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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
17歳頃の話 兄達は成人済み
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56 略奪

56 略奪


 イシュア国が手懐けている4つの村の東側にあるケールセットの町は、4つの村の農業生産力を背景にして経済発展を成し遂げています。誰もが欲しがる豊かな土地ですが、イシュア国と隣接する地域であるため、貴族達が領有する事を避け続けます。その結果、王家直轄地となります。しかし、ドミニオン国の辺境地に赴任したがる貴族達は皆無であり、村を管理するのは村人達です。彼らは所定の税をきちんと納め続けいるため、王家はほぼこの地を放置しています。

この辺りの基本的な情報は、イシュア国が放っている貿易商人の肩書を持った諜報員からすでに得ています。

今回、ミーナが危険を承知でケールセットの町へと入ったのは、現地に住み着いている諜報員と接触して、詳細な情報を得るためです。フェレール国との友好関係が深まった時から、前宰相ロイドはドミニオン国の諜報員を増やしています。戦争が起こる可能性があるのが、ドミニオン国だけであるため、諜報活動のための資金の大半はここへと投入しています。

ミーナはこの諜報組織を受け継ぐと同時に、予算額を5倍に膨らませています。その資金がこの辺に回ってきた途端に、緊急事態が発生します。急報を入れてから、情報収集を進めた諜報員が、報告書を国境砦に送る準備をしていた時に、新宰相を名乗る美女の訪問を受けて、非常に驚きますが、優秀な諜報員は必要な情報を、新上司に報告します。


丸一日経過して、街から離れた森に戻ってきたミーナは、多くの情報をジルベッドとメルとに共有します。

町に入っている兵力は3000で、後続のための宿泊テントや小屋を郊外の荒れ地に立てていて、その数から8000の兵力が投入されているのは間違いなく、10000近くになる。町が軍事拠点になるのは、街中のいくつかの宿屋が軍に接収されて、司令部として機能を持ち始めている事から確実です。

軍の司令官は、ドミニオン国前第7王子、今は王弟の1人であるリヒャルトで、首都から護衛の近衛騎士団300名と共に最前線に移動中との事です。

「第7王子ですか?アルフォンス王に7人も子供はいなかったはず。」

「ごめん、正確には先代王の第7王子で、王弟の1人で、第4王弟・・・。面倒だから第7王子でいいわ。」

「分かりました。ドミニオンは本気でモーズリー高原まで侵略するという事ですか。」

「断定できないのよね。その第7王子は、未だ10歳なのよ。その上の王弟は19歳だから、本気で高原まで落しに来ているとは限らない。」

「形式上の司令官であると言う事は、実際に軍を率いるのは誰ですか。」

 公女メルの方が頭の回転も柔軟性も高く、軍略という視点で言えば、兄よりも優れています。

「ジル・ベッカー伯爵。31歳の陰険な男らしいわ。中央部にかなり広い領地を持っていて、優れた軍才を持っているのと評判ね。代替わりしてから10年で、領地を5割増しにしたのだから、侮ってはならない相手よ。」

「主導しているのは伯爵で、看板として第7王子を借りる事ができる程の力を持っているという事ですね。」

「そう言う事、王家への献金額も多い。それで、問題は、伯爵の狙いよ。看板を借りてまでの戦いで、国境砦を落とすというリスクの高い戦争をするのかって事。構造上、関所砦は大軍を用意すれば落とせるわけではないから。看板を借りてまで出陣して、得るものが何もなかったでは、伯爵は立場を失う。」

「やはり、我が軍を誘い出す作戦を取るのでは?」

「兄さん、第7王子を看板にしていないのであれば、そういった作戦を取れるけど。王族が指揮する戦いで、自国の村を焼き払って、私達を誘い出す策は取りにくいと思うわ。私達が出てくればいいけど、そんな保証はない訳だから。ただただ悪評を得るだけになってしまうかもしれない。」

「メルの言う通りね。伯爵の軍才が豊かというのであれば、それが愚策である事は分かっているはず。だけど、攻めに来ているのだから、狙いがあって、その狙いを実現するための策も持っているのは間違いないわ。ただ、作戦は最初に決めてはいても、変更する事はあるわ。」

