48 出陣
48 出陣
「ごめんなさい。謝って済む事ではないけど。」
「クレア。謝ってもらう前に、確認したい事があるわ。」
クレアの自室に2人だけになった姉達は、お互いに見つめ合い、にらみ合い、立ち向かっています。
「これから、盗賊の拠点の殲滅、裏で操っている貴族を討伐するつもりなんだけど。クレアはどうする?」
公爵夫妻が戦争に発展する討伐を許可しないと分かっているクレアは、自分が試されている事を理解します。夫妻が不在の今、14歳であっても公爵家の最年長はクレアであり、緊急事態が発生した場合、公爵領内の部隊を動かす権限を第1公女は有しています。
魔獣の巣から魔獣が出てしまう場合、他領から攻撃を受けた場合、この2つの事態を想定しての軍事指揮権ですが、エリカティーナへの凌辱は、公爵家への攻撃であると判断して、クレアの決定だけで軍を動かすことが可能です。
「討伐します。」
深紅の瞳に怒りと強い意思を見たミーナは、青い瞳から怒りの色を消すと、クレアに対して優しい眼差しを向けます。
「決意してくれたのなら、話しておくけど。エリカティーナは盗賊達に何もされていないわ。敵の砦で盗賊達を全員討伐したのは、私ではなくて、エリカティーナよ。私が砦に着いた時には、盗賊は全員切り捨てられていたわ。」
「・・・本当に。」
「本当よ。隠してはいるけど、本当に強い子よ。」
「いつも手袋をしているのは。」
「手の平を見せてしまうと、それなりの強さだって見抜かれてしまうからよ。強さを隠しているのは、私が、エリカに、普通の令嬢になって欲しいと言ったことがあるからなの。強くはなるけど、せめて周りには普通の令嬢に思わせるのが、姉孝行なんだって。」
「・・・広まった噂は。」
「今から否定しても、どうにもならないわ。エリカは、こういう噂が出ても気にしないみたいよ。誘拐されるふりをした時点で、覚悟は決まっているみたい。それに、近づいてくる男たちを事前にふるい落とすことができるから、良かったと思っているだって。クレア、大丈夫。」
安心したクレアが腰を抜かしたように膝から崩れ落ちて、床に座ります。大義名分を掲げて戦うためには仕方がないとはいえ、お客様として招いたエリカティーナに治療できない傷をつけてしまった事を、ミノー公爵家の人間は思い悩んでいます。ミーナは公爵家を騙さなければならない事を申し訳ないと考えますが、奴隷として囚われていた人々を開放する作戦を完遂するまでは、全速で駆け抜ける必要があり、しばらくは騙し続けなければならないと考えます。
公爵の執務室に呼び出された公子ヴォルト、トム、公女ルイザは、エリカティーナが何もされていない事を知らされて泣き出します。泣くのは仕方がないとはいえ、時間が惜しいミーナは、執務室の大テーブルに地図を広げて、今後の作戦について話します。
「これから、北部地域の盗賊団と、盗賊団を操っている貴族を討伐しに行くわ。どの貴族を討つのかは、状況次第だけど。モーリア伯爵とクプラン子爵は仕留めるわ。」
「私は賛成よ。3人はどう?」
「反対しても動くつもりなんだから、聞いても意味はないよ。僕は賛成だ。トムとルイザは。」
「私も賛成です。」
「僕も賛成。」
「フェリクス叔父様とセーラ叔母様の許可を得る時間はないから、無許可での軍事行動になるから、叱られる事になるかもしれないけど。大丈夫?」
ミーナの確認に対して4人は同意します。形式的にとはいえ、2人が不在の時には、長女クレアに指揮権が委譲されているため、叱られる事はあっても、正式に処罰を受ける心配はないと考えます。
「まず、東部と北部の各貴族に、自分の領地の盗賊団をすぐに殲滅したら、討伐軍を率いている公子ヴォルトに報告するようにとの書簡を送る。可能な限り速やかに報告を為さない場合、ミノー公爵軍が代わりに討伐するために、出向くとの警告を添えてね。」
この通達は、奴隷解放を徹底している東部の貴族達に対しては、すぐに援軍を送らなければ、踏み潰すと言う脅迫になります。ミノー公爵家がある東部地域の治安が良いのは、経済的に余裕がある事と、ミノー公爵軍の強さがあるからです。フェリクス公爵とセーラ公爵夫人が、王位継承戦争の英雄であり、特に公爵夫人は死神と2つ名を送られる程に、敵を討伐しています。首謀者である当時の第2王子を謁見の間で射殺して生還した事は、その武勇が優れていることを証明しますが、婚約者の兄にあたる第2王子を何の躊躇もなく討伐した事は、無慈悲さの証明でもあり、民衆も敵も死神と呼ぶことに違和感はありません。
この15年間、東部地域が安定していたのは、悪者どもがミノー公爵家のセーラの顔色を窺っていたからです。その無慈悲な武威に逆らってまで、奴隷売買で利益を得る事は安全ではありません。公爵家に踏みつぶされるリスクを取りながらの奴隷売買よりも、公爵家に頭を下げながら、木材売買などの貿易利権を得る事の方がお得です。そう言った計算が成り立つため、東部地域への脅迫の効果は高いものになります。
