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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
3歳頃の話
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4 始まりの時

4 始まりの時 


 中の巣での戦いが終わります。史上初の死傷者0の結果に、150名の護衛騎士達は声を出さずに興奮しています。歓声を上げて喜ぶのは、大の巣の結果を知り、小の巣へ突撃して掃討戦を行ってからであると全員が理解しています。

 セーラ公爵夫人が率いる騎士団が、中の魔獣から外された魔石の回収と、獣肉と獣皮の処理を始めます。中の魔獣の獣肉と獣皮が焼却されずに回収された事も歴史上初の出来事ではありますが、小の獣と同じ肉と皮であることが判明します。また、大の巣でも完全勝利を実現したことで、大の獣の肉と皮が回収されます。こちらの肉と皮も小の獣と全く同じものである事が判明します。

 驚くべき収穫がないため、オズボーン公爵家の4姉弟の武勇が歴史に刻まれた戦いの中、戦闘部分以外で特筆されるのは、3人の子供達が中の巣に紛れ込んだ事です。


 半球状の決戦場から出ていく道へとレイティアとエリスが向かいます。娘に肩を借りながら歩んでいる前公爵夫人は、呼吸を乱さぬように注意しながら歩みを進めます。宰相夫人よりも若く見える容姿ですが、この日の祖母はまるで死んでしまうかのように儚く見えています。

 母の輝く青とは異なる祖母の灰青色の瞳が、火の消えかかったように見えます。その様子を見たバルドは、目の前に来た2人に話しかけます。

「エリス様、大丈夫。」

 母親レイティアに叱られることに怯えている次男は、震える声で祖母の無事を確認しようとします。

「ええ、大丈夫よ。疲れただけだから。」

 瞳に生命力を感じなくても、その声には弱弱しさはなく、3人の孫達は安堵の表情を浮かべると同時に、険しい表情を変えないままの母親に体を強張らせています。叱られた事がなかった3人にも、母親がいつもと違う事は理解できます。美しい容姿、美しい声、優しい母、それらがどのように変化するのかに子供達は身震いします。

 しかし、入口の脇に立っている3人を一瞥した後、レイティアは言葉をかけずに歩き出します。

「あ。レイティア様、お子様方は。」

 騎士団の隊長が、3人の子供達を放置する訳にはいかないと声をかけます。誰もが、子供達に注意をしたレイティアが、3人の保護を部下たちに命じると考えています。

「任務は終わっていません。ここを出て、大の巣を確認した後、予定通りに小の巣に突撃します。」

 司令官としての言葉を発したレイティアは、3人の子供達を無視して歩き続けます。

 長男リースは、歯を食いしばりながら、騎士達を見送ります。次男バルドは声を出さないものの、涙を落としながら両手をぎゅっと握りしめます。妹のミーナは、通り過ぎる騎士達の表情を見つめながら、その場に立ち尽くします。

 3人の盾になるための騎士達は、何度も公爵邸で訓練を重ねています。その様子を何度も見学した3人の子供達とも交流を持っています。だから、この3人と共に地上に出ていくことができると考えていますが、レイティアはそれを許しません。

中の巣へ入ることができるのは、実力があり、国と公爵家に命を捧げる決意ができる人間だけです。死しても名誉、生きても名誉と評される護衛騎士団以外の人間が、ここにいてはいけない事を、公爵家の長女であったレイティアは誰よりも理解しています。

優しい母親ではいられない場所があり、それがこの中の巣です。それに、3人の子供達の無謀な行動にも怒りを感じています。もし、この死地で3人の女神の歯車が狂って、護衛騎士が命を捧げなければならない事態が発生すれば、3人の子供達の命は消えています。仮に消える事がなければ、それは子供達のために盾が命を捧げたことを意味します。それは3人の子供が背負うには重すぎるものであり、将来背負うのだとしても、戦闘訓練をしたことがない幼児たちが背負う事ができるものではありません。

レイティアは、娘ミーナの行動力を良く知っています。それは、この日以外では好ましい素質であり、それを伸ばそうとも考えています。そうであれば、この日に特別な配慮をするべきだったと、レイティアは後悔しています。そして、どうしてよいのかの判断をする前に、中の巣を討伐する司令官として帰路を急ぎます。母が思った以上の疲労している事も気になり、子供達を相手にする余裕がありません。安全が確定した3人の子供より、今までに見た事がない弱体化した姿を見せる母親の方に心を砕きます。


「バルド、泣かないの。」

慰める風ではなく、いい加減に泣き止みなさいと命令しそうな口調で、3歳児の妹が次兄に声をかけます。母に叱られることもなく、無視されたことが悲しくて仕方がない4歳児は、何も言い返すことはできませんが、5歳児の長兄リースは、妹に何かを言わなければならないと感じます。

