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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
9歳頃からの話
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36 遊ぼう

36 遊ぼう


「キャミー。」

「キャミー、あ、そ、ぼー。」

 ノーランド侯爵邸の門前で、茶色のオーバーオールと茶色の長袖シャツを装備した金髪の少女が大きな声で名前を呼ぶと、同じ茶色の装備を身に付けた3歳の幼女が続けて名前を呼んで、その要件を伝えます。

「まだかな、」

 台車に座って乗っている3歳児が振り返って、動力源に話しかけます。

「すぐ来ると思うよ。」

「エリカ、ミーナ、お待たせ。」

 豪奢な玄関の扉が開くと、灰色のズボン、白い長袖シャツに紺色のベストを装備した11歳の少女が飛び出してきます。銀髪銀目の侯爵令嬢は、細身で凛々しさを感じさせる顔立ちです。

「キャミー、おはようございます。」

「おはよう、エリカ、今日も、可愛くて、賢いわ。」

「キャミー、格好いい。」

「ふふ、そう、これで、本物の剣を持つのを許してくれたら、もっと格好良くなれるのに。学園に入ってからでないとダメって、言われてて。」

「学園なら、キャミーも行ってるよ。」

「学園に行っただけではダメなの。正式に入学して、そこで生徒になって、剣の授業を受けてからでないと持たせてもらえないの。うちは。」

「エリカたちは、入学していないからダメなの。」

「そう言う事よ。農業部のお手伝いはする事があるけど、入学ではないわ。本当にエリカは賢いわ。私が3歳の時って、こんな感じで話をしてたかしら・・・。で、ミーナ、今日は学園の剣の訓練所に連れてってくれるって、本当なの?」

「本当よ。キャミーと約束したんだから。リースにぃにも話しを付けてあるわ。」

「楽しみだわ。他の子たちも一緒に?」

「一度に皆は駄目だって言われたから、今日一緒に行けるのはリネットだけよ。」

「リネットねぇねの所に行くの?」

「そうよ。今から向かうわ。」

「・・・・・・、ねえ、エリカ、どうして、リネットはねぇねって呼ぶのに、私はねぇねって呼んでくれないの。」

「キャミーはキャミーだもん。」

 何度頼んでもねぇねと言ってくれない事に毎回少し落ち込んでしまうキャミーは、事業家としても大成功している芸術家侯爵の3女です。彼女がミーナと初めて会ったのは、父の事業仲間であるケネット侯爵に紹介された時です。妙に馬が合うと同時に、2歳下の少女の活発さに魅了された侯爵令嬢は、宰相家令嬢と友達になってもらいます。

 この出会いがキャミーの人生を大きく変えます。

 友達だからという理由で、ミーナとエリカティーナは時々キャミーを様々な所へ連れ出します。土遊び、庶民の子達と追いかけっこ、空き地での玩具遊びから、人形を連れたおままごとまで、2人が体験した遊びに触れた侯爵令嬢キャミーは、活発な少女へと生まれ変わります。

 本人はこの変化を喜んでいますが、その父ノーランド侯爵は、愛らしく育った娘が、まるで男の子みたいに振る舞いを見せたため、元凶であるミーナに物申します。淑女らしく茶会で交流を深め、芸術品の観賞会でもしたらどうだろうかと提案してから、外で遊ぶのは控えてもらいたいと発言します。

 自身は芸術家侯爵と言われていて、若い時には好き勝手したくせに、悪い事でもないのに娘だけ行動制限するとは、どういうつもりなのだと、ミーナにこっぴどく反撃されます。趣味のために暴走した過去を、叔父エリックから詳しく聞いていたミーナは、ノーランド侯爵の痛いところを突きます。

最後には、キャミーは騎士に憧れている事も知らないくせに、娘の将来を考えてとか、どの口が言うのかと、騎士に憧れてはいるが、きちんと侯爵令嬢としてのマナーも教養も学んでいる娘の努力を見る事もなく、勝手な心配をするのが、父親なのかとも突っ込まれます。

良い父親なら、娘の友人に物申すような事をせずに、きちんと娘と向き合って、しっかりと話をするべきであるともミーナに説教されます。そもそも、イシュア国の歴史は、対魔獣の戦いの歴史であり、開拓者たちが貴族になったのだからと、歴史の講釈まではじめてから、侯爵に痛烈な批判をぶつけます。

 キャミーを侯爵家と言う枠組みからの救出に成功したミーナは、生活が安定している貴族令息や令嬢だからと言って、幸せだとは限らない事を知ると同時に、13歳の年から学園で学び始める貴族達は、その前に様々な体験した方が良いと考えます。

