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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
15歳頃の話 妹は9歳頃
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49 一閃

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イシュア国とフェレール国の都市の大きな違いは、城壁がないか、あるかです。魔獣を駆逐して、領域を広げてきたイシュア国では、城壁で人を守るという意識は全くありません。魔獣を相手にする場合、防衛しきれば勝ちを得るという道筋はなく、魔獣の駆逐以外に自分たちの住む場所と農地を守る事ができません。

フェレール国では、人間同士の争いの歴史の中から、自らの領域を城壁で取り囲む防衛スタイルが登場して、その効果が高い事を知った人々は、その技術を発展させていきます。また、長い歴史の中で、大きな都市はさらに大きく、高い城壁はさらに高くする進化を果たします。子爵家以上の領地持ちの貴族達は、少なくとも拠点となる都市においては、城塞都市として防御を固めています。

ミーナの最初の標的になったクプラン子爵家の拠点都市も、5mの城壁で囲まれた中堅都市です。農地を取り込んではいませんが、住宅街をもすっぽりと包み込んだ伝統のある都市は今、主要門を閉じての防衛体制を敷いています。

「カーライルの住民よ、聞くがいい。クプラン子爵は、フェレール国で禁止されている奴隷を所有するだけでなく、盗賊を手下に加えて、周辺地域で略奪を行わせた。この悪行に罰を与えるために、ミノー公爵軍は進軍してきた。要求は2つある。1つは、領内の奴隷を全て開放する事。借金によって奴隷になった者については、ミノー公爵家がその借金を支払う。もう1つは、領内の責任者であるニコラ・クプランの身柄である。要求を拒絶した場合、カーライルの街への攻撃を開始する。」

 美しく高い声で、自分たちの街が破壊されると言う警告を聞いた城壁に立っている守備兵たちは動揺して騒めきます。領主が奴隷売買を行っているのは暗黙の了解であり、奴隷売買が国王から禁止されている事も知っています。ミノー公爵家が奴隷売買禁止についての先導者である事も兵士達は理解しています。

「もう一度言う。」

 透き通るような美しい大音声での警告は、都市全体に聞こえる訳ではありませんが、兵士から住民へと伝わります。クレアが3回目の警告を発すると、カーライルの住民たちは、全員が家や店から出てきて、主要門の方から情報を持ってきてくれる住民や兵士達に語ってもらいます。

 ミノー公爵軍3000が門前で整列していて総攻撃の準備ができている。率いる女将軍は、赤髪で赤い甲冑の公爵夫人、15年前の死神セーラが指揮を執っている。ミノー公爵家が客人として迎え入れたイシュア国の宰相令嬢エリカティーナ様が、盗賊に凌辱されて殺されている。ここに来る途中、子爵が抱えている10の盗賊団、合計1000名が討ち取られている。生き残った盗賊達は、捕らえられていて、今から門前で見せしめのための処刑が始まる。

 瞬く間に広がる情報の多くは虚偽ですが、信憑性を持ったまま広まったのは、3日前からカーライルの都市に噂が広まっていたからです。広まった噂は、ミノー公爵軍が討伐軍を差し向けているというもので、その時には住民の誰もが信じていません。しかし今、虚偽だと思っていた討伐軍来襲が現実のものとなったため、都市に流れている噂は、虚偽に思えても、真実であるという認識が、住民たちの中に植え付けられます。

 クレアの発する警告の声は、最初から変わる事はありませんが、その破壊力は時間の経過と共に強大なものになります。その威力で最初に粉々になったのは、住民達の戦意です。都市を丸ごと囲む城壁の防衛には、騎士団だけでは手が足りません。多少の訓練を受けた住民達が、緊急時には防衛隊として城壁の防衛拠点に集められて防衛気に駆り出されます。その防衛に大きな穴が開くことになり、カーライルの防衛力は一気に低下します。

 正規兵が住民に防衛命令が出されたことを伝え回りますが、住民は全く動きません。持ち回りで防衛に加わっている住民兵は、どのタイミングで逃げ出すかの相談をし始めます。凶悪な魔獣を屠る事ができるミノー騎士団に、住民兵である自分達が一蹴されるのは確定しているため、生き残るためには逃げるしかない事を彼らは理解しています。

奴隷解放が公爵軍の主目的の1つであるとの情報が伝わると、都市人口の5%にあたるとされる解放されるべき者達の目つきが変わります。奴隷達は財産でもあるため、全員が虐待を受けている訳ではなく、主次第でそれなりの生活を営むことが許されていて、最低限の生活については保障されています。しかし、平民とは格下の存在である事は間違いなく、抑圧されている存在です。

 ミノー公爵軍が来たことで、奴隷達の中に反抗的態度を示す者が現れると、奴隷の所有者達も大きく動揺します。カーライルでは、生活の基盤すらも下層から崩れ始めます。


 都市の頂点にいるニコラ・クプラン子爵は、38歳の小太りの醜い悪党であると歴史に刻まれます。盗賊団を裏で操り、9歳だった聖女エリカティーナを汚した極悪非道の悪魔として有名になる子爵は、今自分がどのような状況にいるのかが全く理解できていません。

 子爵は盗賊団と裏でつながっていますが、操っている訳ではありません。子爵家の軍や農地、商業団を襲わない代わりに、領内に拠点を設けて、他家の貿易商団を攻撃する事を認めていただけです。誘拐事件が発生した町は、子爵領で間違いがありませんが、実質的には盗賊団が支配していて、子爵の支配は及んでいません。実行犯であるファビアンが、公爵家の執事の1人である事は知っていますが、彼が盗賊団を取り仕切る1人である事さえ知っていません。

