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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
8歳頃の話
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32 功成りて

32 功成りて


 ファロン邸を離れて4か月、パスル村などの4つの村でしなければならない事が減ります。芋の芽が出始めて、食糧不足への心配も減ります。村人達にも笑顔と体が戻り、ミーナもバルドも役に立ったと自覚できるようになります。

「バルドにぃ。起きてる?」

「うん。」

 村長の家の客間の一室を、兄妹は一緒に使っています。

「ファロン邸に帰りたい。」

「ミーナもじいじに言われたの?」

「うん。そろそろ帰らないかって、言われた。充分な功績を上げたから、お家に戻って、パパとママを安心させなさいって。」

「僕も同じ事を言われた。僕もお家に帰りたいけど、ミーナは充分な功績を上げたと思っているの?」

 大人たちから見れば、10歳にも満たない子供達が、異国の村人を救うために行動して、何らかの成果を上げているだけでも、十分な功績で、2人は誇ってよいと結果を出しています。祖父であるギルバードも、2人の知見に加えて、行動力や思考力は、大人に負けていない実力であると評価しています。実際に、孫達が家出を終了する前に、ロイドとアランに2人の功績を綴った書簡を送っています。その中で、剣士の才能も十分であるが、政治家としての方が大成するかもしれないから、これから先の教育においては、政治行政分野に重点を置く方が良いとまで進言しています。

「じいじやペンタス先生が褒めてくれたけど。私達が功績を上げたようには思えない。」

「どうして、ミーナは、そう思うの?」

「私達がやった事は、ペンタス先生が調べたり、考え出した事を実行しているだけで、功績だと言うのなら、先生の功績だと思う。」

「うん。」

「食料を持ってくるように指示を出したのは私だけど。アラン叔父様からもらった魔石が無ければ、買う事はできなかった。」

「うん。そうだね。」

「パパが冷害の被害を最小限に抑えて、食糧の増産を実現して、イシュア国に余力があるから、ここに食料を持ってくることはできなかった。」

「うん。」

「私がした事って、全部、パパたちが蓄えていた力を使っているだけで、私が蓄えたものは何1つ無かった。」

「うん。」

「この村で活動できたのも、じいじが前から信頼を得る事ができるように活動しているからであって、私達だけだったら、こんなにうまくはできなかったし。何もできなかったかもしれない。」

「うん、僕もそう思う。だから、ミーナは、功績を手にするまで、戻りたくないと思っていたって事?」

「うん、ここで頑張りたいと思っていた。けど。私には未だ力がないから。ここに居ても、たいした事はできないと思う。そう考えたら、帰りたい。パパやママ、リースにぃにも、エリカティーナにも、皆に会いたい。帰りたい。」

「うん、そうだね。明日、じいじに相談しよう。僕も帰りたいから。」

「うん。」

 暗い部屋の中で、同じ天井を見上げている妹が泣いているとは思いませんが、悲しい気持ちでいると考えた兄は、兄らしい事をしようと考えます。少しでも、楽しい気分になれるような事を考えます。

「ミーナは、帰ったら、最初に何がしたい。」

「パパに謝りたい。」

「うん、そうだね。」

 パパが維持してきたイシュア国があるから、困っている人々を助ける事ができるという現実を知ったミーナは、今までと違う行動をする事が、何かを変えるきっかけにはなっても、変化を保証するものではない事を理解します。

今まで継続してきた事で蓄えたものが、動き出すための原動力となり、これがないと何かを変える事が不可能であるとミーナは知ります。


「ん、帰るのか。」

「はい。」

「そうか、2人とも、そろそろ帰らないとな。では、このメモ書きの束を農業部に持ち帰ってくれ。持っていけば、彼らが研究するだろう。」

「バルドにぃが預かって。」

「分かった。」

「ミーナには、これを。」

「物品の一覧表ですか?」

「そう。急ぎではないが、調達して、この村に送ってくれ。頼りにしているぞ。」

「はい。」

 村の食糧自給体制の確認ができていない今、この事業から離脱する事について、ペンタスからきつい言葉をもらうことを覚悟していた2人は、お使いを頼まれる程度には信頼されている事に安堵します。異国へ呼び出しておいて、後は任せたと言うに等しい行動について、ペンタスが叱る事はありません。

帰国を望んでいる2人は、自分達の選択が子供の我儘であると苦言を呈されても仕方がない事だと分かっています。それでも、帰りたいという気持ちに贖えなかった2人は、未だ親を恋しく思う子供です。偉そうに父親に対して、自分の行動を正当化するために言いくるめた娘も今は反省しています。

「それと、この書簡を、コンラッド陛下に渡してくれ。急ぎの書簡ではないからな。王都に戻ってから3月後ぐらいに、国王陛下に謁見を申し込んだ上で、直接手渡して欲しい。そして、懇談の時間を取ってもらえるだろうから。この村での事をできるだけ話をしてくれ。バルドやミーナの活躍の話ではなく、この村の現状を伝えるんだ。頼んだぞ。」

「はい。」

「はい。」

 2人の弟子たちが抜ける事は、この仕事を遂行する視点からは、戦力低下であることは間違いありません。しかし、2人の帰国に対してペンタス教授は全く不満を持ちません。むしろ、喜んでいます。その理由は、ミーナとバルドを帰国させて、大量の物品を輸送させたいからです。2人が王都でしっかりと動けば、実験用の物品から種苗まで揃えて送ってくれる事ができると考えます。

