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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
17歳頃の話 兄達は成人済み
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54 女宰相

54 女宰相


「パパ、コンラッド陛下の許可をもらった。」

 黒に近い紺の学生服のミーナが入室と共に放った一言に、ファロン一家の男性3人は、この世の全てが長女を思い通りにしかならない事を覚悟します。悪い事をするはずがなくても、混乱を招く事を言いだすのは間違いないと確信できます。

「陛下の直筆よ。明日から宰相として働くから、パパはお疲れ様。」

「引継ぎがあるだろう。」

「必要ないよ。今までとは違う事をするってのもあるけど、リース副宰相がいるから。」

「分かった。引継ぎの件は任せてくれ。全ての部署で働いたから、仕事の概要は掴んでいる。」

「リース、知っているだけで、どうにかなる訳ではないぞ。」

「お父様、ミーナが宰相になったのです。好きにやらせるしかありません。全力で支援して、足りない所を補う事が重要です。」

「僕はどうすればいい?」

「バルドお兄様は、宰相補佐ね。最初の任務は、法典作りよ。二か月ぐらいでできるよね。」

「実際に国の法にするには細部の検証が必要になる。」

「それはすぐにできるでしょ。法典を基にして政治を行うんだから、法典を作ってもらわないと動けないわ。」

「ミーナ、法典とはバルドが個人的に作っているという、あの法律集の事か?」

「うん。」

 この日、女宰相が誕生した事は、歴史上の一大事とされていますが、より重要な事は、この執務室でのミーナの発言です。王権政治体制から法治国家への第一歩を踏み出すことになる発言は、政治上の重要な転換点になります。ミーナ自身は行政の効率化という視点で、兄の作った法典を土台にした政治を実行しようとしているだけで、国家体制を大きく変質させる意図は持っていません。イシュア国にあっては、魔獣討伐という法典以上の強制力を持った事象が存在するため、国の仕組みが変わったとしても、やらなければならない事は同じなので、大きな変化も小さく見えてしまいます。

 しかし、結果としては、王権を制限する法治国家への変貌を成し遂げた事になります。政治学上、ミーナ・ファロンが偉大な政治家であるとの評価を受けるのは、混乱を引き起こすことなく、この大改革を実行したからです。

「ミーナが宰相になったのだ。好きにやって構わない。私で力になれる事があれば、言ってくれ。」

「うーん、パパとママが仲良くしてくれれば・・・。そうだ。パパとママにはできるだけたくさん、パーティーを開いて欲しいの。2人に楽しんでもらいたいってのもあるけど、私相手に意見を言う人はいないと思うから、パパには前宰相として、皆の不満を聞いてもらいたいの。昼の時間は、2人の時間にしてもらう予定だから。夜ぐらいは手伝ってもらってもいい?」

「ああ。協力しよう。」

「本当はリースお兄様が、宰相兼ファロン家当主になる予定だったけど、リースお兄様が当主になるまでの3年間は、パパの完全隠居はお預けよ。お兄様は、キャミーと2人だけの生活を楽しんでね。」

「お姉様、私は。」

「エリカティーナは、未だ11歳だ。能力は充分かもしれないが。」

「パパ、その辺は考えてあるわ。エリカには本当は宰相秘書をやってもらいたいけど、色々と言われるのは面倒だから、宰相の侍女という事で、私の側にいてもらいます。」

「本当ですか。」

「もちろんよ。ずっと一緒。ただ、太陽の日には、パパとママと一緒に王都探索に出る事を忘れてはだめよ。毎日昼間から、屋敷で2人きりにすると、アレだし。」

「アレって、子供ができるかもしれないって事ですか。」

「そうよ。」

「嬉しいです。妹がいいです。パパ。」

「いや、その、年齢が年齢で・・・。んん、とにかく、レイティアや公爵家、方々に伝える必要があるな。」

 ミーナのやる事だから、の一言で納得する一族とは違い、国中の貴族達は一応に驚きます。冗談なのか誤報なのかと確認する連絡に対して、ミーナが宰相として署名を行った書簡が届けられます。そこには不満があるなら、いつでも宰相を代わってあげると言う文言が書いてあり、貴族達は陰で色々言うのはありますが、表立って批判するような事はありません。


 宰相になってからのミーナは、繊細な政治を行います。元々、兄2人のどちらかに宰相をやらせる計画があったため、その時のための様々な策は用意してあります。

「文句があるなら、今ここで言いなさい。後で言ってもらっては迷惑。辞職と配置転換の要望は全て許可します。ただし、後任を紹介して。1人でもいいし、複数でもいいわ。それが条件。」

 部下を黙らせるのが目的ではなく、世代交代を促すための策として、人事転換を最初に行います。父から子へ役職を引き継ぐ事は、今までの宰相府では認められていませんが、ミーナは今回だけ特例として、それを認めます。この後、法典で制限する予定であるため、その前に若手を登用する策を発動します。

