シモンが兵を動かしています。200の兵士の前で赤と青の小旗を振るいながら、自由自在に部隊を動かしている姿は見事の一言です。集団戦の経験が少ないイシュア国において、軍団として巧みに動かす訓練をここまで実行できるのは、ファルトンの防衛隊だけです。

 フェレール国との地域紛争を想定しているため、イシュア国基準ではなく、フェレール国基準で調練を行っているため、彼らの集団戦の技能が高いのは当然です。しかし、そういった環境だけでなく、指揮官が優れているからこそ、これだけ統率の取れた行動ができる事は、ミーナにも理解できます。

「ベリス副隊長。シモン隊長がフェレール国のシャルル伯爵家の一族である事は知っています。」

「あ、はあ、そうでしたか。」

「廃絶された伯爵家の名前が出ているという事は、直系の子孫という事ですよね。その辺は、どうなっていますか。」

「何かまずい事でもありますか?」

「そう言ってくるという事は、大将軍セルダン・シャルルの孫という事でいいのかしら。」

「あ、は、はい。本人からは、そう聞いています。仕事には忠実ですし、部下達には慕われています。」

「大丈夫です。彼に対して、何かをする事はありません。セーラ叔母様、フェリクス叔父様と戦ったというだけで、その孫に対して悪意を向けるようなことはしません。彼の方には。」

「ありません。シモンは、隊長は、ミノー公爵夫妻を尊敬しています。若い頃は、祖父を破ったお二人に対して、思う所があったそうですが。戦いが分かるようになり、戦後、お二人がどれだけフェレール国に尽くしているのかが理解できると、素晴らしい方々だと考えるようになったそうです。」

「分かりました。過去の事は過去の事として、私達の世代には影響がないという事で良いと思う。ただ、聞いておきたいのは、彼が爵位を取り戻したいのかや、出世をしたいのかについてです。」

「シャルルという家名を残したいとは言っていました。伯爵に戻れるとは思っていません。これは本人が言っていました。出世は望んでいるとは思いますが、功績を上げた結果だからとも言っています。父が騎士爵を授けようという話をした時には、功績がないという事で断りました。」

「ベリス副隊長は出世を望みますか?」

「三男なので、騎士爵を受けるだけの功績を上げたいとは思っています。」

「シモンに隊長を譲っているのはなぜですか?」

「シモンの方が優れているからです。個人の強さを誇るだけの職なら、領主の息子である事を利用して上に立ちたいとは思いますが。皆の命を預かる職については、能力が高い方が就くべきかと思います。」

「立派な心掛けですね。」

 この後、宰相推薦という形で、ミーナはこの2人に騎士爵を授けます。他にも、旅行中に出会った人々で、能力に見合った権限を手にしていない人間がいれば、宰相の権限を活用して、その人を抜擢していきます。父母を慰労する旅であると同時に、宰相による視察でもあります。


ライオンズ伯爵邸において、前宰相夫妻の慰労パーティーが開催されます。紺のドレスと紺の礼服に身を包んだレイティアとロイドの後に続いて入ります。緑のミーナと黄のエリカティーナは目を惹きます。最盛期と言える18歳の美女は、下品な妄想を駆り立てるような豊満な肉体を強調するドレスに包まれています。蕾ながらも絶世の美を継承する12歳の美少女は、同性も魅了する美しさと、異性に穏やかな安堵感を与える美しさを兼ね備えています。

顔立ちは似ている姉妹でありながら、与える印象が違うのは、ドレスの形によるものではなく、その中にいる人物の差です。

「今日は、パーティー開催への支援をありがとう。」

「お言葉、ありがとうございます。」

「堅苦しい言葉遣いはしなくていいわ。肩書は宰相だけど、18歳の娘であって、ハイザンさんのように人生の経験を積み重ねている訳ではないわ。」

 ファルトンに拠点を置くファミザ商会の当主ハイザンは、一家の資産規模で言えば、侯爵家の上位に位置しています。商店で働く従業員の数においては、村5つ分の人材を抱えています。ライオンズ伯爵領内に、従業員だけが住んでいる村が1つ存在していて、貴族ではないにも関わらず、一領主のような基盤を手にしています。

