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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
17歳頃の話 兄達は成人済み
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53 説得

53 説得 


 王宮を中心とした広大な王城領域に、政治の中心である宰相府があります。そこの主であるロイド・ファロンは、現在39歳での中年紳士でありながら、長女の年齢と同じ時間を宰相として過ごしています。イシュア国が安定して成長しているのは、政治家ロイドの功績であり、娘ミーナが周囲を振り回しても、抗議を受けないのは、ファロン家の貢献度が高すぎるからです。

「パパ、入ってもいい?」

 執務室の扉前までを、足音を立てずに異様な速さで歩いてきたミーナは、ノックと同時に大きな声を上げます。

「皆、とりあえず、決裁した分で仕事をしてきてくれ。娘は、私と話がしたいらしい。」

 5名の部下たちを退室させると、代わりに長女が入ってきます。学園の女生徒が着るようなデザインの、黒に近い紺色の服で身を包んだ17歳の乙女は、金髪碧眼を輝かせながら、執務机の前まで移動してきます。

 優雅な動きの基本は姿勢にあり、その姿勢は申し分ない伯爵令嬢は、その動きの速さで全てを台無しにしてしまいます。全速力で動いている姿勢の正しい美女からは、優雅さではなく威圧感が発せられます。

 妻とそっくりではないが、基本の顔作りが同じなのだから、美しい娘であり、愛らしい娘です。その事実を確認すると同時に、輝きに満ちた時の娘の手強さをロイドは理解しています。

「なに。」

「パパ。」

 同時に話しかけてしまったため、親子が途中で言葉を止めます。ロイドは座ったまま、左手を差し出すと、娘に発言権を譲ります。

「パパ、私、宰相になる事に決めたの。リースお兄様と、バルドお兄様にも手伝ってもらうから、大丈夫。安心して、引継ぎはしなくても大丈夫。リースお兄様がこの1年で色々と理解しているから。」

「待て、ミーナ。宰相になる?どういう事なんだ。リースとバルドが手伝うというのは、どういう意味なんだ。」

「パパには宰相を引退してもらって、私が宰相になるの。自信はあるけど、不安だと思う人たちの気持ちもきちんと分かるの。だから、リースお兄様とバルドお兄様に手伝ってもらうって事も発表するわ。」

「ミーナは未成年だ。宰相になれるはずがない。」

「イシュア国の役職に年齢による制限の法律はないわ。爵位継承は特別な許可がない場合は、成年になってからというのがあるけど。」

 突拍子もない事を考えてはいても、実行する段階においては、それなりの筋を見つけてくる娘が、理論武装をしているのであれば、本気で宰相になるつもりであると、現宰相は理解します。

 ロイドは、ファロン家が2代続いて宰相を務めた事に危惧を抱いています。権力が1貴族に集中する事の危険性は、過去のケネット侯爵家の勢力拡大で証明しているため、そうならないように配慮しなければならないと考えています。だから、将来的に3人の誰かが、その能力を認められて宰相になるとしても、一度は別の人間に数年間は宰相をやってもらわなければならないと考えています。

 それに、3人は軍事に関する役職を持たないとしても、暗闇の暴走の時に大の巣、中の巣で戦う主力であり、戦いに関する多くの権利を有する事になります。王権政治である以上、王家に権力が集中するのは当然ですが、その臣下である貴族達の一部に権力が集中するのは国の乱れになります。

娘が権力欲に囚われる事はなくても、権力を行使する座を求める以上、その真意を聞かなければなりません。

「法で規制はされていないな。ミーナに法的な資格がないとは言えないが。人として資格があるかどうかは重要な問題だ。まず、聞きたいのは、宰相になりたい理由は何だ。国として何かがしたいと言うのであれば、父である私に提案すればいい。内容を吟味したうえで、国の利益になる事であれば国として動く。それはミーナにも分かっているはずだ。それなのに、宰相の席を欲しい理由は何なのだ。」

「パパとママに。ゆっくりと過ごしてもらいたいの。」

「んー、という事は、私が宰相の職を辞すると言えば、ミーナは宰相にならなくても構わないという事か。」

「そうなってくれれば・・・。だけど、後任を決めずにパパは職を辞する事はしないでしょ。今の文官の中で、パパの後任となれる人は未だいないでしょ。文官見習いとして、宰相府の全ての分野で仕事をしたリースお兄様が、後任の第一候補になるぐらいだもの。パパの後任育成はうまく行っていない。だから、私が宰相をやらない限り、パパが辞める事はないと思うの。そうでしょ。」

「後任の育成は、バルドが入る4月から行う予定だ。」

「遅い!今から育成していたら、5年とか必要になるでしょ。」

「遅くはないだろう。」

「遅い遅い。パパ、よく考えて。ママは今40歳で、11年後の暗闇の暴動の時には51歳。どれだけの時間が残っていると思っているの。エリスお婆様が・・・・・・。」

 娘の表情が険しくなると同時に父親の表情も険しくなります。公女として生まれ、何不自由なく生活して、誰もが羨む美貌と才能を持ち、宰相の孫を婚約者として生きてきたレイティアの人生が幸せであるかと問われれば、周囲の人間だけでなく、本人も幸せであるとは答えます。

