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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
18歳成人への話
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62 旅行

62 旅行


ミーナ・ファランが宰相の座を望んだのは、父ロイドを仕事から解放したいからです。そして、母レイティアと一緒に楽しい時間を過ごしてもらいたかったから、様々な計画を立てています。しかし、ベッカー伯爵の攻撃によって、戦地に向かわなければならなかったミーナは、計画を延期しています。

侵攻作戦が認可されれば、再び父にも仕事を頼まなければならないと考えていたミーナは、父母と過ごす時間を与えられたと考え直して、イシュア歴390年2月に、父母と妹と一緒に国内を旅する事にします。優秀な2人の兄達は自身の家庭と宰相府の仕事のため参加できませんが、父母と2人の妹を笑顔で送り出します。

ファロン邸からの付き人10人、護衛部隊15人、文官5人、御者20人、総勢50名と20台の幌馬車、55頭の馬という大商団並みの一行が王都を旅立ちます。


「パパ、私とエリカは別の馬車に乗った方がいい?」

「ん、1台に4人乗っていると足が遅くなるのか?」

 正面に並んで座る父と母が笑顔でいる事は、ミーナに至上の幸福感を与えてくれますが、自分の幸せと他人の幸せが全く違う事も知っています。親子だから似ている所もありますが、別人です。母と妹の姿形はそっくりですが、髪の色と瞳の色は異なります。性格は全くの別人で、月の輝きを放つ母に対して、太陽の輝きを放つのが銀髪の娘です。偏った能力を持っている母に比べて、万能と言える能力を持っているのが緑目の娘です。

「荷物を満載している馬車の方が足は遅いから、4人で乗っていても大丈夫だけど。」

「何か、2人で相談したい事でもあるのか?」

「パパ、そうじゃなくて、姉様は、2人だけでイチャイチャできる時間が欲しくないのかって、聞いているの。」

「な、何を言うんだ。」

「パパとママの時間を作るための旅なんだから。」

 ニコニコしながら12歳の娘が過激な事を言いそうな予感に襲われた母は会話に参入します。

「きちんと楽しんでいるから、心配しなくてもいいわ。町では同じ部屋になれるから。それに、馬車で二人きりになると言っても、御者はいるのだから。」

「ママは、声を出すタイ。」

「エリカ!そこまでにしておいて、そういう事ははっきり言わないの。パパとママがやりにくくなるでしょ。」

「はい。姉様。」

 ロイドもレイティアも、子供達にそういった2人を見せた事はありませんが、寝室から漏れてくる声は聴かれています。子供達は父母の仲の良い証程度にしか考えていませんが、父母である2人には気恥ずかしさはあります。それでも、愛し合っている2人は、40歳と41歳になった今でも、子作りはしませんが、営みは定期的に行っています。

 夫が浮気をしないように処理するという名目で、レイティアはそれを求めています。肌の張りが全盛期より衰えていると言っても、美貌が減退した訳でなく、毎日の訓練で鍛えられている肉体も醜くなっている所はありません。

 旅があってもなくても、2人の思いは何も変わりませんが、ゆっくりと進む時間の中で、お互いの気持ちを確かめ合い、子供達の孝行を実感できたことは、大きな喜びになります。


 旅先の多くが、魔獣の巣が近い町になります。特に、15年前に母レイティアと共に中の巣で戦った戦士達が住んでいる町は外すことはありません。歴代初の中の巣に入って全員が生き残った伝説の戦士達は、戦いの全てをレイティアとセーラに委ねたという非難を受ける事があります。ですが、あの戦場にいたレイティアにとっては、頼もしい戦友達です。

 確かに、レイティアとセーラ、亡きエリスの3人だけが中の魔獣と戦ったから、犠牲者ゼロの結末を迎える事ができましたが、共に訓練をして、人盾として機能できるだけの強さを持った戦士達が後ろで控えているから、3人は安心して呼吸を整えることができ、無茶と言える連携技を躊躇なく繰り出すことができます。

 戦わなくても、後ろに控えている事が武功であるという評価の正当性を理解しているのは、3人だけであり、それに近い評価を下すことができるのは、オズボーン公爵一族だけです。