 ミーナも単純な遊び仲間として、貴族の友人を増やすのは、大人たちが反発する事を学んだため、最初は子供達だけの茶会を開いて、貴族の令嬢として顔見知りになる事から始めます。そして、友人となってから、ミーナはエリカティーナやキャミーを引き連れて、貴族邸の門前に向かいます。ファロン伯爵家の令嬢であり、宰相と救国の大英雄の娘の訪問を拒否する貴族は存在しません。

 ミーナは次々と令嬢仲間を遊び仲間へと変えながら、仲間を次々と増やします。貴族街で仲間を集めてから、庶民の多い東部へ遠征して、貴族も庶民も関係なく遊ぶ場面を作ります。

 こんな交流の中で、貴族令息や令嬢の一部は、自分の好きな事に挑戦している庶民を羨む者もいます。学園に13歳で入学すれば、自由に活動ができるから、それまでは貴族としての基礎を学ぶことが重要であると考える父母は多く、不自由を感じる貴族の子供達は少なくありません。

 そんな不満を持っている仲間のために、やりたい事ができるようにと支援しているのがミーナです。ミーナの話術に完敗した大人の貴族が、怒りを感じる事があっても、その隣に居る小さな美の女神の愛らしい瞳に見つめられると、大人の力で子供に持論を押し付ける事ができなくなります。


「ちょっと、こっちへ来てくれ。」

「何?リースにぃ。」

 農業部の研究棟の影に、上の妹を連れて行こうとしたリースは、下の妹が泣き出してしまう行為をする直前に思いとどまります。

「いや、ここでいい。エリカ、ミーナはここにいるからな。」

「はい。リースにぃ。」

「それで。もしかして、キャミーとリネットの見学はできないって言うんじゃないでしょうね。」

「いや、できないというか。その。」

「先生に許可をもらってないの?」

「簡単に許可をもらえないに決まっているだろ。俺が訓練に参加しているのだって、正式な許可なんてもらっていないんだぞ。見逃してもらっているんだ。」

「約束したのに。」

「約束したのに。」

 ミーナの後に続いてのエリカの言葉にほっこりとすると同時に、2人の後ろに立っている女性騎士志望の少女達が俯いているのが見えます。

「いや、先生に話はしたんだ。他の子も連れてきていいかって。そしたら、怪我をする可能性がある訓練に、学生以外の人間を参加させるのは難しいからと言われて。」

 ここに来るまで意気揚々としている2人を見ていただけに、この事は2人に聞かせたくありません。ミーナにだけこっそり話せば、巧みな話術で、この状況を回避できると考えますが、その手が使えないため、リースは2人の少女に泣き出すような表情をさせてしまいます。

「どうして、もっと早く、その事を言わないの。」

「いや、そもそも交渉には時間がかかるものだから。」

「その時間がかかる事を私に言えばいいでしょ。」

「俺も何とかしたいと思ったんだよ。」

「ふーん・・・。ああ、キャミー、リネット、そんな顔しないで。」

「キャミー、リネットねぇね、そんな顔をしないで。」

 姉の真似をする遊びがエリカティーナの中で流行しています。ただ、リネットだけにねぇねの敬称を付ける事だけは、揺るがしかたいようで、真似をするはずなのに、ねぇねの言葉が入ります。

 自分だけねぇねと呼んでもらえない事に、キャミーがさらに落ち込みます。いつもの凛々しさが消えている事に、リースは狼狽します。その兄に視線を向けてから、研究棟の中に居るもう1人の兄を呼びます。

「バルドにぃ、中に居るんでしょ。傷薬ってあったっけ。」

「あるよ。」

 扉を開けた次兄は、傷薬が入ったベルトを手にしています。次兄バルドは、こういう時の妹は、下手に止めるよりも好きなようにさせた方が、周囲にかける迷惑量が減る事を体感で理解しています。

「傷薬があれば、怪我した時の対応になるから、先生に注意されても問題ないわ。先生に習うのは無理だけど、皆が訓練している所の近くで、私が教えてあげる。木剣になるけど。それでもいい、キャミー、リネット。」

「ありがとう、ミーナ。」

「ありがとう。ミーナ。」

「勝手な。」

「リースにぃがきちんと交渉してくれていないからいけないんでしょ。それに、訓練所の隅を使わせてもらうだけよ。先生に注意されても、リースにぃとは関係ないって言ってあげるから。」

「いや、そういう問題ではなくて・・・。」

「リース兄さん、ミーナに任せた方がいいよ。訓練の見学で押し切れないのなら、ミーナが何とかしてくれるから。」

「そうかもしれないが。」

「リースにぃに、大丈夫、皆で行こう。ね。」

 末っ子エリカティーナの指示に従って、兄達も姉達も訓練所へと歩き出します。本当に困った事になれば、ファロン家の切り札を投入すれば、少なくともその場だけはどうにかなる事を子供達は理解しています。


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