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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
15歳頃の話 妹は9歳頃
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47 解放

47 解放


 ミーナが救出に向かってから6日後、一台の馬車と騎馬がミノー公爵邸に到着します。玄関前の門を通過した馬車を待っているのは、4人の子供達で、その誰もが顔色を失っています。

 馬を降りた茶色の傭兵装備のミーナは、馬車の扉を開けると、少女と1人の女性を降ろします。2人の表情にも笑顔はなく、無表情のままで、ミーナの後を歩きます。

「ミーナ。」

「クレア、話は後でいい。2人を落ち着かせてから、話をするから。」

「はい。」

「ルイザ、ヴォルト、トム、出迎えありがとう。」

 何も言えないまま、4人はエリカティーナと盗賊砦から解放された女性を見送ります。

 2日前に、公爵領に届いた書簡には、エリカティーナが誘拐された事、ミーナが砦の盗賊を皆殺しにして救出した事、エリカティーナと一緒に砦内にいた奴隷女ナタリーを救出した事だけが書いてあります。最悪の想定を誰もがする中、公爵領内に事件の真相なる情報が駆け巡ります。

 イシュア国宰相の次女、9歳のエリカティーナが盗賊砦内で、奴隷女と一緒に凌辱されたという話が一気に広まります。

 虚偽であると叫びたい者たちも、ミーナが砦内の盗賊50人を皆殺しにした事実を前に、最悪の事が発生した事を信じるしかありません。圧倒的な武力を前に降伏しているはずの盗賊を皆殺しにする理由は1つしか思いつかないからです。


 一週間後、フェレール国の王都に激震が走ります。エリカティーナ誘拐事件の情報が王都で広まります。あり得ない情報が虚偽ではない事を証明する、クレアからの書簡がミノー公爵夫妻の元に届いた事で、王都の激震はさらに強く大きくなります。

 国王が迎えた大切な客人、しかも、イシュア国の宰相の娘、オズボーン公爵家一族でもある9歳の少女が誘拐されて、奴隷女と同じような扱いを受けたという事実は、フェレール国の大失態であり、イシュア国から宣戦布告を受けても仕方がない状況を作ります。

 御前会議では、どのように謝罪をすればよいのかと同時に、北部の治安の悪さ、未だに奴隷解放を徹底していない北部貴族の問題も話し合われます。イシュア国に対する責任から逃れたい貴族達の多くは、北部貴族を討伐するべしという意見を出すようになります。

イシュア国の報復が国ではなく、特定の貴族に向けるようにするしかない以上、特定貴族をフェレール国側で処理する事で、わずかなりとも怒りを和らげることができると、フェレール国の貴族達は考えます。

イシュア国は魔獣討伐を成し遂げた強戦士の国という事は昔から語られています。前公爵ギルバードの100人切りの武勇伝も伝わっていて、イシュア国か強国である事はかなり前から知られています。ただ、今は現実的な恐怖と共に、イシュア国の強さがフェレール国の貴族達には刻み込まれています。

15年前、フェレール国で起こった王位継承戦争では、第2王子が勝利するはずで、現在の国王は追い込まれています。その状況下に参戦したのが第3王子フェリクスとイシュア国の第2公女セーラと、2人が率いるイシュア国の兵士500名です。戦況を変えるはずがないと思われた援軍は、連戦連勝を重ねて、第2王子側の勢力を叩き潰します。最終勝利の時点では、第3王子の勢力はそれなりの規模になっていますが、その中の主力はイシュア国の兵士達であり、セーラです。

その記憶がしっかりと残っている今、イシュア国のオズボーン公爵家とファロン宰相家が、2000の兵士を率いて乗り込んでくれば、フェレール国は蹂躙されるとほとんどの貴族達は震えながら、この辛い現実を見なければなりません。

恐慌状態から回復したフェレール国は、討伐をするにしても、手順があるのだから、少なくとも、奴隷解放を徹底していない貴族や盗賊団を抱えていると疑われている貴族を王都に呼び寄せて、審問会を開くべきであると決定します。

ただ、次々と変化する噂は信じられないものに変わります。

北部貴族の中で、奴隷売買と盗賊団囲いによって最大の利益を得ているのが、モーリア伯爵です。37歳の美丈夫は、第3夫人まで持っていて、女好きとの噂が消える事はありません。奴隷売買の主犯と見られているため、領地の屋敷では100人の奴隷女を囲っているという噂も前から流れています。

その彼は王都の開催されたミーナとエリカティーナの歓迎式典に参加しています。北部の主要な貴族としては当然のことです。ただ、歓迎会が終わるとすぐに北部の領地に戻っています。そして、誘拐事件が発生しています。

その状況から、1つの噂が成立します。誘拐事件の主犯はモーリア伯爵であるとの噂が真実であるとされます。早めに帰国したのは予定通りですが、エリカティーナを一目見て気に入った伯爵が、どうしても彼女を手に入れるために、誘拐事件を計画して、その準備のために誰よりも早く領土に戻ったという事になります。盗賊団が簡単に宰相令嬢に近付ける訳がないのだから、伯爵が巧みに近づいて誘拐して、彼がエリカティーナ嬢を凌辱した本人であるとの噂も、事実であるかのように広まります。

盗賊団が殺されたのが事実だが、自分の犯行を隠すために伯爵が自分の手下たちを殺しただけであるから、彼を討伐しない限りは、イシュア国の怒りは収まらないと、明らかにフェレール国の世論を誘導するための話であっても、イシュア国からの報復という恐怖を前には、その誘導された道を歩むべきであると考える者達が、大きな声でモーリア伯爵討伐を訴えます。

