46 誘拐事件
46 誘拐事件
ミノー公爵夫妻は、王都での会議があり不在、その状況下で公子公女4人は、定期的な魔獣の巣での討伐に参加するための準備を進めます。その中、ミーナは巣の見学がしたいと言い出して、公爵邸を出発します。
魔獣を狩る戦士達の戦いを間近で見た後、ミーナは北方の街に見学に行きたいと言い出して、エリカティーナと6人の護衛と一緒に向かいます。自分勝手な行動をするミーナ嬢の指示に逆らわないようにとの指示を受けていた護衛達は黙ったままそれを受け入れますが、北の街に到着してからの行動には抗議します。
「ミーナ様、こちらにおいでですか。」
「どうしたの、ファビアン。」
「入室してお話させていただいてよろしいでしょうか。」
「いいわよ。」
街中の高級宿屋の一室に入ってきたファビアンは、軽戦士の装備を付けたまま、臨時の主の部屋に入ります。
「失礼します。」
「どうしたの。」
薄黄色のドレスを纏った美しい女神の隣に、金髪の美しさだけが輝いているミーナがいます。女中のような安っぽい茶色を基調とした服を身に着けている女性の姿に、ファビアンは驚きの表情を向けます。
「ミーナ様、本当に、街中の、その。」
「女奴隷たちが売春させられている酒場に行くわよ。」
「なぜ、そのような事を。」
「情報収集よ。」
「危険です。調査であれば、私たち護衛にご命令ください。その酒場を調べて参ります。」
「調べる必要はないわ。そこが売春酒場だって事は分かっているもの。私の美貌に食いついてきた店の主を釣り上げて、奴隷を供給する盗賊団の居場所を吐かせるのが目的よ。護衛の皆にはできないでしょ。」
37歳の細身の紳士は、自分が盗賊団とつながっている事をミーナが知っているとは考えていません。だから、ここで驚いた表情を見せても、大切なお客様を押しとどめる事をできずに困っているようにしか見えないと考えています。
ただ、このスパイは本当に困っています。ミノー家の公子公女が4人とも、子供の年齢であるのに、1対1で魔獣と戦い討伐に成功している事を知っています。その4人が姉と慕うミーナが、さらに高い武力を有しているのは確実で、売春酒場の盗賊達を討ち取る事を心配しています。そこで、盗賊団の現在の駐在地を知られたら、砦と共に仲間たちが討ち取られる可能性は低くありません。もちろん、砦を放棄させれば良いのですが、拠点を1つ潰されると、その損失は小さくありません。
「ミーナ様、フェリクス公爵閣下やセーラ公爵夫人はご存じなのですか。」
「後で報告はするわ。」
「ここは、クプラン子爵の領地です。この街で争いが発生すると、貴族間の戦争に発展する可能性もあります。」
「その可能性はないわ。私が行く酒場が、奴隷に売春させていなければ、何も起こらない。もしそういう事が行われていたら、フェレール国の国王布告を無視した罪で、討伐対象になるのだから、何の問題もないわ。」
大人の身長と身体つきを持っていても、未成年である15歳の少女がするような行為ではありません。いくら武勇に優れていても、異国から来た宰相の令嬢がして良い事ではありません。しかも、危地に向かおうとしているのに青い瞳を輝かせています。
絶世の美少女と言える9歳のもう1人の少女は、笑顔を称えたままで、姉が危地に向かう事を止めようとしません。
「ファビアンさん、ミーナ姉様を信じて待っていれば、全てうまく行きます。」
宰相家の箱入り娘エリカティーナの美しい声に魅了された訳ではありませんが、余りにも落ち着いた声に、ファビアンは同意の返事をします。庶民と直接触れたくないためなのか、何の目的があるのかは知らなくても、常に白い手袋をしている貴族令嬢には、美しすぎると言う威圧感があります。
美少女の美が本当に威圧感を発しているかを証明する方法はありませんが、エリカティーナに接した全ての人間が、笑顔の時に発する威圧感だけ特別な何かを持っていると感じています。
「あなたたちの任務は、エリカティーナを守る事よ。重要な任務だから。」
その言葉を残したミーナは、潜入捜査に向かいます。
ミーナ・ファロンの大誤算、大失敗、大失態と呼ばれる事件が発生します。
売春酒場に入ってきた薄汚れた服を着ているだけの、気品ある女性に話しかける愚かな人間はいません。南の方から5名の護衛騎士と馬車が到着した事を知った街の人間は、それらがミノー公爵家に関連した集団である事は簡単に推測できます。そして、護衛の中に仲間であるファビアンを確認したため、盗賊団に関連する施設や人間に警戒態勢を取るようにと通達が出ています。