ただ、5歳児の少年には、何を言えばいいのかが分かりません。自分たちを引っ張ってきた事を責めればいいのか。一緒に母親に謝罪するのだから、バルドを慰めるべきであると注意をすればいいのか。そのどちらも正しくないのか。それすらも分かりません。

中の巣が恐ろしい所で、命をかけて戦う決戦の場である事は聞いていても、実際に見た光景は、3人の女神が華麗に戦う姿だけで、戦士たちの死も、負傷者も見ていません。この場所が安全であるとしか思えないリースは、兄として2人に何を言えばいいのかが分かりません。

そろそろセーラ隊が事後処理を終えようとしているため、帰宅の道を歩み始めなければならない事だけは、はっきりと理解しています。

「もう、帰ろう。」

「あ、セーラ叔母様。」

 リースの声掛けと同時に、ミーナは叔母が近づいてきたことに声を上げます。騎士達に帰り支度の最終確認を命じた赤目の美戦士は、鋭い視線を3人に向けたまま近づいてきます。

「リース、バルド、ミーナ。」

 強い感情の籠った声に、いつもとは違う事だけは3人とも理解します。

「叔母様、ごめんなさい。」

 圧力に押し流されたバルドは謝罪します。叱られているのが分かる次兄は、とにかく許しが欲しくて仕方がありません。母レイティアに捨てられたとも感じている4歳児は、この叔母に回収してもらえなければ、自分の居場所がファロン邸には無くなってしまうと感じています。

「リース。」

 威圧しながら長兄の名を呼びます。5歳児はこれが謝罪を要求している事だと理解します。

「ごめんなさい。勝手にここに来て。」

「ミーナ。」

「・・・・・・。」

「ミーナ!」

「え、綺麗でした。叔母様。」

 ミーナは叔母セーラの戦いの感想を述べます。それが一番言いたい事であり、伝えるべき事だ3歳児は考えています。悪い事をしたという意識も感情もミーナには存在していません。良く分からないから、自分がしたい事をしているだけの幼女です。

「ミーナ!!!ここへ来ることができるのは、強さと覚悟を持った人間だけなのです。」

 怒鳴り声に長兄リースも泣き出します。フェレール国で多くの武勲を重ねている将軍でもあるセーラの声には、多くの騎士達を威圧する力があります。戦場で命のやり取りをしたことがある人間の凄みが加わっています。

「強ければいいの?」

 幼女の言葉にセーラは無理やり高めた感情を維持する事ができなくなります。大好きな姉の子供達を可愛がった経験はあっても、叱る経験はありません。姉にはできないから、自分が代わりにと考えて、叱る振りをしているだけのセーラは、ミーナが謝らない事に驚きます。

「ミーナは今、強くはないわ。」

「うん。でも、強くなりたい。」

「覚悟も必要なの。」

「覚悟もする。」

 淡々と答える3歳の姪に対して、セーラは怒ってみせるのを止めます。三歳児だから何も理解できない訳ではないが、生死の概念を理解できていない年齢である以上、怒鳴るという威圧に失敗した今、この幼女に威圧が無意味であると考えます。

 三歳児にしては賢いと評される少女ミーナには、自身の母ミーナがしてくれたように、しっかりと話をすることが必要であると考えます。

「ミーナ、強くなって、しっかりと覚悟ができるようになるまでは、この巣に入ってはいけない。事を約束して欲しいの。」

「セーラ叔母様は約束したら嬉しいの?」

「いいえ、約束を守ってくれたら嬉しいわ。約束だけしてもらっても嬉しくない。」

「じゃあ、約束を守る。」

「リースは?」

「守ります。強くなります。」

「バルドは?」

「僕も。」

「それでいいわ。バルドはもう泣かないの。レイティアお姉様は、怒っている訳ではないのよ。戦いが終わるまでは、司令官としての役目を優先しているだけなの。それに、今の中の巣は一番安全な場所でもあるから、あなた達を外には出したくなかったのよ。ほら、泣かないの。」

 可愛い甥に手を伸ばしたセーラは、バルドを抱えます。

「あ、私も抱っこして、抱っこ。」

「分かったわ。」

「僕は歩くから大丈夫。」

「リースは良い子ね。」

「私も良い子して。」

「うーん、良い子とは言えないから、良い子はできないわ。でも、抱っこしてあげるから。ほら、こっちに。」

 バルドとミーナは、フェレール国ミノー公爵夫人セーラの左右の腕に抱えられて、中の巣を出ていきます。

 出たと同時に、大中小の3つの巣で完全勝利したことを知った護衛騎士達は、歓声を上げます。その中で、3人の子供達は幼児である事を卒業します。オズボーン公爵家の血筋を守る次世代が、戦いの道を歩み始めます。


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