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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
15歳頃の話 妹は9歳頃
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44 手紙

44 手紙


「お姉様、また、クレア様へのお手紙ですか?」

「そうよ。でも、またという程ではないでしょ。手紙のやり取りは、2月に1度くらいなんだから。」

 5歳の時にフェレール国で出会ってからの10年間、ミーナとクレアは会えない時間を手紙のやり取りで埋めています。交易商団に合わせて、2月に1度の交流ですが、その時に送られる手紙は一通と言うだけでなく、日々書き溜めた物も送ります。

「でも、普段から手紙を書いてはいますよね。」

「書いてはいるけど、どうしたの?何か怒ってる?」

 応接テーブルのソファーに腰を下ろしている可愛い妹が、最近尖った感情を少しだけ自分に向けてくる事に気付いていましたが、今日は隠す事もなく、尖った感情をぶつけてくる事に、ミーナは戸惑います。

「怒ってはいません。」

「そうなの。怒っているように見えるけど・・・。」

「・・・・・・。」

「言いたい事があれば、はっきりと言っていいのよ。」

「お姉様は、私とクレア様のどちらが大切な妹だと思っているんですか?」

「クレアは従妹よ。妹はエリカだけよ。」

「クレア様は、お姉様と呼んでいるんですよね。」

「私の方が年上だから。」

「そう言う事ではありません。お姉様の事を、お姉様と呼んでいいのは私だけなんです。」

「・・・それで、何を怒っているの?」

「お姉様とお話がしたくて、ここに来たのに。クレア様への手紙を書き続けて・・・。」

「ごめんなさい。エリカ。明日には商団に渡さないといけないから。そうね、そっちに行くから、そんな顔をしないで。」

 姉が大好きな妹の不満は、姉が多くの人間から慕われる事です。姉の人気が高いと言うだけなら、妹としては嬉しいのですが、姉が自分以外の誰かに時間を費やす事が不満です。幼女ではなくなった9歳の少女として、常時一緒に居られない事は受け入れていますが、一緒に居る時には自分だけを見て欲しいという願望は失っていません。

 翌日送った手紙の返事とは異なる書簡が到着したのは5日後の事です。


 ミーナとクレアの手紙のやり取りは、身近な事を書き綴る所から始まります。5歳の子供らしいお手紙のやり取りは、2年後ぐらいから変化を見せます。クレアが政治に関係する質問を書くようになります。それらの質問に丁寧に答えながら、ミーナはいつくかの解決案を提示します。

 そして、自分とクレアの立場の違いを深く考えるようになります。クレアはミノー公爵家の長女であり、そっくりな母親セーラの後継者と誰からも思われています。武においても成長している事を確認した周囲の人々は、より多く期待を向けるようになります。期待される事だけであれば、クレアが潰れるような事を心配する必要は有りませんが、公女には責務が発生します。実際に、ミノー公爵夫妻が王都や各地、魔獣の巣に出向している間は、クレアが公爵家の最年長者になるため、代理として行動する事があります。さらに、将来はルカミエ公爵家夫人になる事も決まっているため、クレアには幼い時点で、公爵夫人としての能力を求められています。

 一方、ミーナは、宰相の娘とは言うものの、あくまでも伯爵家令嬢であり、宰相の後継者でも、次期当主でもありません。完全に無責任とは言えませんが、自由奔放に振る舞う事ができる立場で、現時点で多くの責任を背負う立場ではありません。

ミーナの行動が失敗していないから、周囲からは問題点が見えにくくなっています。しかし、よく見れば、一般的には、親や一族の七光を活用して、自分勝手を貫いている令嬢である事が分かります。僅かでも失敗があれば、ミーナへの評価は我儘娘になりますが、成功する事によって、その評価とは真逆の好評価かを得ています。

 ミーナ自身は、力を借りている相手に対しての責任感を持っていますが、自分自身の評価を上げるために何かをしている訳ではないため、言葉だけの責任感を感じる事はありません。具体的な行動を伴っていなければ、責任を果たす事ができないと分かっているため、自分の行動範囲外についての責任を、ミーナは感じる事がありません。ミーナがするべきことは、支援者への報告であるため、それ以外の事については、事案ごとに異なります。ミーナにとっての責任を取る事とは、自分の好き勝手に実行する前に支援者に相談する事と、失敗しない事の2つだけです。

 無責任状態であるからこそ、とりあえず実行してみようと言う行動力を生み出して、その行動力が多くの成功を導き出しています。


「ミノー公爵家の資金を増やす方法を教えてもらいたい。」

 クレアからのストレートな要望に対して、ミーナは両国を南北に縦断する交易網の構築を提案します。

 ミノー公爵領、ルカミエ公爵領、ファルトンの町、王都、オズボーン公爵領、モーズリー高原の6か所に商団を設置して貿易を行うと同時に、運送業も並行して行います。利益のサポートにしかならないと思われていた運送業が、3年後からは利益の主軸になります。

 3公爵家と宰相家が運送業の信用保証をしているため、荷物を盗まれる心配はなく、確実に運んでもらえる事は、多少運送料が高くなっても、利用する商人や貴族達には好評です。

 ミーナの視点から言えば、資金をエリック叔父さんから引き出して、キャロライン叔母さんが整備した流通網に主軸線を作り、実務はバルドに手伝わせて、フェレール国側はクレアに丸投げしているだけで、自分1人だけの功績ではありません。しかし、クレアの視点からは、助けを求めた事に見事な回答を出したミーナが頼もしい存在に見えます。

