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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
18歳成人への話
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61 計画

61 計画


 凱旋祝典から1か月、王都もイシュア国も落ち着きを取り戻します。翌月の新年祝賀パーティーの準備に動いている中、宰相ミーナは御前会議を申請します。議題は言うまでもなく、モーズリー高原及び関所砦の防衛方針についてです。

 大会議室の上座席に国王コンラッドが向かうと、列席している宰相ミーナ、副宰相リース、宰相補佐バルドが立ち上がります。王の右手側に並ぶファロン家の3兄妹は、宰相府の文官トップとして会議に参加します。その向かい側にいる武官は、アラン公爵、ジルベッッド公子、メル公女、近衛騎士総団長トーマス・ベルンの4名です。4人とも先の防衛線に参加していて、今回の議題に欠かすことができない武人です。

 コンラッドが威厳を見せながら着席すると、文官と武官も着席します。

「今日は、ミーナ宰相からの提案を議する場だ。ミーナ宰相頼む。」

「はい。今日は貴族会議に提案する前に、国王陛下、武官と文官を代表する皆様の賛同を得たいと考えて、この場を設けて頂きました。提案の内容は、ドミニオン国への侵攻についてです。先の戦いで。」

「待て。言葉の途中で申し訳ないが。宰相は今、ドミニオン国への侵攻と言ったように聞こえたが。私の聞き間違いか。」

「公爵様。ドミニオン国への侵攻と申しました。」

「攻め込んでいって、領土を奪うという事か。」

「はい。全土を支配するまでには長期的な。」

「2人とも待て!貴族会議の議題に上げる前に、この場で、このメンバーで話し合わなければならない提案である事が分かった。この場だけは、堅苦しい物言いは不要だ。礼を失するような言葉も咎めはしない。ただ、話し合いである事を忘れるな。まずは、ミーナの意見を聞こう。」

 宰相ミーナの提案を一言で表現すると、ドミニオン国からの攻撃を防ぐためには、属国化する事が最善で、そのために侵攻するべきという事になります。


「ミーナ、関所砦を強化してある。前面に堀を設置して、城壁も高くした。収容人数も常時1000名に増やした。現時点でも、1000名を常駐させていて、モーズリー高原の方にも1000名の戦士が生活できるようになっている。」

「それでは、防備が十分とは言えません。前回の戦いでは、敵は8000の兵を集めています。傭兵や農民兵を参集すれば、南部地域だけでも3万を動員できます。それらが一斉に攻撃をすれば、2000名の兵士がいても、いずれ関所を抜かれます。」

「いや、あの地形に、あの城壁と堀を設置した事で、敵の一斉攻撃と言っても、城壁で十分に追い返すことができる。」

「一斉攻撃ではなく、連続攻撃されれば、いずれ関所は抜かれます。消耗戦に持ち込まれるといずれ抜かれます。もちろん、我が軍も増援を送りますが、我が軍に犠牲者が多くなると、暗闇の暴走で魔獣に対処できなくなってしまいます。」

「こちらから攻撃を仕掛けて、その戦いで犠牲が出ても同じだ。攻撃よりも防御の方が易く、犠牲者は少なくなる。」

「いいえ、叔父様、それは違います。攻撃側に回れば、主導権を手にできます。犠牲を少なくする策も取れます。いざという時には撤退もしやすくなります。」

「ドミニオン国のようにか。」

「そうです。この間の戦いでは、防御にこだわるあまり、受動的になりました。その結果、敵のいいように利用されました。敵を追い返したと言っても、敵兵8000は健在で、再び攻めてくるかもしれないという不安の種も残ったままです。我が国はそれに対応するための費用も捻出しなければなりません。直接武器を交える事だけが戦いではありません。」

 危険に備える事は国防を預かる人間としての常識です。ですが、危険そのものを排除する事が、国防につながるかどうかは、判断が必要になります。

「ミーナ様。アラン様。お二人の意見は間違っているのではなく、状況によって、相手によって変わると思います。そして、相手、今回の当面の敵はベッカー伯爵になる訳ですが、彼に勝つ方法があるのですか。勝算がないのであれば、防御に徹する事がよいと思います。」

 近衛騎士団総団長である33歳のトーマス伯爵は、武勇と忠義に優れた戦士であり、軍の指揮官でもあります。コンラッドの世代でも若い方の彼は、進化した学園の中で学び、成長した麒麟児です。オズボーン公爵の血筋以外であれば、当代随一の騎士と評される人物です。

 アランとミーナが文武の両頭と言われる事が多い中、両頭の2人は特に彼の名を入れて、三頭体制であると断言する程に優れています。

「敵がどう動くかによって詳細は変わりますが。基本の戦い方は決まっています。まず、前回の攻撃に対する報復を名分として、ドミニオン国に宣戦布告します。敵は、こちらの動きを伺う事になります。主導権を握る事ができたら、情報戦を仕掛けます。ドミニオン国の南部地域は、北側に穀物を奪われた経験があります。そこを煽って、味方に誘い込みます。簡単には取り込むことは無理でも、南部の動きが鈍くなるのは間違いありません。1年ぐらいかけて、敵を揺さぶった後に、10000の大軍で侵攻を開始します。」

「待ってください。ミーナ様、その作戦で勝算があるとは思えません。ドミニオン国の国王は北部地域の支配者であると聞いています。国王親征軍が参戦してきた場合、10000でも足りないのでは。」

