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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
18歳成人への話
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60 凱旋

60 凱旋


ベッカー伯爵軍の撤退から2か月後、アラン公爵とミーナ宰相は王都へと帰還します。出陣兵が無傷で帰還し、敵を撤退させた功績を上げた2人も、家族を悲しませる事なく戻ってきた兵士達も、英雄として迎えられます。

王都全体での祝勝会に続いて、王宮では陞爵の儀式を行います。行政の長である宰相ミーナが、国王陛下の側で儀式を補佐します。灰色の文官服は華やかさの欠片もありません。しかし、金髪の輝きを振り撒く美しい顔立ちの若い女性が周囲に発する輝かしさは、儀式に大きな花を添えます。国王陛下に直接声をかけられた事より、宰相に間近で笑顔を向けてもらった事が、騎士の誉れであると言われるぐらいに、ミーナは騎士達から絶大な支持を得ます。

敵軍の意図が分からない兵士達には、ミーナ宰相が軍略に優れた傑物にしか見えません。一早く戦場に到着したミーナは、情報を集めて、遠距離戦の戦場を作り出して、一方的な攻撃を成功させます。関所砦の戦いでも、その威厳によって敵に攻撃をさせずに撤退に追い込んでいます。そして、2か月間の滞在中に、さらに防衛力を高めるための増築を支持するなどで、宰相らしい行政手腕も披露します。

その上、国の予備予算を空にしての、褒賞の大盤振る舞いをしたのだから、未熟な若き女性は、親の七光りを得て、2人の兄に仕事を押し付けて、頂上にいるだけの我儘娘であるとの風評は消えます。

名宰相ロイドの娘、最強の美戦士レイティアの娘、オズボーン公爵家の血を誰よりも濃く引き継いだ女傑、女公爵アンシェリアの生まれ変わりと絶賛する声を聴きながら、ミーナは夜遅くに自宅へと戻ります。


「お姉様、お帰りなさい。」

「ただいま。お父様とお母様、お兄様達は、祝勝会のパーティーに残ってくれているわ。」

「そちらの方が、ドミニオン国王弟殿下リヒャルト・フォン・アイヒベルガー様ですね。」

 玄関前の馬車から降りてきた少年をうす暗い中、エリカティーナは最大級の笑顔で迎えます。10歳の赤髪青目の少年は顔立ちが整っていて、貴公子らしいと言われれば、納得できますが、覇気のようなものは全くありません。だからと言って、子供らしい愛らしさを見せる事もなく、ただ、そこに立っているだけの無価値な存在に宰相の妹には見えます。

異国の捕虜になっているのであれば、仕方がないとも思いますが、エリカティーナはこの捕虜をファロン伯爵邸で預かる事が許せません。この地は、ファロン家の、エリカティーナの聖地であり、誰かを招待する事は認めても、住まわせる事は認められません。

「初めまして、エリカティーナ様。リヒャルトです。」

 頭の下げ方は礼儀に適っている点は認めても、この少年は嫌味が伝わっていない事に、エリカは苛立ちます。もちろん、姉の前であるため、3代目の美の女神を継承する11歳の美少女は、その容姿を崩すようなことはしません。

 ドミニオン国では、爵位を持つ貴族達には、名と性の間にフォンをつける事になっています。そのフォンを与える側の王族には、フォンを付けない事になっています。王族に対して、フォンを付けて呼ぶことは、その地位を認めないと暗に言っている事になり、最大級の侮辱です。

「エリカ、王弟殿下にフォンを付けるのは、ドミニオン国では無礼になるのよ。」

「失礼しました。王弟殿下、申し訳ありません。私は、エリカティーナ・ファロンです。」

「いえ、私はもう王族ではありません。ただのリヒャルトです。」

「そうね、その辺りも色々と考えなければならないわね。とりあえず、屋敷に入りましょう。エリカ、リヒャルトの部屋を用意してある?」

「はい、客間の方に準備ができています。」

「客間?エリカの隣の空き室を準備するように伝えたはずだったけど。」

「すいません。何かの手違いです。」

「とりあえず、客間に通して、すぐに隣室を用意させるわ。ただのリヒャルトでもいいけど、扱いは私達家族と同様にするから。」

 玄関内で待機している執事とメイド達にも聞こえるようにミーナが、客人の立場を明確に宣言すると、エリカティーナは少し表情を崩しそうになります。

「お気遣い感謝します。」

「ここで暮らす以上、家族みたいなものだから。」

「お姉様、部屋に案内します。」

「ええ、お願いね。エリカ。」

「はい。」

 異国の少年に姉が優しい眼差しを向けている事に、姉の愛情を一身に受けたいエリカは激高します。表情に出さないように強く意識しなければ、睨みつけてしまうような激情を抑え込みながら、少年を迎え入れます。

 敵国の王弟陛下が人質としての価値がない事を理解しているミーナにとって、彼はただの可哀そうな少年です。しかも、自分が戦争で利用するために拉致した事で、祖国も家族も地位も失っています。他人に奪われてしまったため、申し訳ない気持ちがミーナの中にも湧き上がってきます。

