43 歓迎式典
43 歓迎式典
最長の歴史を持つフェレール国の王城の大広間に、紺色のドレスを身に纏ったミーナが入場します。エスコートするのは黒い軍令服に身を包んだ巨大な老戦士のザビッグ・ラフォン子爵です。妻を持つ身が、未婚令嬢のパートナーになる事は憚られる事ではありますが、イシュア国宰相の愛娘の要望を退ける者は誰もいません。
巨神を従えるミーナは15歳ですが、すでに大人の身長と大人の体付きを持ち、色気を振り撒いています。金糸の髪は肩に届く程で、華麗さを強調していませんが、レイティア譲りの美貌は、黒い壁に押しつぶされる事なく輝いています。
10年前にフェレール国に登場した美しい少女が、魅惑な女性として再登場した事を見守る貴族達の多くは、婚約者を持っていない年頃の息子や親族の男子達を王都に連れてきていない事を悔やみます。
絶世の美女が必ずしも美男子を選ぶ訳ではない例を身近で見た事がある貴族達は、今日が無理であれば、次の機会をどうやって作ろうかと策を練り始めながら、美しい令状を見守ります。
「エリカティーナ・ファロン嬢、御入場。」
ミーナが、公女クレアと公子バルサの組の隣の位置に到着すると、もう1人の賓客の名が呼ばれます。
「おぉ。」
入口に近い貴族達が、小さな声を上げます。銀髪緑目のミノー公爵家の長男ヴォルドがエスコートする9歳の少女の美しさに誰もが声を上げます。薄黄色の豪奢には見えないドレスで身を包んだエリカティーナは、腰まで伸びる銀髪と瞳に輝く緑の宝石以外の装飾品を身に着けてはいませんが、見る者の心に美しさとは何であるのかを浸透させていきます。
吊り目の凛々しい母親似の美男子として名高いヴォルドが、添え物にすらならないと思わせる程の美しさに、大広間全体がざわつきます。いくらイシュア国宰相の次女であるとはいえ、国王主催の夜会歓迎式典に出席するのは、年齢的に問題があるのではないかという、直前まで会場のあちこちで聞こえていた声は完全に消えています。
イシュア国387年8月、15歳の女性に成長したミーナは、9歳の妹と2人だけでフェレール国を訪問します。宰相ロイドの代理という役目を担ったミーナは、フェレール国の王家に魔石を中心とした進物を贈呈しますが、2人の娘が大々的に歓迎されている理由は、高価な宝物を贈ったからではありません。2人の美女と共にイシュア国から届けられたのは、膨大な食糧と農業に関する技術です。
10年程前の冷害時期が終わっても、国土のほとんどが寒冷地域であるフェレール国において、食糧の生産力はいつもぎりぎりです。両国の交流が盛んになって、南方からの穀物の大量輸入は、国を発展させるための土台です。戦乱が少なくなる中、人口増加が顕著に進展するフェレール国にとって、貿易の維持は国家の重要課題です。また、寒冷地でも収穫量を落とさない芋類についての研究成果と、改良品種の種苗が入ってくる事は、冷害に襲われる時の防衛力に直結します。
貿易は両国に利益をもたらしますが、貿易が無くなった時に大きくて深刻なダメージを受けるのはフェレール国である以上、国を代表する宰相の愛娘は、賓客として遇する事は当然です。
しかも、ミーナ・ファロンは10年前に、ミノー公爵家とルカミエ公爵家を縁続きにした功績があります。ミーナが取り持ったクレア公女とバルサ公子の婚約は、想定されていた両家の対立を解消します。そして、クレアとバルサの仲睦まじい姿によって、南部と東部の関係は良好なものに変化します。さらに、王家が2人の結婚式を王都で盛大に行う予定であると公表すると、国内三大勢力が協力体制を取っている事が国内に知れ渡ります。
王位継承期に発生したような大争乱だけでなく、表立って領地貴族の争いが激減したことは、フェレール国にとって良とする事象であり、そのきっかけを作ったミーナは、慈愛の天使と呼ばれる事もあります。
比較的安定な時代の象徴になっているミーナは、ザビッグとのダンスを終えた後は、要望に応えて、次々とフェレール国の貴族達と踊り続けます。レイティア、アラン、エリックの3人に鍛え上げられた戦士は、無限の体力を持っているかのように、ダンスの時間が続く限り踊り続けます。
「お姉様、素敵です。」
「ありがとう。エリカ。それに、ヴォルト、妹を守ってくれてありがとう。」
「はい、ミーナお姉様。」
「トムとルイザは、一緒ではないの?」
「2人は、先程まで私の話し相手になってくださっていました。今は、公爵夫妻と一緒に、挨拶しています。クレアお姉様とバルサ公子は、ルカミエ公爵夫人と一緒に挨拶をしています。」
「そうみたいね。」
南方を統括するルカミエ公爵家は、イシュア国との貿易街道を差配しています。貿易によって利益を確保したい貴族達は、交流を深めて、通行許可を維持しようとしています。東方にある魔獣の森を領地とするミノー公爵家は、国内で唯一魔石を産出する地域で、貴族達に定期的に魔石の販売を行っています。イシュア国と違って、小の巣が3つしかないため、産出量は少なくても、国内で安定的にしかも安価で購入できるため、貴族達はミノー公爵家との交流も維持したいと考えています。
「エリカも踊りたかった?」
「いいえ。お姉様と練習で踊るのが一番好きですから。」
「そういってもらえると嬉しいけど。ヴォルトとは踊ってあげても良かったと思うけど。」
「いえ、僕は、その、緊張して上手には踊れないと思うので。」
「それでは、ミノー領のお屋敷で一緒に練習をしましょう。」
「いいのですか。」
「はい。よろしいですよね。お姉様。」
「ヴォルトならいいわ。親戚だもの。いい、ヴォルト、確認していくけど、私達は親類だからね。」
「分かっています。ミーナ姉さん。」
「分かっていればいいのよ。分かっていれば。」
ミーナは自慢の妹を淑女に育てる意欲を持っていて、妹は順調に成長していきます。だから、今日のような機会で、妹を披露することはとても喜ばしいのですが、妹に相応しくない害虫が近寄って来ないかと心配しています。
この世の男性全てを魅了してしまう妹に育てようとしているのに、魅了されて近寄ってくるだろう男性の事を考えると、近付けたくないと言うのが本音です。妹を見て、褒め称えるのは大歓迎だけど、近寄ってはならない。近寄っていいのは自分だけであるという思想が、エリカティーナに対する姉の心情です。
そうは言うものの、情報収集をしなければならないミーナは、ヴォルトと一緒に妹への防壁になりながら、北部地域の貴族達へ近づきます。