「そういった事態にも備えておくべきですが、実際に動き出してみないと分からないのが現実です。大切なのは、主導権を維持する事です。」

「より大きな敵軍が攻めてきたら、どうやって主導権を維持するのですか。」

「敵が大兵力で迎え撃つなら、決戦を避けて、逃げ回ります。敵はこちらを捕らえるために、兵を分散することになります。分散しなければ、永遠に逃げ回って、食糧不足に陥らせることができます。分散すれば、手薄になった所を攻撃して、すぐに戦場を離れる。これを繰り返せば勝てます。」

「そのような動きができるのですか。我が国でも、集団戦の演習をする事がありますが。いずれも1000以下の人数での演習です。近衛騎士団であっても、大規模の兵士を縦横無尽に動かすことはできません。」

「無論、今までの訓練では無理です。だから、訓練そのものを変えて、今から準備をするのです。先の話になりますが、南部で小競り合いを繰り返しながら、情報戦を仕掛けて敵を分裂させて、調略によって可能な限り味方に引き込みます。ドミニオン国は、長く争いを行っています。隣接する貴族同士で戦争しなかった例はないぐらいです。分裂させる事はできます。それに、南部地域は、モーズリー高原の水源を頼りに農作物を作っています。彼らを取り込むことは難しくありません。」

「それは、味方にならなければ、水を断つと脅すという事ですか。」

「そういう事も必要があれば実施します。」

「戦争をするのです。卑怯などとは思いませんが、そのような事をすれば、南部の住民から恨みを買います、侵略して支配した時、南部を統治する事ができなくなります。」

「完全に水を止めて、飢えさせればそうなるでしょう。しかし、交渉に持ち出すだけで、水を完全に止めるようなことはしません。そもそもできません。」

「双方、待て。それ以上は、仮定に仮定を重ねるような話にしかならない。ミーナ、この会議に準備したものがあるだろう。それをここで見せなさい。それを受けて、各人の意見を聞こう。」

 宰相府は、今後5年間の仮予算と余剰物資の予定量、各地からの招集可能な人数とそこから導かれる推定兵力を提示します。兵力10000が仮定の話ではなく、実際に集めうる兵力である事を証明できたのは、平民の戸籍を作り始めた宰相府の功績であり、ミーナがこの作戦を提案する根拠になります。


「私は侵攻には反対です。ドミニオン全土を治めるには何度も戦わなければなりません。時間もかかります。当然、犠牲者も増えます。限界に達すれば、領内の魔獣の巣の兵力を減らすか、撤退しなければなりません。国家鎮守のオズボーン公爵家当主として、魔獣の巣を疎かにしかねない計画には反対です。もちろん、ドミニオン国が仕掛けてくる可能性が高いのは理解しています。軍の編成と訓練内容を変更する事には賛成です。」

 侵攻だけではなく、統治の問題を考えると、魔獣から国を守る事を至上命題としている公爵がミーナの意見に賛成できるはずがありません。

 コンラッドは2番手にリース副宰相を指名します。

「侵攻には反対です。南西部の未開拓地の開発に加えて、発展途上地域の開発にも人材は必要です。兵力10000を投入するだけの余裕がありますが、逆に言うとこれ以上の兵力を投入すると、イシュア国内の開発に支障をきたします。そして、その数を未開拓地へ回せば、我が国の成長は著しいものになります。内政を預かる者として、メリットよりもデメリットの方が多いと考えます。それに、長期の出兵では、兵士達がどれだけ不満を持つのかが分かりません。」

 宰相の意見を真っ向から否定する副宰相に驚きますが、コンラッド王は宰相補佐の反対意見にも驚きます。

「反対です。内政開発が停滞する問題もありますが、法典に基づいた行政に慣れるまで半年は必要です。そして、それでようやく一巡した事で、細部の調整をしなければなりません。それにはさらに1年の時間を要します。約2年間は、法典の定着と内政開発に専念するべきです。」

行政に関しては、ミーナと二人三脚で改革を進めてきたバルドも反対です。妹は2人の兄達が反対するだろうことは事前に言われていて、驚くことはありませんが、これで国王が賛成には回らないと理解します。

「騎士団としては、侵攻そのものには反対です。しかし、モーズリー高原を守るためには、ドミニオン国内での戦闘をしなければならない日が来ると考えます。早急に訓練内容を変えて、部隊を指揮できる騎士を育てます。」

「次期公爵として意見を言うのであれば、ドモニオン国への侵略は反対です。長期に渡る遠征に公爵家として加わる事ができません。私も含めて、中の巣や大の巣で戦う事になる戦士には、対魔獣の訓練こそが大切です。その訓練を減らすことはできません。歴代の公爵の中には、モーズリー高原での戦いで無敵の強さを示していますが、それは狭い地域で、個人の武力が有効活用できたからです。今回のように広い戦場では、圧倒的な個人の武力があっても勝利をつかむことができない方が多いと思います。」

公爵アランも公子ジルベッドも、今回の戦いでは個人の武を示す機会は全くありません。平坦な大地という戦場で、軍略を駆使できる知恵があれば、一騎当千の武将の力を封じ込める事は可能です。

「私はミーナ宰相の意見に賛成です。ベッカー伯爵は強敵です。我が軍が何もしなければ、準備を整えて、攻撃を仕掛けてくると思います。後手に回っては被害が多くなると思います。先手を取って侵攻して、領土を奪わないまでも、伯爵は倒しておくべきです。一度武威を示すことで、その先の戦いを減らすことができます。」

 公女メルの賛意を得たものの、会議の上でも、国王の判断としても、侵攻作戦は却下されます。ただ、次なる攻撃に対応できるようにするために、集団戦の訓練を取り入れて、軍の編成を変える事には全員が賛成します。


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