しかし、国の英雄として讃えられるのであれば、もっと大きな幸せの中で暮らしても良いのではないかと、ロイドも時々考えます。レイティアの最大の幸せが夫ロイドとの時間であるのだから、その時間を提供するのが、英雄に救われた側の人間のする事であるとミーナは考えています。

「お婆様は、2度目の戦いの後、もっと幸せを感じて過ごさなければいけない人だった。でも、それは叶わなかった。私はママにはそうなって欲しくない。欲しくないけど、あの戦いを知っているのは、ママとセーラ叔母様だけだから、私達が主に戦うにしても、傍にいてもらう必要がある。ママもそれが分かっているから、体力の衰えにあがなうように今も訓練を続けている。私はママが、ずっと公爵家の戦士として生きているのだとしても、その中で普通の人と同じ幸せを感じてもらいたいの。パパが宰相を辞めれば、昼も一緒に居られる。旅行にだって行ける。ママがしたいと思う事を、我慢してもらう必要はなくなるの。」

「ミーナの気持ちは分かった。レイティアの事をそこまで考えてくれるのは、とても嬉しい。だが、宰相の任は、国の政治。」

「パパはすぐそうやって、仕事って言う。国の政治だから仕方がないって言う。パパは夜に少しだけ、ママとすれば満足なのかもしれないけど。ママは本当は1日中したいと思っているの。子供だって、3人の予定だったに、そう言う事ばかりしているから。でもまあ、すごくいい結果なんだから、責めるような事ではないけど。でも、私が小さい時にフェレール国に言って、時間が取れたから、そういう事をたくさんして、エリカが生まれたんでしょ。ママは、もっともっと、パパと一緒に居たいの。ママはずっとずっと我慢してきたの。ううう、ママが可哀そう。うわぁぁぁ、ん、ん。ぁぁぁん、ああ。どうして、パパは。」

 号泣を始めたミーナに何をすれば良いのかも、どんな言葉をかければ良いのかも、ロイドには分からなくなります。ただ、この話をずっとしていると、宰相夫妻の評判が凄まじく下がりそうだという事は分かります。

ミーナは。3歳の時に体験した大英雄の死が忘れられません。正確に言うと、この瞬間からミーナの記憶は始まっているため、忘れる事はありません。母とそっくりな顔の人間の死から、ミーナの記憶は始まり、思考が始まります。そして、始まりにある思いは、エリスお婆様が可哀そうだと言うものと、ママたちの後悔です。

貴族最上位の公女、公子達が後悔している理由は、小さい頃には辿り着くことができません。しかし、今なら分かります。

 母レイティアが子供である自分に与えてくれた愛情の一部でいいから返したいという、当たり前の親子の情を、一世代前の公女達も自分達も持っている事にミーナは気付きます。そして、いつその道が失われるかもしれないからこそ、今すぐにしなければならないと考えます。

宰相府を仕切る自信はミーナにはあります。学園に通わずに、独自に学習しているのは、兄達が宰相になった時、すぐに手伝う事ができるように自分の実力を高めるためと、未成年であっても行政の手伝いができるようになるためです。

学園生だから子供、子供だから国政には関わる事ができないという反論を封じ込めるために、ミーナは動いています。そして今、最大の難関である父ロイドを職から解放するための説得の機会を得ています。

負けられない決戦である事を理解しながらも、通常の手段では勝てない事をミーナも分かっています。未成年の自分が国を統括する宰相になる事が、普通でない事はミーナが一番分かっています。どんなに優れた能力を持っていても、1人の小娘だと思われるのは当然で、その事から発生する様々な問題への危惧も理解しています。

 しかし、もう少し時間をかけてしまうと、次の暗闇の暴走の準備を始める期間に突入してしまいます。今が、魔獣討伐と言う予定表の中で、一番動きやすい時期です。変動が許されるタイミングです。

 しかし、ミーナの考える事情が、国政を預かる宰相に通用するはずがない事も理解しているミーナは、一番大切な機会に何もできない自分の不甲斐なさに対して、泣き出します。このままママに何のお返しもできないままかと思うと涙が止まりません。

 宰相の執務室に駆け付けた末っ子の美少女は姉と一緒に泣き始めます。妹の顔を見ればすぐに笑顔になるはずの姉が泣き続けるだけでなく、末っ子にも泣かれると、ロイドはますますどうすればいいのかが分からなくなります。父親に姉妹は宰相退任を要求し続けます。2人の兄達も駆け付けますが、妹達を止める事も、宥める事もできずに、父の言葉を待ち続けます。