「主導権を握りたいですね。防衛側だから、難しいですけど。」

「メルは、着眼点がいいわね。こちらが攻撃側に回れる、素敵な情報があるのよ。聞きたい?」

「もちろんです。」

第7王子リヒャルトは未だ集結地ケールセットに到着していない事と、護衛兵300しか率いていないという情報をミーナは提示します。


敵の司令官を拉致する作戦の立案は非常に簡単です。先遣隊が使用した野営跡地を利用する形で南下しているため、襲撃に適した所を探すことは容易です。その上、王弟を護衛している300の兵は、近衛騎士ではなく、どうみても傭兵家業の戦士にしか見えません。統率が取れている集団には見えないし、王家への忠誠を持っているようにも見えません。

メルが放った火矢で物資が燃え上がると、傭兵の隊長らしき者が消化を指揮していますが、周囲への警戒を怠っています。ジルベッドが単身で襲撃を仕掛けて混乱を誘おうとしますが、すでに彼らは混乱しています。敵襲との認識が傭兵たちには生まれず、裏切った仲間が物資を盗んで逃走するつもりであると考えているぐらいだから、ミーナがターゲットに接近するのは容易です。

テントから出てきた小綺麗な紺色の服を着ている少年の側には、2人の護衛しかいません。麻痺毒が付いた投げ矢を3本放つと、ミーナは音を立てずに少年を肩に担ぐことに成功します。

林の中に紛れ込んでいるジルベッドと合流すると猿轡で声を出さないようにしてから、担ぎ手を交代します。

「誘拐したから殺す気はないけど。騒がれると痛みつける事になる。しばらく黙っていて。」

 ミーナの声に諦めたのか、安心したのか、第7王子と呼称されるリヒャルトはジルベッドに担がれたまま、無用な力を入れずに運ばれる事にします。

 2人は馬を繋いでいた場所でメルと合流します。夕闇の中での行動を避けて、3人の戦士と誘拐された少年は、干し肉と水分を補給すると、その場で睡眠を取ります。全くに逃げる素振りを見せない少年に、騎乗できるかを確認すると、メルが奪ってきた馬に乗せて、関所砦へ向かって駆け出します。


 拉致作戦が成功してから3日目の夜、追跡されていない事を確信したミーナは、荒れ地で露営する事にします。久しぶりに暖かいスープと固パンでお腹を満たすと、第7王子を尋問する事にします。

 地面にそのまま腰を下ろしている少年は、美少年ではなく、凛々しい王子という顔立ちではなく、少し優しそうな印象を与える青い瞳を持っている平凡な子供です。瞳の色は自分と同じですが、大好きな赤髪である事はミーナ個人的には高評価です。ただし、燃えるような赤ではなく、魔獣の皮膚のような黒が入った赤である事は、最高点を叩き出すことはできません。

 この時のミーナは、頼りない少年である事と、金蔓となる人質であるとの認識しか持っていません。

「ここは、周囲に何もないから、声を出しても構わないわ。私は、イシュア国宰相ミーナ・ファロン。短い間だけどよろしくね。誘拐しておいてなんだけど、王弟のリヒャルト・アイヒベルガーでいいのかしら。」

「はい。」

「今回の戦争の司令官と聞いたけど。実際に指揮を執る人は誰なの?」

「ベッカー伯爵です。」

「リヒャルトの身柄を返す代わりに、停戦と身代金を要求するつもりなのだけど。金貨10万枚ならすぐに払ってもらえるかしら。」

「その要求は受け入れられないと思います。」

「分割で5万枚ぐらいなら、払えそう?」

「払わないと思います。」

「金額が問題ではなくて、支払う事はないって言いたいの?」

「はい。払わないと思います。」

「・・・・・・いずれ、向こうに戻る事になるから、その立場を考えて、必要なこと以外は聞かないつもりだったけど。向こうが取り戻さないと言うのなら、遠慮なく聞いていくけど。答えなさい。まずは、今回の戦いではあなたは看板なのに、身代金を支払ないという事は、見捨てられる事になるのだけど、見捨てられる理由は何?」

「父王が亡くなって、兄が王位につくと。私の価値は微妙なものになります。」

「微妙って、何なの?」

「父が生きている間は、未婚であるから、単なる政略結婚に使える駒でした。しかし、兄王が即位すると、私は兄王に抵抗する勢力の旗印にも使える駒になります。末っ子で、王子の中では誰よりも父王に愛されている理由で、兄王の対抗馬になるのだそうです。」