 フェレール国のミノー公爵領からイシュア国を縦断して、モーズリー高原に至るまでの大貿易街道の真ん中で、各方面への結節点になっている商会は、商圏の規模と影響力の大きさで言えば、イシュア国一番の大商会です。

「分かりました。お言葉に甘えまして、商人としての口調で、話をさせていただきます。」

「そうしてくれると、私も疲れなくて済むわ。今日の会に、商人の一部を招いてもらったのは、2代目ハイザンに、初代ハイザンの事を聞きたいからなの。」

「先代とお知り合いなのですか?」

「いいえ、会ったことはないわ。ただ、先代ミーナ様と仲が良かったと聞いたことがあるから。少しでも話が聞けないかなと思っているの。」

 ファミザ商会の先代ハイザンは、セーラを身籠った先代ミーナの弟子と言える人物です。農家に生まれても、長男ではないため、農地を継承できない彼は、先代ミーナに物資の輸送を依頼された事から商人の道を歩み始めます。

オズボーン公爵家の嫁になるエリスより2歳上の先代ミーナは、妹のように愛おしいエリスを学習面で支援するために、公爵夫人と同様レベルの知識を身につけます。それは、イシュア国全ての知識を習得するのに等しいものです。彼女がファルトンの街に着いた時、街を見回る中で、どのような施策でこの街を豊かにするべきかが分かっていたと言われています。

その宰相の知識を持った女性のアドバイスを忠実に守った事で財を成した先代ハイザンは、部下達とイシュア国を豊かにするという目標を掲げて、商人の道を全力で駆け抜けます。

「先代は、ミーナお婆様に結婚を申し込んだの?」

「これは内緒にしてくれと言われているのですが。宰相には伝えておいても良いかと。もちろん、断られた訳ですが。」

「そうよね。セーラ叔母様と同じ容姿なのだから、ミーナお婆様がもてるのは当然よね。この街で、娘だけがいて、夫が誰かは分からない身の上なら、魔獣狩りで夫を失った女性だと思われるのが普通なのだから。他にも・・・。」

「他にもあっただろうとも思いますが、私が聞いたのは先代の話だけです。しかも、かなりの年になってから教えてもらいました。セーラ様の事もあり、噂であっても、そういう話が出ないようにしていたのだと思います。」

 セーラが13歳から公爵家に入った時、庶民の出という事で多くの噂が王都に流されています。フェレール国の第3王子の婚約者になり、ミノー公爵夫人になった今となっては、笑い話の1つになっていますが、当時は王族を巻き込んだ騒動の中にいて、様々な噂はセーラを苦しめています。その中に、セーラの実母を愛した男性がファルトンの街にして、大商人になっているという話が出回れば、セーラ自身の出生に疑義を唱える者たちに利用されたのは間違いありません。

「そうね、こういう話は聞かない方が良いのかもしれないわね。それでも、私に話をしてくれるというのは、私達が2代目だからという事なの?」

「はい。広めたくない話であっても、知っておいて欲しい人はいるかと思いまして。」

 身の回りの事は何でも、自分の力だけ処理してきたミーナにとって、歴史の流れを感じさせるこう言った話は戒めになります。イシュア国において、絶大な権限を振るう事ができるのは、宰相という立場があるからですが、実際に国を動かすのは国民達であって、ミーナ1人の力では国は動きません。また、今の大きな力を作るために、先人たちの積み重ねがあった事もミーナは忘れてはいけないと自身を強く戒めます。

 積み重ねられた力を使う事ができる責任を背負う事には楽しさがある事を知っているだけに、その重さを忘れない意識を持ち続けたいと、イシュア国の宰相は考えます。


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