奴隷解放を実現していない事がフェレール国の恥であり、今回の事件の根本にあるのだから、徹底的に奴隷解放を行うべきであるという機運は、今までにない熱気を持つようになります。北部以外でも、奴隷解放に消極的な貴族家は潰しておいた方が良いという意見まで出るようになります。

王家、ルカミエ公爵家、ミノー公爵家が国内の全奴隷を買い取る形で、奴隷解放を徹底すると発布した事で、恐慌状態を収めようとしますが、その時には、歴史はすでに動いています。


 フェレール国の王都を揺るがした情報が、イシュア国の首都に届いたのは、さらに10日後です。貿易商人達がもたらした情報は、各地で広まりながら王都に到着します。

「レイティア!」

 ファロン伯爵邸の一室に、黒い文官服のロイドが飛び込んできます。年齢を重ねて魅惑な女神になっている妻の部屋へと慌てて飛び込んできます。

「落ち着いてください。旦那様。」

「落ち着いている場合ではない。」

「エリカティーナの事ですね。」

 ソファーに身を置きながら、妻は慌てる事もなく、向かいの席に座るようにと促しますが、父親として冷静さを保つことはできません。

「聞いただろう。」

「エリカが盗賊に囚われて、凌辱されたと言う話ですか?」

「そうだ。」

 冷静沈着な宰相であり続けているロイドの緑の瞳が濁りきっているのを見るのはレイティアも初めてですが、母親は普段と変わらない表情と態度を維持しています。

「父上。」

「母上。」

「リース、バルド、私の部屋です。」

 大声で邸内に突入した2人の息子に自分の居場所を伝えると、3人の男性を向かいのソファーに並べて座らせます。間に置かれている低いテーブルの上にある書簡についてレイティアが話します。

「ミーナからの手紙です。向こうで、エリカが盗賊に囚われて、すでに解放されていて、盗賊は全滅したと書いてあります。そして、心配する事は何もないと添えられています。」「心配に決まっている!ミーナはどういうつもりなんだ。エリカを守ると言っていたではないか。」

「旦那様。エリカが凌辱されたと言うのは噓です。盗賊を全滅させたのはセーラではなくて、エリカです。」

「レイティア、何を言っているんだ。認めたくない気持ちは分かるが。」

「旦那様。内緒にしていた訳ではありませんが、エリカは対人戦については、私よりも強いのです。イシュア国でもフェレール国でも、エリカを傷つける事ができる人間はいないのです。」

「特別な訓練に参加しているとはいえ、9歳の子が。レイティアに勝てるはずが。仮に、レイティアが年を重ねて、力が衰えたとしても。」

「旦那様、失礼です。私は成長しませんが、全盛期と同じ力は維持しています。とにかく、リースもバルドも、エリカが強さを隠している事は感じていたはずです。私の言葉を信じる事ができますね。」

「父上、エリカが母上を超えているかどうかは私には分かりませんが、騎士程度の実力と言う評価が嘘である事は間違いないです。隠しているようなので何も言いませんでしたが、私よりも早く動くことができるのは間違いありません。盗賊に不意を突かれたとしても、エリカの体に触れる事は誰にもできません。」

「レイティア、今のエリカが中の魔獣を討伐する事ができると言うのか?」

「一体程度なら確実に倒せます。ですが、体が小さいため、長時間戦う事はできません。体力が持ちませんから。ただ、体が小さく軽いため、私達よりも早く動けます。それが、対人戦においての最強の武器になります。とにかく、エリカが不覚を取る事はありません。」

「だが、それなら、なぜ、このような噂を・・・。」

 冷静さを取り戻せれば、今回の政治的な意味が理解できます。フェレール国はイシュア国に対して大きな罪を背負う事になります。領土割譲を要求しても通る可能性がある程のる政治的な環境ができています。しかし、今のイシュア国は領土割譲を要求するメリットはありません。イシュア国には、南東部には未開の地が残っていて、領土を広げるのであれば、開拓団を編成した方が、大きな利益を手にすることができます。

 この政治的な状況を作ったのが、ミーナとエリカティーナの意思であるなら、その目的は間違いなくミノー公爵家を助ける事です。現在のミノー公爵家の抱えている重要課題は、北部地域の貴族達に、奴隷解放をさせる事と、私有している盗賊団を解体させる事です。しかし、2つの問題を隠している貴族達を翻意させることは難しく、各領地の統治権を盾にされると、2つの問題の原因を暴いて、裁きの鉄槌を下すことは、地域戦争を誘発する事になります。

「向こうの北部地域の盗賊団を討伐する大義名分を手に入れるために。」

「そうでしょうね。ミーナとエリカのどちらが考え出したのかは分かりませんが。どちらにしても、エリカは同意して、誘拐される役を演じていると思います。」

「イシュア国の国民の怒りを煽って、フェレール国への圧力にして、ミノー公爵家の軍事行動の正当性を担保するという事か・・・。無かった事にはできないのだから。最大限、活用するしかないか。」

 宰相ロイドは、イシュア国内に対して、布告を出します。

今回の事件はフェレール国の一部の盗賊が起こしたもので、フェレール国に罪がある訳ではなく、フェレール国に対する責任追及はしません。当然、これまで通り友好関係を維持して盛んな貿易を途絶える事のないように布告を出します。両国民には、この事件に関連しての争いを起こさないようにとの強い警告も出します。


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