 ロイドは良識のある長男次男が、次期宰相になるように説得されたものの、それを断ったのだと察します。そして、同じようにレイティアの幸せを持ち出されて何も言えなくなっている事も察します。

 ロイドは、国王陛下の許しが出てれば、宰相を辞職すると発言して、最終決断を国王陛下に丸投げします。国の大事であるのだから、当然ではあるものの、ミーナも国王陛下に対して無茶を言う事はないだろうと考えたからです。

とりあえず、現時点での辞任を避けて、ゆっくりと今後の事を相談すれば良いとロイドは考えます。娘達が言うように、妻の事を考えれば、早い時期に辞任する必要がある事は理解できます。後進を育てるためにも、どこかで身を引く必要がある事も分かっています。

「国宝陛下がパパの辞任を許してくれたら、本当にすぐに辞任してくれるの?」

「ああ、それは約束しよう。だが。」

「すぐに許可をもらってくる。ちょっと待ってて。」

笑顔に変わった長女が駆け出すと、ロイドはまさかと思いながら呆然とします。

「よかったね。パパ。今度ママと一緒に三人でお出かけがしたい。いい?」

 涙をハンカチで綺麗に拭き取った末娘の言葉に、ロイドは頷く事しかできません。


 コンラッド国王陛下は、宰相令嬢ミーナの突然の訪問を許します。裁可の仕事はありますが、信頼できる宰相家の娘の要望を断る事はありません。

「陛下、突然の申し出を受けていただけたこと、ありがとうございます。」

 国王の事務室に入ったミーナは、執務机の席からソファーに移動する国王が手招きするのを受けて、正面のソファーへと腰を下ろします。

「ミーナの要件は何だ?」

「父の宰相辞職の御許可を頂きたく思います。後任として私に宰相の任を与えて頂きたく思います。」

誰もが驚く発言に、コンラッド王は戸惑う事もせずに質問します。

「ロイド宰相が辞める理由は何なのだ。これまでの治世で、失態と呼べるようなものは1つもなかった。」

「母レイティアに、父ロイドを返却していただきたいのです。」

 国王の世代には返却の意味がよく分かります。公女レイティアが、宰相の孫ロイドに惚れ尽くしている事は、当時の王都の貴族達にとっては常識です。その公女が母親になり、宰相の妻になっても、深い思いが消える事がないのは理解できます。そして、今までレイティアが、夫を仕事に取られる事を我慢していた事も理解できます。

「なるほどな。ロイドがここに来ていないという事は、本人は納得していないという事かな?」

「陛下の御許可があればと、父が申しましたので、1人で参りました。」

「そうか。3年程待つことはできないか。」

「できません。母の時間が減ります。それに、3年後になると、私達も暗闇の暴走への準備を始めなければならなくなります。」

 コンラッド国王は、ミーナがロイドの後任になる事に賛成です。リース、バルド、ミーナの3人の中の1人が次期宰相になる事は、国王の中では決定事項です。ファロン家の貢献が大きいからではなく、次の世代の貴族たちの中で、3人よりも優れた政治家は見当たらないからです。そして、3人の中で誰か1人を指名すると言うのであれば、ミーナを選ぼうとも何度か考えています。

 彼女の行動力は3人の中でもずば抜けていて、リーダーとしての資質を証明しています。また、未成年ながらもすでに多くの実績を上げていています。特に、フェレール国においては、政略結婚を成立させた政治力と、盗賊団を壊滅させた軍略の冴えを見せています。ドミニオン国においては農政家としての実力を示しています。

さらに、第1王子ブライアンを叱った事もあり、国王をサポートする宰相としての指導力も十分に持っています。唯一の気がかりは、ミーナの結婚と出産の事です。宰相の地位がどのように悪影響を与えるかを考えると、キリが無くなりますが、ミーナの事だから何とかするであろうと、コンラッドは考える事にします。それに、妹思いの2人の兄が支援をするのは間違いなく、若者であっても、3人であれば、ロイド宰相に負けないだけの実力があります。

ミーナが宰相になる事に気がかりはあるものの、大きな心配はないと考えると、コンラッドに提案を却下する理由はなくなります。

「そうだな。レイティア伯爵夫人は、イシュア国の大功労者でもある。彼女の功に報いるためにも、ロイド卿を返却する方が良かろう。私の許可があれば、問題なかろう。引継ぎの話は、ロイド卿としてくれ。」

「ありがとうございます。陛下。」

「うん。確認する必要はないかもしれないが。リースとバルドの事は。」

「しかるべき役職につけて、私のサポートをさせます。」

「うんうん。後は任せるが、一筆、必要か。」

「はい。お願いします。陛下。」

 思った以上に短い時間で戻ってきた娘を見たロイドは、さすがに陛下の説得には失敗したと思いますが、すぐに陛下の直筆の任命状を見せられます。自分も妻も、特殊な人生を歩んできたとの思いはありますが、長女の特殊性には完敗だと考えます。そして、子供達からの贈り物を大切にしようと考えます。


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