40 本流
40 本流
オズボーン公爵家の跡取りは、ミーナの1歳下のジルベッドです。金髪青目で吊り目の少年は、公爵夫人キャロラインに似ています。9歳にしては高身長の公子は、3歳年上のリースと同じ身長です。
「ん!」
大人から見た短剣2本を握りしめたジルベッドは、やや強引と思える連続攻撃を、リースに叩きつけます。赤茶色の魔獣皮を下着代わりに身に着けて、その上に茶色の革装備を付けている少年少女達の訓練において、互角な戦いを見せるのが、ファロン家嫡男とオズボーン家嫡男の激戦です。
速さと重さがある攻撃を、両手の剣で弾き返しながら、リースは反撃の機会を探しています。男性陣が、速さと同時に力を重視する訓練を行うのは、彼らが大の魔獣と呼ばれる魔獣と戦うからです。速さで翻弄して隙を作り出しても、強力な一撃が繰り出せないと討伐できない相手であるため、剣技を鍛えるだけでなく、こういった真正面からの激突訓練も男子陣は行います。ちなみに、女性戦士が、大の魔獣を討伐する任務につかないのは、大の魔獣を倒すだけの筋力をつける事が難しいからです。
「ぁ!」
リースの右手の剣が、ジルベッドの左手の剣を大きく弾きます。このわずかな弾きを連続攻撃で大きくしていけば、2人の戦いが決着しますが、第1公子は右手の剣でリースの剣への強撃に成功します。
お互いが半歩ずつ引いた立ち位置から打撃の打ち合いを始めます。
次期公爵の意地を見せ続ける戦いを、ファロン家の3人は優しく見守りながら、逞しく成長している姿を喜んでいます。3つの年齢差以上に、訓練期間の差が大きいリースと互角に打ち合える事は、ジルベッドの強さとこれまでの訓練の質の高さを証明しています。
「ぬぅ。」
「うぐぅ。」
「ジルベッド、リース。そこまでだ。一撃の重さは必要だが、力比べをしている訳ではない。あくまでも、魔獣の攻撃を避けて、必殺の一撃を加える訓練が必要なのだ。」
公爵家の主であるアランの注意によって、2人の決戦は中断します。
魔獣の巣を模した地下室の訓練には、特別な人間しか入る事はできません。身を切りながらの訓練を受け入れる人間だけが、ここへの入室が許されます。この部屋には、親子や一族の愛情を持ち込むことは禁止されています。
生き延びるためにお互いに強くなることを誓い合っての訓練が続きます。その中で、両家の後継者は、それぞれに意地を持っています。
文官一族のファロン家と言えども、世界最強公女レイティアの血を入れた以上、武門の看板を掲げなければならないと、次期ファロン家当主は考えています。新世代の長兄として、次の世代の最強を目指して自分自身を鍛えていますが、次期公爵ジルベッドにも最強の剣士になる事を望んでいます。公爵家の血を枯れさせたなどと陰口を叩かれないようにも考えています。
自分との年齢差による成長差を埋めるような次期公爵の躍進に、頼もしさと焦りの両方を感じています。しかし、3歳年下の従弟の成長の速さには負けても、現時点での実力では負けたくないとの思いで訓練を続けるリースも、急成長の時期に突入しています。
次期公爵ジルベッドは、強くなる以外の道を辿ることは許されていません。そして、同世代の中で最強である事を目指さなければなりません。オズボーン公爵家の名前が刻まれた体で生まれたい以上、ただ我武者羅に強くなる道を進むしかありません。
ようやく、従兄リースに近づいた実力を手にしたジルベッドは、よく食べ、よく寝て獲得した肉体の大きさを活用しての訓練を続けます。誰よりも強くとなるという決意を溢れさせながら、リースとの激突を続けます。