 クレアが何でもミーナを頼った訳ではなく、自分でどうにか処理した問題も数多く存在しますが、常にミーナに相談すると言う姿勢をクレアは取り続けます。2人が定期的に書簡を送るのは、2人の友情のためだけでなく、両家が携わる事業に関係しているからです。そして、この貿易商団を使ってのやり取りが始まって以降、初めて書簡を送るためだけの使者をクレアが用意した事に、ミーナは驚くと同時に、クレアにとって深刻は事態が発生している事を理解します。


 フェレール国は王位継承戦後の15年間で国がかなり安定していると言われます。イシュア歴372年の王位継承戦が第1王子の勝利で幕が閉じたと同時に、第1王子の勢力基盤である西部地域は、勝利者としての利益を得る事で安定します。対立した第2王子の勢力基盤であった南部地域と東部地域は一時的に混乱しますが、南部地域のルカミエ公爵家が持ち直す事で、立て直しに成功します。東部地域は、魔獣の森を開拓したミノー公爵家が魔獣達を駆逐して、森の領地化に成功すると、その武威で周辺の混乱を治めます。そして、北方地域は、第1王子派と第2王子派の貴族達が入り乱れての闘争を繰り広げていましたが、第1王子の即位と同時に大戦が終了したと判断して、貴族同士の武力衝突は治まります。

 これまでに比べて、安定した時期を作り出したフェレール国には今、2つの根深い問題が存在しています。

 1つは奴隷問題です。フェレール国では制度として存在していませんが、争乱で敗北した人間を、勝者の奴隷にする慣習があり、奴隷と呼ばれる者達は存在しています。国王家が、奴隷を禁止する法令を発布していますが、王権力による支配力が弱いフェレール国では、奴隷を解放するかどうかは、各領地の貴族達の統治方針で決まります。ただ、現国王を支えるミノー公爵家の力に補完された王権は、全ての貴族達に奴隷解放の通達を発表させる事に成功していますが、奴隷商人達に人材派遣業を営ませる形をとって、抜け道を作っており、実質的な奴隷が残っている領地もあります。

 もう1つの問題は、領地貴族が囲っている盗賊団の存在です。盗賊団を討伐した貴族が、その兵力を自軍に組み込む事は当然の措置ですが、盗賊団のまま囲っている貴族達がいます。彼らは、表立っての貴族同士の戦闘ができない事から、盗賊団に敵対する貴族領を襲撃させます。盗賊団に騎士団を合流させて、代理戦争をさせる事もあります。

 この2つの問題は南部地域、西部地域では、貿易の利益で民衆を豊かにする事で自然に解消しています。東部地域においては、魔の森開拓後のミノー公爵軍の大掃除によって、盗賊団は叩き潰されます。また、その武威に恐れた貴族達は、セーラ公爵夫人が要求する奴隷解放に逆らえません。その直後、魔獣の森から産出する利益のお零れを受ける事で、東部地域の貴族達は2つの問題を完全に解決するように動きます。

 残る北部については、寒さと痩せた土地、北部地域を統括する主要貴族が不在である事など、2つの問題を解消する方向には進みません。未だに、盗賊団と奴隷商人を囲い込んで、襲撃と人身売買で利益を得ている貴族達も少なくありません。もちろん、表立って行動すれば、ミノー公爵家の遠征討伐の対象となるため、巧妙に隠れながらの活動をしています。

 ミノー公爵家は、北部地域への支援を手厚くする事で、問題解消に尽力しますが、その支援物資を盗賊団に襲撃させて奪う貴族も存在していて、民衆に支援があまり広がりません。盗賊団の蛮行が許されるはずが無く、イノー公爵家も王家も北部貴族達に討伐を命じます。すると、討伐に成功したとの報告は入ってきますが、実際には討伐は行われていません。

 ミノー公爵軍が盗賊団を対象に討伐に出向いた事は何度かありますが、拠点から逃げられてしまう事がほとんどで、討伐の失敗が続きます。北部においては2つの問題は解消されないままです。


 ミーナも、クレアからの手紙で、フェレール国の問題点は理解していますが、イシュア国に居る自分が解決できる問題ではないとクレアにはっきりと伝えてありますが、この問題の解決について、手助けして欲しいとの手紙が来ます。

 盗賊団討伐の失敗は、ミノー公爵軍に内通者がいるのではないかとの疑念は誰もが持っていますが、犯人は見つかっていません。クレアは、両親の苦悩を見かねて、単身で北部地域に潜入捜査を行います。

 その時、確たる情報を得る事ができませんでしたが、盗賊団の1人と会話する男の声を聞くことができます。その聞き覚えのある男の身柄を現場で確保する事はできませんでしたが、手掛かりをつかんだミーナは、勇んで公爵邸に戻って両親に報告します。しかし、信じてもらえなかった訳ではありませんが、証拠となる物が何1つ存在していないため、追及する事はできないと言われます。

 北部地域で奴隷として生活している人達の悲惨さを見てしまったクレアは、1日でも早く開放したいと考えますが、その方法が分かりません。だから、この世界に1枚だけ存在する万能の切り札を使う事を決意します。それが相手にどんなに迷惑をかける事になると分かっていても、それ以外に解決方法を見つけ出す事ができないと考えます。


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