 戦友のいる街に滞在する間、新世代を構成するミーナとエリカティーナと、懐かしき戦友の姿を喜ぶレイティアの3人は、街の戦士達に稽古を付けます。

「武器は剣でも槍でも同じよ。重心を考えて、自分と武器を合わせた軸を意識して行動する事が大切。自分の軸を崩さないように、そう、攻撃を受けるのか、避けるのかの判断は、軸を崩さない、もしくは、すぐに立て直すことができるかで判断するのよ。」

 40歳を超えた女性が放つ美しさに圧倒されていた戦士達は、茶色と赤黒い軽装と双剣を装備した強さにも圧倒されます。自分たちの師である伝説の生存者がいつも言っている、上には上がいるという事を実感するだけでなく、毎日の指導が適切である事も実感します。

 世界最強の一角を未だに守っている美の戦士の教えは、我が師の教えと全く同じである事に感動します。もちろん、実戦における精度と強度は遥かに上ですが、その内容は寸分の狂いもなく、同じものです。

「ママ、皆、かなり強いと思うけど。それ以上を求めるの?」

「エリカ、未だ限界に達していないわ。軸の大切さを指導されているはずなのに、その事を十分に理解していないわ。」

 エリカティーナ嬢と伯爵夫人の言葉を聞いて反省する若き戦士達は少なくありません。次世代の若者たちは、大人たちから知識を学びながら、その大人たちを乗り越えていきます。若さを失うと同時に、実力が下降線を辿っている前世代の戦士達の役割は、若者たちの壁として乗り越えられる事もあります。

だから、時に勘違いした若者たちが、知識を授けてくれた者達は、老人と呼び、時には嘲りの対象に入れる事もあります。この街において最強だった戦士への敬意を全く失っている訳ではありませんが、減少させている若者も少なくありません。

3女傑の陰に隠れて生き延びた老人という認識を持っている若者たちにとって、3女傑の1人であるレイティアの稽古を受ける事は喜び以外の何物でもなく、本当の勇者に鍛えられることに心酔します。

しかし、この女傑が指導で使う言葉と内容は、自分たちの老師と同じものであり、すでに自分達が学んでいたものです。侮りの気持ちと一緒に流してしまった数々の教えをの重要性を理解すると同時に、自分達の愚かさを後悔した若者たちは、レイティアによる僅かな指導ではなく、中の巣で魔獣と戦わなかった英雄の教えによって実力を伸ばすようになります。

ミーナは若者たちの変化に満足しながら、3女傑の盾として公爵家の忠誠を誓った先人たちに感謝しています。ミーナは先人である彼らの価値を良く知っています。生き残った彼らは、生き残った事によって大きな利益をイシュア国に与えています。

それは、公爵家の盾役になるために身につけた技能を、そっくりそのまま次世代に継承させる事ができるからです。過去の暗闇の暴走では、多くの強戦士が命を散らしています。それはその世代の戦力が失われただけでなく、次世代を指導する人間を失った事と同義です。

公爵家で、公爵家一族と共に訓練を受けた盾達の実力と知識は、剣役の公爵家の面々からは3歩ほど劣っていますが、近衛騎士団よりも2歩ほど優れています。その優れた戦士達が丸ごと生き残ったのが前世代であり、ミーナ達は彼らの恩恵を受ける世代です。

375年10月の戦いで、彼らは全てが生存して、その強さと指導を次の世代に直接伝える事ができます。個別の強さに強弱はあっても、あの時生存した突入者150名は、国内トップ200以内の戦士であり、公爵家直伝の戦闘術を身に着けた戦士でもあります。彼ら全員が生き残った事で、イシュア国の個の武力の質は5割増しになったと言われます。来るべき決戦に向けて、15年前よりも強固な基盤の中で育ってくる戦士達と一緒に戦えることを、ミーナは幸福であると感じています。


 ミーナがこの旅に文官を同行させた目的は、宰相府の仕事の一部をこなす為ではなく、宰相として訪問先で様々な行政措置を行うためです。特に、軍制改革を進める事に、ミーナは旅行先で出会った戦士達を見極めて、適性がある戦士には、王都の公爵家で訓練を受ける事ができるように手配します。