金髪青目の美しい顔立ちと豊満な身体つきを持った女性が、ミノー公爵邸の客人であるミーナ・ファロンであると誰もが予測する中、釣りあげられる愚かな魚はいません。あのミノー・セーラ公爵夫人の姪が弱いはずはなく、薄汚れた服の下に小さなナイフが隠されているのは間違いなく、一本のナイフがあれば、ほとんどの盗賊であれば一瞬で殺される事も分かっています。
閉店時間まで、1人で酒場にいたミーナは、最終手段として、裏路地で無防備に寝る手を打ちますが、朝になるまで監視されているだけで、襲撃が全くありません。翌日の夕方になるまで、街中を歩き回って、他にもある奴隷売春の店の位置を確認しますが、昨日と同じ酒場へと舞い戻ります。
2日目の夜も、襲撃しやすいような裏路地で眠りますが、監視されている気配もなく朝を迎えます。
街中をとぼとぼと歩きながら、ミーナは次の一手を考えます。とりあえず、酒場を占拠して、店主を吊るし上げる事で、何らかの情報を手にするのが、一番安易な策です。ただ、店を仕切る男性はいますが、店主と言うような支配力を持っているようには見えません。店にいるから全員が盗賊団の一員である保証はなく、単なる労働者である可能性もあります。街中で騒いでしまうと、盗賊達が今の砦を放棄して逃げ出すに決まっています。
もう少し服を汚して、臭い匂い放つようになってから来ればよかったのかと考えながら、歩いていると、前から傭兵姿の護衛の1人が走ってきます。
「ご無事でしたか。」
「何かあったの。」
「いえ、あの、ミーナ様が酒場に閉じ込められていると報告があって、酒場に皆で向かったのですが。そこには誰も居なく、何かがあったと考えて、皆で手分けして探していたのです。本当にご無事で良かった。」
「皆で来たって言ったけど。エリカティーナはどこにいるの?」
「エリカティーナ様は、宿屋でお待ちしています。」
「護衛は誰なの?」
「ファビアン様1人です。」
「エリカティーナが、ファビアン以外の5人は、私を助けるために酒場へ向かえって言ったの?」
「はい。エリカティーナ様の指示を聞いて、ファビアン様が命令を出しました。」
「・・・・・・。」
「これから、いかがいたしましょう。」
「皆を集めて。酒場を襲撃するから。」
「え、あ、はい。」
スカートの中から短剣を取り出したミーナの殺気を感じた護衛騎士はすぐに仲間を集めます。
酒場に突撃したミーナの美しい大声に、酒場全体が震えます。
「奴隷を開放する。逆らう者は殺す。奴隷を傷つけた者も殺す。」
酒場の1階の店員が腰を抜かした時、2階の部屋のいくつかがバタバタと音を立てます。奴隷売春の場である2階には、客か盗賊かは不明であっても、奴隷女を玩具にした男たちがいます。
皆殺しにしたい衝動を抑えながら、ドアを一室一室蹴破ります。
「客か、盗賊団の者か。」
その問いかけに全員が客であると答えますが、その中の2名だけはミーナに5発ほど殴られて、部屋の外に蹴り出されます。護衛騎士達に捕まった2人を1階の酒場に下ろすと尋問を始めます。
「ミノー公爵家の客分のミーナよ。知っていると思うけど。お前たち2人が昨日も一昨日も店にいた事は覚えている。盗賊団の一味だと言う事は分かっている。素直に言えば、命を助けてやる。素直に言わなければ、もちろん、殺すが。痛めつけながら殺す。それに、先に言っておくが、どの店がお前たちの店なのかは分かっていて、この街の周辺にある拠点も全て知っている。したいのは確認だけだから、言わなくてもこちらは困らない。どうせ、全ての拠点を潰すのだから。」
美しい女が好物の盗賊達は、美女から放たれる殺意を前に、震えが止まりません。襲撃時に生死のやり取りをした経験があるにも関わらず。その経験が何の意味もない程の威圧感に震えます。
「ファビアンがお前たちの仲間である事も知っている。ただ、単なる下っ端なのか。どのくらいの地位にいるのかは分からない。そういう事を聞きたい。」
そういった瞬間、盗賊の1人が服従を申し出ます。ファビアンがクプラン子爵量の盗賊団のNO3の地位にいる事、この街で奴隷売春をしているは、もう1軒の売春宿だけで、男性の奴隷労働者は離れた鉱山で働かせている事、この周辺の盗賊の拠点で使用しているのは南側にある拠点である事を確認したミーナは、売春宿の奴隷たちを開放すると、もう1日だけ、この街に滞在します。
ミノー公爵軍の一部隊を呼び寄せていたミーナは、翌朝到着した部隊に奴隷たちの保護と盗賊達の護送を命令すると、南部の盗賊砦に単騎で向かいます。