 そんな気持ちが、優しい眼差しになって少年に注ぐのだから、妹は怒りと同時に焦りのようなものを感じます。


「どうぞ、お茶です。」

「ありがとうございます。」

「イシュア語が上手ですね。」

「二か月で上手になったのよ。」

「お姉様が教えたのですね。」

「ええ。それで、リヒャルトの今後の事だけど。コンラッド陛下からは、人質としてではなく、一国民として受け入れる事の許可は得ているから。どのような道も選べるわ。」

 客間のテーブルを挟んでの対話に、エリカティーナは目を光らせます。

「王子としての教育を受けていると言っても、何かの技能が身に着いている訳ではありません。道と言っても、どのような道があるかも分かりません。」

「そうね。しばらくは。」

「お姉様、そろそろリヒャルト様のお部屋の準備ができたと思います。案内したいと思います。お姉様は、お着替えをしてください。リヒャルト様にも着替えてもらいますので、堅苦しいい騎士礼服のままでは、くつろぐことはできませんから。ナタリー、準備はできていますよね。」

部屋の外にいる侍女に声をかけたエリカティーナは、ミーナを自室に送り出すと、異分子であるリヒャルトと1対1の対話を済ませます。


「お姉様、本当にリヒャルト様を住まわせるつもりですか。」

「仲良くしてあげてね。国から、少なくとも兄王からは見捨てられた子だから。」

「同情なさっているのですか。」

「そうね。可哀そうな子だとは思っているわ。それに私が連れ去ってきたからね。」

「お姉様は、停戦のために。」

「そうなんだけど。それはこちら側の事情であって、リヒャルトの責任ではないわ。エリカは、リヒャルトと一緒に暮らすのが嫌なの?」

 妹の部屋に招かれた姉は、妹が彼の存在を嫌っているのは分かりますが、その理由と程度は良く分かっていません。

「その、嫌という訳ではなくて、あの・・・。」

「彼はいないのだから、無礼になってしまう言葉を使っても構わないわ。異国の少年を連れてくるだけでなく、一緒に住むという話に驚いているのは分かるから。だけど。」

「お姉様!」

「急に、大きい声を出して、どうしたの?」

姉ミーナが優しく嬢に深い人間である事を良く知っている妹は、彼が一緒に住む路線を変える気がない事を理解します。このままでは、同情から恋愛感情に移行するのではないかとの不安にエリカは圧し潰されそうになります。

姉の好みは、大きくて強い男性です。今日連れてきた捨てられた犬のような男子を姉が好きになるはずはありません。しかし、それは今だけの話であって、5年後はどうなるか不明です。

華奢な男子が5年間で宰相ミーナに相応しい強さを持つことは無理だから、捨て犬が女神を魅了する心配は不必要です。しかし、女神が自分よりも強い男性を求め続ける保証はありません。妹の試算では、姉が結婚できない親族以外に、姉と互角に戦えるような男性は今後も現れません。それは素敵な事ですが、いずれ結婚しない訳にはいかない以上、姉はどこかで妥協をします。

その妥協には、強さを求めないが一番手に入ってきます。すると、姉が結婚してもいいかなと思える男性で最右翼にいるのが、これから同じ屋敷で生活をするリヒャルトになります。

そして、姉に構われているうちに、あの誰も頼れない男子が好きになるのは間違いなくミーナです。すぐに姉をいやらしい目で見るようになり、悶々とした感情を向けるに決まっていて、彼がミーナに積極的に接近していくことも確定した事実です。

宰相ミーナは無敵の存在ではありません。特に、自分の恋愛については初心な乙女でしかありません。自分が防壁になるしかないと、エリカは結論に達しています。

「お姉様。リヒャルト様を、アラン叔父様に、公爵邸に預けるというではダメでしょうか。執事見習いとして訓練すれば、それなりの強さにもなりますし、多くの事を学べます。」

「うーん、ダメではないけど。エリカが一緒に居たくない理由があるんでしょ。それを聞かないと。」

「えっと、あの。」

「言いたい事を言っていいのよ。」

「リヒャルト様の目が。」

「目?」

「はい。私を見る男性には2種類があります。誘拐事件で何もなかった事を知っている人達は普通に見てくれます。私が凌辱されたと思っている人達は、可哀そうにという目で見てきます。リヒャルト様は、どちらでもなくて。その、誘拐された時の、あのファビアンのようなおぞましい目をしているんです。お姉様が一緒の時ではありません。2人きりになった時です。その、私を美しいと言って、見惚れているのとは違って、品定めをするような、その、何か、おぞましい視線で見るんです。」

 可愛らしいオレンジのワンピースを纏っている妹をじっと見つめながら、この妹を見惚れたり、男性特有のいやらしい視線を向けたりするのは仕方がないと思います。10歳の子供でも、女子を好きになる事もあり、女性の体に興味を持つ者だっています。

 戦場では拉致をした恐怖の対象でもあるミーナとメルに対しては持つことができなかった、異性への思いをエリカティーナに向けるのは普通の事です。その思いを妹が嫌うという気持ちも分からない訳ではありませんが、この妹のセリフが嘘である事をミーナは喝破します。

 おぞましいと2度も強調した言葉が、嘘である事を教えてくれます。対魔獣戦の訓練で自らの体が切られる経験と、盗賊達50人を殺害した経験をしている美の女神にとって、誰かに見られる事だけで、おぞましいと感じるはずがありません。

 ただ、虚偽を言っても、それは彼をこの屋敷から追い出すための虚言であって、一緒に住みたくない気持ちに偽りがない事をミーナは理解します。妹が何よりも大切である宰相は、エリカティーナの要望を聞き入れて、王弟リヒャルトの身を公爵邸に預けます。


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