 地方から中央に人材を集める事は、地方の弱体化につながります。強い戦士を欲する中央が抜き取るのは、強力なカードであるため、それを補うための措置が必要になります。ミーナは宰相らしく、穴埋めとして経済的な発展を提供します。魔獣の巣から産出される魔石で経済を回している小さな領地の場合、通常の経済システムが機能していない場所が少なくありません。魔石だけで十分な利益を得ていたため、テコ入れの対象外になっていた地域もあり、ミーナはそう言ったところを中心に、現場指導を行います。

気候に適した商品作物を育てて、周辺の街と共同で特産品と言える目玉商品を作る仕組みをミーナ達は構築していきます。

「開発を奨励してきたが、まだまだ発展の余地があるのだな。」

「パパは、ママとエリカと一緒に街を回って見ればいいのに。」

「前宰相としての責任かな。」

 領主館の一室を事務室に変えて、ミーナは父ロイドと書類作業を処理しています。慣れた手つきで文章を書きながら、2人は別の内容の会話をする事ができます。

「パパは充分に国を発展させたわ。各領地が連携して何かをするなんて、20年前は考えられなかったもの。こうやって、道筋を作れば、すぐに動き出せるようになったのは、パパのおかげだよ。」

「そうかもしれないが、こうやって処理できる事もあるんだ。もっと。」

「パパ、今の状況になったから、書類で指示を出せば動けるようになったの。パパが土台を作ってくれたから、今、こうやって動くことができるの。私が宰相になれて、こうやって旅ができるのも、パパがいたからよ。」

「宰相府が安定して、旅行に来ても問題がないのは、リースとバルドのおかげだ。」

「もちろん、2人の兄様のおかげだけど。その2人が生まれたのは、パパが頑張ったからでしょ。私が生まれたのも。」

 旅に来てから特に、この手の話題を振ってくる娘達の意図は分かるから、ロイドは受け流すことにしています。妻との子作りは無理でも、愛情を深める行為は続けていて、それが一般的な夫婦の営みからは、過激なものである事も自覚しています。今思えば、夫婦の寝室の中であっても、ああいう嬌声を上げていれば、幼い子供達が何度かその声を聴いた事があるのは間違いありません。そして、子供達が変な方向に興味を向けたとしても、それを諫める事ができないと、ようやくロイドは諦めの境地に達します。

「そうだな。パパが頑張ったからだな。」

「え、うん。そうだよね。うん。」

肯定するとは思っていなかったミーナが戸惑っている隙をロイドが突きます。

「ミーナは結婚をどう考えているんだ。好きにしてくれて構わないが、ミーナが産む孫も見たい。もちろん、バルドの子も、エリカティーナの子も。」

「リース兄様とキャミーの子のカインがいるわ。」

「カインも可愛いが。ミーナの子も見てみたい。それが正直な気持ちだ。」

「その結婚は・・・。」

「無理にして欲しい訳ではない。ただ、結婚して子をなしてくれれば、それはそれで嬉しいという事を覚えておいてくれればいい。正直な所、同年代の結婚の仲立ちをたくさんしたから、まるで恋の天使のようだと言われる事があるのだが。私自身、物心がついた時から、レイティアの婚約者で、初恋と言えるのかすら分からないが、初めから好きな女の子はレイティアだった。だから、恋を実らせるプロでも何でもないんだ。学園内の情報を収集して、好き合っていたり、少しでも気になっている相手を知っていたから、その気持ちを後押ししただけなんだ。」

「だから、パパは、私が少しでも気になる相手が居たら、結婚の手助けはできるけど、そういう気持ちがない段階では、手助けはできないと言いたいのね。」

「そういう事だ。ただ、少しでも気になる相手ができたら、ミーナは突き進むだろう。」

「誰かに恋をしたことがない訳じゃないけど。突き進む事はないと思う。」

「まあ、突き進んでも構わないが、気になる人がいたら、教えては欲しいな。」

「うん。そうする。で、パパ。ここの空き地というか、林を切り開いても問題ないと思う?」

年頃の娘がこの旅で愛する人を見つけるのは無理でも、気になる人物と出会って欲しいと考えながら、ロイドは旅を楽しみます。


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