 この異国での実験で成果を収めるためには、現地での実証実験だけでなく、後方支援も大切です。その重大な役目を任せるために、ペンタスは前線の2人を後方担当に回すために最前線から送り出します。


「じいじ。」

「ミーナ。」

 膝立ちしている祖父に抱きついたミーナは、しばらく頑強な戦士の抱擁を受けます。

「バルドもおいで。」

 いつもなら恥ずかしがるバルドも、祖父に近寄ると抱きしめます。2人の孫を抱き留めながら、祖父は話します。

「ロイドは怒ったりしていないから大丈夫だ。もし、万が一、2人を叱るようなことがあったら、昨日渡した手紙を見せなさい。分かってくれる。」

「ママは?」

 バルドの主な不安は、母レイティアに叱られる事です。大好きですが、怖い時は怖いのです。

「ママは、ミーナ達を叱ったりしないよ。」

「え、どうして?」

「そうだな、レイティアは叱らないだろうし、怒ってもいないだろう。」

「どうしてなの、じいじ。」

「レイティアは、ロイドの側にいる事ができる時は、怒ったりはしない、心配しなくても大丈夫だよ。」

「でも、パパが僕達の事で不機嫌だと、ママが怒るかもしれない。」

「・・・そうかもしれないな。昨日の手紙は、家に戻ったら、すぐにロイドに渡して読んでもらいなさい。」

「うん。そうする。」

 ミーナにとっても、母に叱られることが一番怖いできごとです。だから、王都に戻る時の荷物の中で、祖父から預かった書簡が一番大切なものです。


 20日間の旅を終えて、王都の公爵邸の帰還したミーナとバルドは、美公爵とも呼ばれている叔父に報告書を提出します。公爵家から援助してもらった莫大な資金を返すことはできませんが、使途に関して報告する義務はあります。

「叔父様、ありがとうございました。」

「おじさん、ありがとうございました。」

 一族の象徴ではありませんが、自分と同じ金髪青目の甥姪は特に親近感があります。そして、見た目だけでなく、モーズリー高原の経験で大きく成長した処も、自分と同じだと考えます。

 赤黒い魔獣革で全身を包み込んで、その上に茶色の革鎧を身に纏っている小さな戦士達が、頼もしく見えると同時に、今回のような家出だけはさせてはいけないのだと考えます。

「任務ご苦労。」

 公爵の執務室、執務机に着いた叔父様の正面で2人は直立不動で立っています。莫大な資産を持っている公爵家にとっては、大金とは言えなくても、貴族社会の中でも多いと言える金額を2人は使っています。もちろん、前公爵ギルバードが使った金額とも言えますが、きっかけを作った者としての責任はあると2人は考えています。

「はい。」

「はい。」

「これが、任務に関する命令書と、任務終了を確認する書類だ。2人は、公爵家から特別任務を受けて、モーズリー高原に向かったという事にする。これらは、帰宅後に、ロイド兄さんに提出するように。」

「はい。分かりました。」

「叔父様、パパは怒っていますか?」

 ミーナは一番聞きたい事を質問します。もうすぐ帰宅して、それが判明するにしても、心の準備だけはしておきたいと考えます。状況によっては、自分が我儘を言って、兄を連れ出したという話を出して、被害を少なくしなければならないとも考えています。この状況で自分が厳しく叱られるのは仕方がありませんが、完全に巻き込まれただけの兄が厳しく叱られるのは、どうにか避けたいと考えています。

「2人のパパは怒ってはいないが。宰相の立場としては、注意をしなければならないかもしれない。だから、公爵家の任務と言う形にした。これなら、2人に注意をするのは私であり、2人の責任を宰相として追及するのであれば、上司である私を追及するのが筋になる。」

「ありがとう、叔父様。」

「ありがとうございます。おじさん。」

「では、ここからは、公爵としてではなく、叔父として話をするが。周囲を振り回すのは構わないが、もっと上手に行わないと、周りに心配をかける事になる。だから、ロイド兄さんに何でも相談する事が大切だと言いたいのだが。宰相という立場では、立場上止めなければならない場合が多い。まあ、それが分かっているから、相談せずに行動したのだろうが。これからは、私に相談するように。私個人としても、公爵家としても可能な限り援助はする。」

「本当にありがとう、叔父様。」

「ありがとうございます。」

「うん、それとな、資金が必要なら、エリック叔父さんに相談しなさい。公爵家として支援もできるだけするが、キャロラインが公爵家の財政を取り仕切っているから、1つ1つ説明しないと、お金は動かせないんだ。」

「はい。分かりました。だけど、エリック叔父さんも勝手にお金は動かせないと。」

「エリック叔父さんは、ケネット侯爵家とは別に、個人的な資金を持っているんだ。かなり自由に使えるから、問題はない。」

「分かりました。」

 笑顔の妹が何を考えているのかが分かるバルドは、アラン叔父さんがこの時のセリフを後悔する日が来るだろうなと考えると同時に、ミーナの考え方が分かってしまう自分も、ミーナと同じタイプの人間になっている事に気付いて愕然とします。


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