 だから、3日前から領都カーライルで広まったミノー公爵軍が攻め込んできているという情報を単なる噂だと判断しています。これまでに何度かあった、領内の盗賊砦に攻撃を仕掛けるのだと考えています。そして、今回も盗賊達が上手に逃げ回るのだろうと信じて、今日という日を迎えます。

門前に整列したミノー公爵軍は、奴隷解放を要求していることは、今までと同じなので驚きませんが、誘拐事件に全く関係ない自分の身柄を要求している事には驚きと戸惑いしかありません。

時間の経過と共に領都内の騒ぎは大きくなりますが、子爵はどうしていいのかが分からずに、子爵邸で主要幹部を集めた対策会議を開いたまま、何の結論も出せずにいます。昼過ぎに、ミノー公爵軍が火攻めを行う準備をしているという情報が飛び込んできます。

城壁内と農作物は焼いてはいけないと言うルールは、フェレール国の戦時における常識中の常識で、この禁を破った場合、周辺の貴族達が連合軍を汲んで討伐行動をする事があるぐらいです。利益の奪い合いをしているのに、その利益を焼き払う事を許さないというのは、寒冷地で実りの少ない大地で生きる人間達の鉄則です。

 身に覚えのない罪状ですが、誘拐事件が発生して、一族でもあるイシュア国の宰相令嬢が被害者と言うのであれば、ミノー公爵家の怒りはすさまじいはずで、都市を丸ごと焼くと言う可能性を誰も否定できません。

 誤解されたまま都市を焼かれる訳にはいかないと、小太りの悪漢は、昼過ぎに主要門の上に現れます。王城へ上がる時の青を基調とした礼服を身に纏った茶髪茶目の子爵は、大きな声で叫びます。

「攻め手の将軍に告げる。私はニコラ・クプラン子爵だ。話がある、門前まで来てくれ。」

 ミノー公爵軍から立ち上る煙は、昼食のためのものであり、焼き討ちの準備ではありませんが、子爵側からはその実態は掴めていません。

「軍を率いるのは私だ。」

 赤い甲冑の騎馬兵が一騎で歩み出てきます。

「お名前をお聞かせください。」

「クレア・ミノー、公爵家の第1公女だ。父母から指揮権を委ねられ、討伐しに来た。」

「公女様。私は誘拐犯ではありません。領内の盗賊達を討伐できない事の罪はあるのかもしれませんが、私が、盗賊団を使って、誘拐事件を起こすはずがありません。そのような事をすれば、公爵軍に攻められて、我が領は滅びてしまいます。そのような分かりきった状況を生む愚かな事は致しません。犯人である盗賊団を討伐すると言うのでしたら、我が軍も参戦いたします。どうか、話をお聞きください。」

 城壁から大地を見下ろしながら話をしていますが、子爵が公女に遜って話をしているのが誰の目にも明らかです。

「国王陛下から何度も通達があった奴隷解放を実現していないのは明白だ。その一件だけでも、国賊として討伐に値する。」

「お待ちください。奴隷は長年の慣習であり、財産として手放さない民衆がいるのは事実です。しかし、徐々に減らし、もうすぐ完全開放を実現する所まで来ているのです。」

 犯罪者に労役を課す事から始まった奴隷は、いつしか制度となり、フェレール国に定着します。唯一の宗教であるヴェグラ教でも、その制度を受け入れるだけでなく、推進している時代も存在したぐらいです。奴隷が生んだ子は奴隷となる制度が長い間続いたのは、戦乱が続く中で敗者を奴隷にし続けた事もありますが、庶民階級が貴重な財産として大切に扱う事があるからです。

 奴隷同士を結婚させて、多くの子を産んでくれれば財産が増えるという単純な発想から、奴隷にも一定水準の生活をさせる事は常識であり、年頃になった奴隷達をお見合いさせるような貴族もいたぐらいです。

 クプラン子爵家でも、3代前に比べれば、奴隷の割合は4分の1に減っていて、現当主においても、国王の布告を無視する訳にはいかず、奴隷を特に増やそうと言う動きはしていません。

 誘拐事件だけでなく、奴隷解放に関する事も、子爵家側から見れば、侵略するための大義名分に利用しているようにしか見えません。そして、実際にこの軍を率いているクレアには、その事が十分に分かっています。

「それでは、クプラン子爵は、領内の奴隷達を開放する事に賛成なのだな。」

「もちろんです。」

「ミノー公爵家が、現在の奴隷を買い取って、こちら側で奴隷解放を実現しても構わないのだな。」

「もちろんです。領民達の財産保証をしてくださると言うのであれば、どうして異を唱える事がありましょう。我が領内の奴隷については、ミノー公爵家に全てを委ねます。」

「奴隷の件は了解した。では、改めて聞こう。領内の盗賊達を操って、誘拐事件を起こしたのは子爵ではないとの主張で、子爵側が不利になるような事はしないというのだが。では、誰が領内の盗賊達を操ったと言うのだ。自分ではないとの主張だけでは、誰からも信頼されない。」

「その件につきましては、お時間をいただ・・・。」

 ミノー軍とカーライル領民の注目を集める中、言葉の出なくなった子爵が、城壁の上で前側に倒れます。

「国賊ニコラ・クプランを、盗賊団を操った罪と奴隷解放の王命に従わなかった罪で誅伐した。以後、子爵領は王命が下るまで、ミノー公爵家が預かる。異議がある者は、領外へ出よ。より安全で、より豊かな生活を求める者は、公爵家に従え。」

 城壁内の住宅の屋根の上から子爵を射抜いたミーナが、大きな声で宣言すると、子爵領での戦いは終わります。3日前から侵入していたミーナは、一緒に潜入していた貿易商団と共に城門を開いて、完全占領を成し遂げます。


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