実際に700名で出発したミノー公爵軍は、最終的には5000名の規模にまで膨らみます。
「ミーナ姉さん、周辺の貴族から兵を出させるのは当然で、その通達を出すのは分かるけど、討伐軍を率いるのは、クレア姉さんではないの?」
「クレアは、公爵代理として書簡を送るけど、前線の司令官役は、公爵家の跡取りであるヴォルトに決まっているでしょ。」
「うん、形だけの司令官でも何でも協力はするけど。」
「心配しなくていいわ。ザビッグにサポートしてもらうから。とりあえず、今後の作戦を詳しく説明するわ。私は、今夜までに騎馬兵50を率いて、北部に向かうわ。盗賊団が逃げる前にできるだけ、拠点を潰す。後はクレア。」
「はい。私は今日中に書簡を送りだしたら、明日の夜に騎馬兵50を率いて北部へ向かう。ミーナと同じように、盗賊団をできるだけ叩く。ヴォルトには3日後を目安に、ここを出陣してもらう。歩兵が中心になるから、そんなに急がなくてもいいわ。クプラン領まで12日ぐらい時間をかけて進軍をして。東部地域の貴族軍を吸収しながらよ。到着する頃には、私達も合流するから、そこで状況を見てから、行動を決める。トムとルイザは、エリカティーナの護衛役と、各地で保護した奴隷達への対応が任務よ。」
長女からの指示が出ると、弟妹達はなるべきことを理解して、子供ながらも優秀な戦士、優秀な文官として動き始めます。
ミノー公爵邸近くに在住している騎士達に集合がかかり、ミーナと共に出陣する34名が選ばれます。
赤黒い肌着のような魔獣の皮で作った内着に重ねて、茶色の軽装革鎧を装着します。両腰の短剣装備も腰ベルトも短弓も、オズボーン公爵家の物と同じです。使い慣れたような感触を確かめながら、ミーナは戦闘準備を整えます。
赤黒色の帽子で短い金髪を完全に隠すと、完全に魔獣を狩る傭兵の姿になります。ただ、革鎧の胸当てが、膨らみをやや打ち消していても、女性だと分かる立ち姿に見惚れる騎士達もいます。
「騎乗後は、ほぼ全速力で駆け抜けます。途中に替え馬を用意している場所があります。ある程度の無茶をさせても問題はありませんが。私について来られないのであれば、後続の本体と合流してください。」
夕闇に溶けるようにして、魔獣の森中央部を駆け抜けるために第一陣は出陣します。
翌日の昼、深紅の鎧で装備を固めたクレアが、60名の騎馬兵たちの前へ立ちます。深紅のマントを翻した深紅の騎士は、髪も瞳も同じ色です。いつもの優しい第一公女様ではなく、母セーラの武をまとう深紅の騎士になっています。
「これから、魔の森を抜けて、北部地域に進軍します。そこで、盗賊団が隠れている砦を急襲します。盗賊に対しては、一度だけ降伏勧告を行いますが、受け入れないのであれば、その場で殲滅戦を行います。砦によって戦い方は変わりますが、基本は弓での遠距離攻撃でできるだけ敵を叩きます。クプラン子爵との決戦を想定しているため、こちらの犠牲を可能な限り減らします。戦闘も移動もすべて、先程定めた3人1組での行動を取るように。これは命令です。」
セーラ夫人に非常によく似たクレアは、つり目が印象的で、気の強い公女に思われますが、領民にとっては気さくで優しい一の姫です。弟達と妹の面倒をよく見る気の利く姉は、何でもできる能力を持った公爵家の宝だと、誰からも認められています。
しかし、この日、多くの領民たちは、第一公女が身を飾るだけの美しい宝石ではなく、魔獣を倒さなければ手に入らない魔石である事を知ります。ミノー公爵家は、イシュア国のオズボーン公爵家と同じように、武門の一族です。よく似た容姿の第1公女クレアは、15年前の戦いで活躍したセーラ夫人の全てを受け継いでいる事を、誰もがはっきりと認識します。
クレアの率いる騎馬兵が森の街道を駆け抜ける姿を見た騎士や領民達は、両国の名家に最大の恥辱を与えた盗賊とその背後にいる子爵を、討ち滅ぼさなければならないと、心の底から湧き出てくる怒りと共に、最後に出陣する公子ヴォルトの部隊へと合流します。
歩兵を主体とする公子ヴォルドが率いる本体が出発した時、ミーナは最初の砦を急襲して、50名のうち30名の首を狩り、降伏した20名を捕虜にすると、隊を2つに割って別の砦へ向かいます。その砦も一瞬で陥落させて、多くの捕虜を捉える事に成功します。
1日遅れで出発したクレア隊も、2つの砦で勝利を得た後、追いついてきた本体に合流します。これまで、情報漏洩のために、二桁を越えた盗賊の討伐に成功した事がなかったミノー公爵軍は、総計150名の盗賊を討伐または捕獲に成功します。東部と北部地域を繋ぐ街道で暴れていた盗賊団の殲滅を成し遂げます。




