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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
3歳頃の話
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5 帰宅

5 帰宅


 イシュア歴375年の暗闇の暴走時の王都も、魔獣討伐成功の報と共に祝祭が始まります。中の巣で夥しい騎士達の犠牲がある事を理解しているからこそ、彼らの栄誉を讃えて盛大に祝うと言うのがイシュア国の習わしです。しかし、この年だけは、護衛騎士の死者が皆無だった快挙が成し遂げられたため、悲しみのない祝祭と呼ばれます。

 オズボーン公爵邸も過去のように遺体安置所にはなりません。護衛騎士として参加した全ての戦士が、自らの家へと戻ります。彼らを見送ったオズボーン公爵アランは、討伐完了を報告するための王城へと向かいます。

 若き当主として、歴代最高の戦果を上げたアランは、王城から戻ってくるまでは大勝利者としての笑顔を崩す事はなく、美丈夫の英雄として振る舞っています。ただ、公爵邸に戻ってきた時には、疲れ切ったような表情になり、そのまま執務室へと向かいます。


「兄さん、報告は終わった?」

「ああ、学園の方の巣も犠牲者なしだ。」

 広大な執務室の中にある応接テーブルの所に、弟エリックがいます。ケネット侯爵家当主の肩書を持った、かつての第2公子だった彼は、兄と良く似た美男子であり、筋肉量が兄よりも少ないため、兄に比べて弱いのではと思われますが、その分速さがあり、武技においては互角です。そのため、現在世界最強の戦士は、1つ違いの兄弟の2人です。

 金髪青目の良く似た兄弟ですが、執務室に入ってきた兄の表情は明らかに喜び以外の何かで覆われています。

「アラン、どうしたの?何かあったの?」

 赤髪赤目の姉が問いかけるのは当然です。これからしばらくは祝賀会の開催などの祝い事が続きます。地方の小の巣の結果は気になっても、大崩壊と言う状況になる可能性はほぼない上、仮にそういう事態が発生しても、王都に無傷で残る護衛騎士団が出動すれば間違いなく制圧できます。王都での完全勝利は、イシュア国全体の安全を完璧に担保しています。

 セーラやレイティアがそれぞれに緑と紺のワンピース姿でこの場に居るのは、完全に緊張感がなかったからです。

「はい。あ、ミーナも来ているのですか。」

「ええ。この子だけ、抱きついて離れないの。まずいかしら。」

「いえ。ミーナ、起きている?」

「起きているよ。アラン叔父様。」

「ここで今から話す事は内緒にしてもらえるかい。」

「うん。」

「約束だよ。」

「うん。」

 ソファーに近づきながら姪との約束を成立させた青の軍服姿の公爵に、エリック、セーラ、レイティアの3人は怪訝な表情を浮かべます。3歳の幼子に聞かせてもいい話であれば、大した問題ではないとも思えますが、わざわざ前公爵夫妻である両親を話し合いの場から除外していて、王城から戻ってきてすぐに話す必要があると要請をしているため、重要な何かがあるようにも思えます。

「兄さん、大事な話なんだよね。」

「そうだ。言い難い事なんだが。母上の死期が近いんだ。」

「今、死期って言った。」

「ああ。1年以内だと思う。」

 ソファーの隣に座っているエリックは、兄の横顔を見ながら、顔面蒼白になっています。ユーモアを理解する公爵であっても、兄が大切な事で冗談を言った事がないのを知っている弟は、その宣告を疑いません。

「どうして、アランはそう思うの?」

 長女レイティアの美声が震えているのを聞いた次女セーラは、隣の姉の横顔を見つめながら、先程の弟の言葉が聞き違いでない事を理解します。

「公爵邸には、公爵だけが継承する書物があります。その中に書いてありました。」

「何が書いてあったの?」

「暗闇の暴走の戦いに、2回参加して生き延びた公爵夫人または公女は、過去に5人いて、全員が1年以内に亡くなっています。一番早い方が3ヶ月後、一番遅い方では10カ月後です。」

「それだけでは分からないわ。それに、お父様もそうなの?」

「父上は違う。」

「レイティア姉さん、俺も、冷静ではないけれど、兄さんの説明を聞こうよ。」

「ええ。分かったわ。エリック。」

 4人姉弟と幼子が一呼吸すると、その視線がアラン公爵に集まります。

「5人とも中の巣で戦い、2回目の戦後、何らかの病気ではないようだが、徐々に体力を失って亡くなっている。様々な治療を行っても、体力が回復する事はなかった。60歳を超えていれば、老衰という事が考えられるけど。全員が40代で、老衰の年齢とは言えない。そういった情報に対しての、推測が書いてあった。」