どちらがリーダーなのかを決める争いを横目に、ミーナはメルと訓練を行います。華麗な剣の舞いを披露しているかのように、2人の戦いには、剣が激突する音は入りません。お互いの攻撃は、受け止めたり、弾き返したりするのではなく、ただ躱すだけです。躱して、敵の急所に一撃を加えるのが、中の魔獣の戦い方である以上、2人の戦いは相手の攻撃を避けて、すぐさま攻撃を繰り出す、という動きを延々と繰り返します。
10歳のミーナと7歳のメルでは、そこに実力差はありますが、これは訓練であって、決闘ではありません。ミーナが速度を調整しながら、延々と躱しと攻撃が続くようにしています。
「メル、少し、休憩してもいい。」
「はい。」
お互いに距離を取ると、メルは双剣を鞘に納めると、ゆっくりと呼吸を整え始めます。
「はぁー、やっぱり、メルみたいに、賢い子じゃないと、役に立つ戦士にはならないわ。」
力強さだけを求める訓練を続けている2人の愚か者に物申す必要があると感じたミーナは、両手の剣を握りしめてから、2人が剣を叩きつけ合う空間へと向かいます。
無造作に近づいたミーナが、両手の剣を前にすっと出すと、激しい剣撃音が発生します。激突する空間に差し込まれた双剣が、2人の男子の意地を一瞬にして分断します。突然の目の前に現れたミーナの剣に、2人の男子の剣が大きく弾かれます。
「あぶ。」
「危ない。」
後方に下がった2人が割り込んで来たミーナに抗議しますが、目的をもって割り込んだミーナが、その抗議を受け入れるような事はありません。
「リースにぃも、ジルベッドも、頭を冷やして。」
「冷やすも何も。危ないぞ、ミーナ。」
リースは突然であっても妹に対応する事ができます。
「こんなに接近させてまで気付かないなんて、周りが見えていない証拠よ。」
「集中していたんだ。」
「にぃは、バカになったの。本当に集中していたら、周りの事が良く見えるに決まっているでしょ。ジルベッドに追いつかれそうになって、焦っているから、周りが見えなくなっているんでしょ。格好悪すぎ。魔獣を倒すための訓練だって事、分かってるの?」
「わ、分かっている。」
「ジルベッド、何を嬉しそうにしているのよ。子供のリースにぃと互角に打ち合えるようになったからって喜ぶ事じゃないでしょ。アラン叔父様やエリック叔父様と互角に打ち合えるようになってから喜びなさい。それに、アラン叔父様は、私達自身で考えながら訓練しなさいって言ったのよ。力任せではなくて、考えながらの訓練が大切である事を私達に伝えたいのよ。それでも、叔父様が2人の戦いに対して、口を出してきたのは、力任せの剣の打ち合いなんて、価値がないと考えたからなのよ。それほど、酷い訓練を2人がしている事を、叔父様は伝えたのに、それが理解できずに、同じことを続けているんだもの。2人は、きちんと考えなさい。横から突き出しただけの、私の剣でバランスを崩しそうになるし。全然、基本ができていない。剣の素振りをしている方がいいんじゃないの。」
「ごめん。」
意地っ張りのジルベッドと口論すると、収拾がつかなくなることを知っているミーナは、一気にまくし立てて、反論の機会を与えずにやりこみます。
「別に、誤って欲しい訳じゃないから。ジルベッドはメルの攻撃を避け続ける訓練をしなさい。攻撃は禁止、剣で受けるのも禁止、とにかく避け続けて。分かった?」
「はい。ミーナ姉さん。」
「分かればよろしい。リースにぃは私と訓練ね。剣で受けてもいいけど、動きが遅くなるから、次の私の攻撃が必ず当たるわ。だから、にぃも避け続けてね。」
武力という意味では、2人が皆を引っ張っていても、魔獣討伐の軍団の首領という意味では、思考に柔軟性がなく、あらぬ方向に導いていくのではないかという不安が残ります。魔獣討伐の最大の目的は、生き残る事であるという教訓を学ばせる必要があると考えながら、ミーナはリースを越える速度による攻撃で、その事を理解させていきます。