「それほどに愛されていなの?」

「分かりません。私は父の事をほとんど覚えていません。実母の第3側妃は愛されていたようです。そして、実母の実家の勢力が、私を旗印にして、兄王に抵抗したい勢力なのです。」

「あなたが兄王に警戒されているのは分かったわ。だけど、どうして、今回の遠征軍の看板になったの。ここで軍功を得たら、兄王の対抗馬として担ぎやすくなるわ。」

「私を今回の戦いの総司令官に担ぎ上げたのは、ベッカー伯爵です。」

「ベッカー伯爵の作戦もしくは狙いを聞かせてくれる?」

「伯爵は、この戦いで勝った後、私を新公爵にして、南部地域最大の貴族にするつもりです。そして、伯爵は私を補佐した褒美として、私の義理の父の座を得る事になります。彼の娘と私が結婚する事になると思います。」

「なるほどね。新公爵家を実質的に支配するのは伯爵という事ね。」

「そうなると思います。」

「兄王にとって良い作戦なの?あなたが軍功を得て、新公爵になって10年もすれば成人する。その時に、今回の武功を掲げて反旗を翻す危険はあると思うわ。それに、伯爵があなたを看板にして、反旗を翻したら、兄王は困るんじゃないの?」

「10歳の私に力はありません。兄王が恐れているのは、母の実家であって私自身ではありません。とりあえず、私を南部の領土に縛り付けておけば、簡単に旗印にはできないと考えているのでしょう。」

「うん、じゃあ、伯爵があなたを担ぎ上げる可能性は?」

「伯爵は、兄王が王太子の時から、支援をしていた忠臣です。その軍略で兄王のために何度も戦い、経済的な支援も続けています。野心はありますが、その野望とは、南部に公爵家を立ち上げて、それを支配する事で南部地域全体を支配する事です。それを明確に兄王に伝えています。兄も、自分の地位を狙われる訳ではないと分かっているから。私を伯爵に預けたのです。」

「ドミニオン国の政治の話は分かったわ。あなたが大切な看板である事も分かったわ。それなのに、伯爵が身代金を払わないというのはどういう事なの。」

「看板だから、別の人間でも構わないという事です。伯爵が一族の子供を連れてきて、リヒャルトと名乗らせれば、看板はなくなりません。私の顔を見知っている人間は、南部にはほとんどいません。」

「そうは言っても、王都に戻れば、兄王や兄弟と顔を合わせれば、身代わりの事が分かってしまう。」

「ここで新公爵になれば、王都に出向く必要はなくなります。10年後ぐらいには王都に呼び出されるかもしれませんが、髪と目の色が同じであれば、成長したから顔つきが変わったとでも言えば、簡単に誤魔化せます。」

「まあ、公式の場に出ない理由なんていくらでもあるのだから、偽物を隠す事はそれほど難しくないわね。あなたの状況は把握したわ。捕虜として付いてきてもらうわ。」

「はい。分かりました。」

 家庭の事情がそれぞれである事は理解していますが、一族を大切にしようとしない考え方は、イシュア国の人間ではかなり珍しいと言えます。特に、一族を最大の味方であると考えているオズボーン公爵家の血を引く者にとっては、納得できない考え方です。

「ところで、伯爵は具体的にどうやって、関所砦を攻めるの?」

「詳しくは分かりません。城壁を突破するための兵器もいくつか持っていて、それらを使う事と、多くの兵で突撃を繰り返す作戦だとは思います。私は一度も、戦闘に関する話し合いには参加していません。」

 ミーナは状況が把握できても、何1つ喜ばしい事はありません。より多くの情報を得ても、敵の頭脳であるベッカー伯爵の思考が、自分とはかけ離れているため、推測する事ができません。手に入れた情報も、相手の思考をある程度読むことができれば、貴重なものになりますが、相手の思考を全く読めないのであれば、それらの情報が足かせになる可能性があります。

 敵将が手強いと言う情報は手にしていましたが、自分の手に収まる手強さであるとミーナは考えていましたが、どうやら大きく思考を変えなければならない事を理解します。しかも今すぐに変えておかないと、多くの犠牲者が発生する可能性が高くなると考えます。

 王弟リヒャルトの言を信じるのであれば、すでにミーナ達3人は、ベッカー伯爵の思い通りの活躍をした事になり、彼を喜ばせた事になります。


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