「どんな推測、兄さん。」

「うん。5人とも、見た目が40代には見えなかったと書いてあった。」

「お母様と同じ。」

 長男リースを生むまでは、母親エリスと一緒に双子女神と呼ばれていたレイティアも、初産後は少しずつ肌の潤いを失っています。26歳の今、老化している様子は有りませんが、18歳の時の若々しさは失っています。妖艶になったという褒め言葉で語られるレイティアが美しい事は間違いありませんが、若さは失っています。それに対して、45歳になるエリスは18歳の若々しさを失っていません。見た目だけでなく、実際に肌に触れた感触が、自分の若い頃と同じである事をレイティアとセーラは確認しています。

「うん。その推測では。治療薬の過剰摂取が全ての原因であると書いてあった。母上は、前の戦いの時に、生き残ったけれど、その際に治療薬の過剰摂取によって死にかけた。 正確に言うと、肉体的には一度死んで、生まれ変わったと、推測として書いてあった。過剰接種後に発生した症状を考えれば、この推測は当たっていると思う。」

「治療薬の過剰摂取の結果、骨と皮だけになり、肉の全てが失われたという記録を見る限り、その推測は正しいと思うわ。急激に肉を失って、その後に短期間で回復したのだから、体に異変があるのは当然だわ。」

「これは、私の推測になるけど、母上の身体の変化は停止してしまったのだと思う。前回の暴走の時の20歳の時の肉体がずっと維持されてきたのだと思う。」

 オズボーン公爵家が、人間をはるかに超える戦闘力を持った戦士を生み出してきた要因は、強壮剤と治療薬の2つです。強壮剤は、大の魔獣を倒すために肉体を強化しなければならないために作り出したもので、基本的には暗闇の暴走の時にしか使用しません。今回、ギルバード、アラン、エリックの3人が協力して討伐しているため、その使用はほとんどありません。決戦の翌日、公爵が普通に会話できる事態は、良い意味で公爵家にとっての異常事態と言えます。

 もう1つの要因である治療薬は、極めて優れた物があり、訓練時の怪我を治療する事にも使います。その効果は、切り落とされた腕をほぼ一瞬で元通りにする事ができる程です。公爵家の訓練が身を刻みながら行われていると言うのは、比喩ではなく、実際にそのように行われていて、訓練中も治療薬でその都度肉体を修復しています。

 暗闇の暴走では、濃縮された治療薬を大量摂取した状態で戦う事で、魔獣に切られた傷を瞬時に治療できる状態にして戦うのが普通です。今回の戦いでは、レイティアとセーラの超強力な主砲がいたため、事前に治療薬を飲んでの戦いはしていません。

 前回の中の巣の戦いでは、主砲がエリスしかいなかったため、彼女は治療薬の過剰摂取状態を維持しながら、身を切り刻まれながらの戦いに勝っています。

「兄さん、治療薬の過剰摂取で、肉体の年齢が止まったり、遅くなったりするのは分かったけど。死期とはどうつながるの?肉体の若さが維持されているのなら、長く生きる事ができるんじゃないの?」

「ここからは、この推測を書いた方も、確証は持てないと書いていたけど。治療薬は、人間の持っている体力、生命力を活用して肉体の修復をしている。だから、治療薬を多量に飲む事は、生命力の前借をしたようなもので、寿命を短くする行為であると言える。もちろん、公爵で長生きしている者もいるから、適量であれば問題にはならない。」

「生命力を使い果たしたと言うのであれば、今まではどうしていたの?前回の戦いは25年前だよ。生命力を失くしたと言うのなら、25年間も。」

「本にも、生命力を使い果たしたのに、25年間に来ていた理由は何なのだと、疑問が書いてあったと同時に、推論として。公爵夫人、公女としての使命感、責任感のような、精神的なもので、生き延びていたのだと、そう推論していた。」

「役目を終えたからって事。」

 娘を抱いているレイティアは自制心を失う事はありません。しかし、斜め前のアランを見つめたまま、硬直します。公爵家の使命から解放された母親に与えられた時間が1年もない事に、ただただ硬直します。これからやっと、戦略兵器ではなく、人としての歩み始める事ができるのに、その使命を全うした人間に与える時間が、ほんの少しである事実に何も考えられなくなります。

 孫を可愛がる事もできないまま死を迎える事になるのだと考えると、レイティアの瞳だけが硬直から解かれます。

「ママ、痛いの?」

「大丈夫よ。ミーナ。大丈夫。」

 幼子の問いかけに、4人が時間の流れにそれぞれの心を戻します。

「アラン、私は明日の朝にここを出て、一度フェレール国に戻るわ。向こうの様子を確認する必要があるし。クレアを連れてすぐに戻ってくる。フェリクスも連れてこれたら、ザビッグも。とにかく、急いで戻ってくる。」

「セーラ叔母様、行っちゃうの。」

「ええ。すぐに戻ってくるわ。その時は、クレアと遊んであげてね。」

「うん。」

 セーラは実母と予期しない別れを体験しています。今回は、予期しているのだから、その別れまでにできるだけの事をしようと考えます。残された時間がわずかだからこそ、その時間を大切にしなければならないと決断します。


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