「法典が完成するまでには少し時間がかかるみたいだから。先に貴族会議の布告を出しておくわ。国を10の地域に分割して、それぞれの地域から2名の代表貴族を選んでもらって、毎年剣技大会と同時に王都で貴族会議を開く。」

 法典を定める以上、社会情勢に適応させるための仕組みが必要になります。加筆する事もあれば、削除する事もあります。この変更を国王陛下の意思のみによって行う場合、国の歴史と共に成長する法典ではなくなり、国王の布告集になってしまいます。そうならないように、貴族会議に、法典を変更する仕組みを与えます。あくまでも貴族側の総意として、法を変更するようにします。これは王権の大幅な制限になりますが、こうする事によって、王位継承戦争という愚行を減らす事ができるとミーナ達は考えています。

また、貴族会議に重要な役目を与える事によって、法典の周知に役立てようとの考えもあります。各地域の貴族会議に主席できる代表になるには、法典を理解している事が前提になるため、貴族達はこぞって法典を学ぶ事になります。

代表については3年で交代する制度を導入するため、一部の貴族達だけが貴族会議を支配する事ができないようになっています。王権に変わる権力を貴族会議得る以上、そこに集まる貴族達に過剰な権力を持たせないようにしています。

この重要な制度改革において、自分の利益を拡大しようとすれば可能であるため、ミーナはこの法典採用とそれに伴う貴族会議の設置について、取るに足らないものであるかのうに扱って見せます。侯爵以上の貴族が集まって、宰相府で行政の方針を決めるだけだから、それほど重要ではないという認識を広めながら、着々と制度改革をミーナ達は進めていきます。

大きい物だけでなく、小さく見える改革も実施します。

「国民名簿を作る部署を新たに立ち上げるわ。冷害が起こった場合、限られた食料を分配しないと、餓死する国民が発生する事になるから、それを避けるためよ。それに、暗闇の暴走の直前だけでなく、普段から、どれだけの剣士が魔獣の巣で活動しているのかも、詳細なデータを取る事は、安定した国を作る基礎になる。」

 国民の利益に直結しないような政策もミーナは次々と採用して、実行を命令します。様々な階級、様々な部署、様々な人々と交流しているミーナは、国の中にある不満や不便を良く理解しています。1つ1つは、大きいものではなくても、それらを組み合わせて考えると、国策として取り組む必要がある事が分かります。


 就任してからの1か月間、ファロン家の4人の子供達は、宰相府に寝泊まりして働き続けます。新しい政治体制の構想と実行するための権限が、彼女たちに集中している以上、宰相府が活動し続けるためには、宰相、副宰相、宰相補佐が休む間もなく動き続けるしかありません。

 新宰相たちの働きを見せつけられた部下達は、新しい課題に混乱しながらも、文句を言わずに働き続けます。それは、行政能力の高い若者達に心服したからではありません。改革者である若者が持っている武力があまりにも大きいから、3人の気分を害する事ができません。フェレール国でミーナが複数の貴族領で討伐を行った事を覚えているため、従順に従うと言う賢い選択を、イシュア国の貴族達はします。

また、11年後に発生する暗闇の暴走で、主戦力となってもらう彼女たちの気分を害して得になる事は何1つありません。国のためには改革が必要だと言われると、誰も逆らう事ができません。国のために動かなくていいのかとの無言の圧力を受けている部下たちは、難しそうだから無理ですと言う返答も言えません。この指示内容はとても難しいので、具体的にはどのように実施すればよいのでしょうか。との問いが、最大級の抵抗になります。

しかし、具体的な方法をすぐに提示させるように命令するため、宰相府の部下達は、3人の意向を聞き取りながら、3人の思い通りに働く以外の選択肢を持ちません。


イシュア歴389年5月1日、通称イシュア法典が国王コンラッドの命令により、国内法として発布されます。王都の行政はすでに塗り替えられているため、この発表は領地貴族に大きな衝撃を与えるものになります。

しかし、その衝撃が大混乱を生み出すことはありません。各地域における代表貴族は宰相に完全に取り込まれていて、地方領主に説明させる人員を提供して、一か月間の訓練を受けさせています。法典の写しと共に、説明員を送り込んだ代表貴族達は、最初の代表貴族になる名誉と同時に重大な責務も与えられます。

ファロン家の17歳の小娘の指示に憤りを感じる地方の領主貴族は少なくありませんが、実際に接するのは、近隣の上位貴族であるため、文句の1つも言う事ができません。しかも、法典と共に、これを記念しての国王陛下からの下賜金の額は、1年間の税額であり、過去に例を見ない王家の大盤振る舞いを受けては、その忠実さを、コンラッド陛下が任命した小娘ミーナにも向けない訳にはいきません。

国王陛下が女宰相に惚れているのではとの噂が出るぐらいの厚遇が、先見の明からくるものであると気付くまでにはもう少し時間を必要としますが、後世の歴史家がコンラッドという名前を覚えるのは、ミーナを宰相に任命した名君だからです。


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